忘却イコール消滅イコール死?
容赦ない太陽の光で、怪獣は半分くらいの大きさになってしまった。
そのお陰で歩幅がかなり小さくなって、運動不足の私はようやく怪獣に追いつくことができた。っていっても、ただ追いかけっこをしていたわけじゃないから、これで終わりじゃない。
本番は、これから。
まず怪獣が完全に溶けてしまうのを、阻止しないと。
でも、どうやって?
今更だけど、なんにも考えていない。
こんな時にナナがいてくれたら、「どうせ、なんも考えてないんでしょ?」って小馬鹿にしたようにいいながらも、アドバイスをくれるんだろうな。
「どうせ、なんも考えてないんでしょ?」
「ナナ! 嘘? なんで?」
「なんで? って、こっちの台詞。いきなり飛び出して行くから、どうしたのかと思った。それに走るスピード。めっちゃ遅い」
私の全力疾走なんて、ナナにしてみたらランニングくらいのスピードなのか。それにしても、わざわざ追いかけてくれたんだ。嬉しい。
「ありがとう」
「感謝は、これをどうにかしてからじゃない?」
「それもそうだね」
「とりあえず、ナツのチョコミントボックス持ってきたんだけど、意味あるかな?」
「うーん、どうだろ? でも何事も試してみないと」
緑の蓋を開けて、中に入ったチョコミントのお菓子をいくつか手に取ってみる。怪獣は小さくなっても相変わらず、きゅわわんとか、うるるるとかって声――雄叫びって呼ぶには、あまりにも弱々しい――をあげていたのに、チョコミントのお菓子を見るとぴたっと大人しくなった。チョコミント同士、なにか通じるものがある。みたいな?
なんて悠長に考えていたら、怪獣が私に向かって突然のダッシュ。
えっ、なになになんなの? なんて思っていると、溶けてベトベトした手に私の手は包まれていた。そして奪われるお菓子たち。怪獣は、どうやって包装の中身を取り出したのか分からないけれど、器用に包装部分だけを落としていく。ポイ捨てはよくないと思って、包装を拾う。溶けたチョコミントアイスに包まれていたから包装も私の手もやけにべたべたしていて、正直不快。
でも私が不快な思いになったおかげで、事態は少し好転したかもしれない。
怪獣の大きさが、一回りくらい大きくなったから。
怪獣は、チョコミント味のものを食べる――っていっても、手から直接吸収したみたいだったけど、そうすることで体が大きくなるらしい。体が溶けていくのを止めたわけじゃないけど、とりあえず時間稼ぎにはなりそう。私の死は、少しだけ遠ざけられた。と思う。
でもこれだけだと、結果的に死を避けることはできない。
「おーい! 怪獣さーん! 聞こえてるー?」怪獣に語りかけ始めた。
「ちょっとさー! 手伝ってよー!」
いやいや、さすがに言葉は通じないんじゃないの? なんて思ったけど、でも私が小さかった頃、想像の中で怪獣と会話をしたような気もする。この怪獣は私が創造したものなんだから、あの時とまるっきり同じって可能性も考えられる。それなら、もしかすると。
「おーい! 私まだ死にたくないのー! あなたもそうでしょー?」
ナナより小さな声だけど、私は私なりに一生懸命に語りかける。
怪獣が、私たちを振り返る。
「死にたくないのは、僕だって同じだよ」喋った! ナナと二人で顔を見合わせる。
「うわー喋るんだこいつ。みたいな顔するのやめてくれない? というか、僕が喋ると思ってないのに喋りかけてきたってわけ? どうせ怪獣なんて喋れないだろうけど、一応声だけでもかけてみるか、おーい。みたいな感じだったの? それって僕に対してすっごい失礼だと思わない?」
「えー、結構面倒くさい系?」
「ナナ、心の声漏れちゃってるから」
すっごい嫌そうな顔のナナ。でも私だって、そんなに大差ないと思う。
「そんなにストレートにいわれると、僕だって傷付くんだけど。確かに見た目はいかにもな怪獣だけど、心はなかなか繊細なんだから」
うん。確かに失礼だったかもしれない。怪獣は、すっごい悲しそうな顔になってしまっている。
「ごめんなさい」
頭を下げて謝った。ナナも釣られるように、横でぺこっと頭を下げている。
「いいよ。分かってくれたら。ちょっと悲しかっただけだから。昔の奈津美ちゃんとは違ってるんだって、頭では分かってるんだけど、でも心の中でどうしてもそれを理解できない僕がいて、そんな僕がさっきみたいに雄叫びをあげさせるんだ。そうやって自分の中で受け入れられないものを排出している。そんな気がするよ。でも、とりあえずは、そんな小難しい話は置いといて、ありがとうって伝えたいんだよね」頭を低くしたから、私の前にチョコミントアイスの塊がどぅるんぱと落ちる。
「奈津美ちゃん、僕を大切に思っていてくれて、ありがとう」
「こちらこそ、久し振りに顔を見せてくれてありがとう」
私はこのチョコミントアイスの怪獣を忘れていた。と思っていた。でもすぐに思い出せたってことは、どこかにひっそりと隠されていただけで、ちゃんと私の中には存在し続けていたんだ。大切なチョコミントアイスの怪獣。
でも今この場において怪獣は死の象徴なんじゃなかったの?
あの考えは私の早とちりが招いた、ただの勘違いだったの?
そもそも私の中から怪獣の存在が消滅していなかったとしたら、死の象徴とかいう考えは全く当てはまらないってことになるよね。あくまでそこにあるのは忘却であって、それは消滅とは異なるはずだもん。
でも本当に、そうなのかな?
例えばだけど、世界中の誰もから忘却されてしまったとして、それは消滅と同義なんじゃないかなんて思ってしまう。例えばだけど、学校という空間でみんなから忘却されていたとして、それは消滅と同義なんじゃないかなんて思ってしまう。
忘却イコール消滅イコール死?
わかんない、でも、もしそうなら、今の内にナナに伝えとかないと。
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