4話 レベルアップ

「何でこんな所にオーガが……」


リンが呟く。

オーガは駆け出しの冒険者が手出しできる様な魔物じゃない。


その身の丈は3メートル近くにも達し、その握力は人間を容易く握りつぶす程だ。

さらに手には巨大な棍棒が握られ、当たれば人間など容易くミンチにされてしまう事が容易に想像できた。


しかも……こいつは角ありだ。


ダンジョン内の魔物には、同じ種類でも角の有無があった。

角のある魔物は、通常の物より遥かに強い存在だ。

強力なオーガの角ありともなれば、討伐はベテラン冒険者ですらパーティーを組んで行うレベル強さに達しているだろう。


って、何で僕そんな事知ってるんだろうか?


知りもしない筈の知識が、何故かすらすらと頭の中から出てきた。

神器である肉体の効果なのだろうか?

それとも、これも転生のチートに含まれている物なのだろうか?

だが今はそんな事はどうでもいい。


「……」


リンは息を殺し、岩陰に潜む。

戦っても勝ち目はない。

やり過ごすしかないだろう。


「へへへ、ワクワクするな」


背後から人の声が聞こえてくる。

それはまだ成長しきっていない、高い少年の様な声だった。


「はじめての冒険だもんね」


今度は女の子の声だ。


リンが様子を伺うと、15-6歳ぐらいの少年と少女が二人此方へ向かって来るのが見えた。

2人は真っすぐにオーガの元へと進んでいく。


どうやら彼らはまだ気づいていない様だ。

このままでは間違いなくオーガと遭遇してしまうだろう。

正直、彼女達が角ありのオーガを倒せるとは思えない。


その時、ダンジョン内にリンの声が響いた。


「オーガがいるわ!逃げて!」


その声を聴いて、彼女達はオーガに気づいたのか慌ててその場を離れていく。

彼らは大丈夫だろう。

だが問題は此方だった。


「ぐおおおおおおおぉぉぉぉ!!」


オーガの雄叫びがダンジョン内に響く。

あれだけ大声を出せば、当然此方の存在に気づかれる。

角付きオーガは迷わず此方へと突進してきて、その巨大な棍棒をリンの隠れている岩に叩きつけた。


「きゃっ!?」


リンは咄嗟に身を躱す。

何とか回避は出来たが、見ると先程迄身を隠していた岩が粉々に砕けているのが見えた。

あれを喰らったら一巻の終わりだ。


早く逃げなくては……間違いなくリンは殺されてしまう。


だがリンは動かない。

うめき声を上げてその場にしゃがみ込んでいる。

見ると、彼女の足は大きく裂け、血が噴き出していた。

どうやら砕けた岩の破片で裂けてしまった様だ。


此方が逃げ出せない事に気づいたのか、オーガが厭らしい笑みを浮かべながらゆっくりと此方へと近づいてくる。


不味い!

このままではリンが殺されてしまう!


「お父さん、お母さんごめんね。でも……誰かを助ける事が出来たんだもの、許してくれるよね」


リンの体は恐怖に震え、ショートソードを捨てて僕を強く抱きしめた。


諦めないで!逃げて!

そう叫びたいのに声が出ない。


何で僕は人形なんだ。

彼女の側に転生できたのに……これじゃ……これじゃあ何にもしてあげられない。

ただ彼女が死んでいくのを黙って見ているしかできないなんて……こんなのあんまりだ。


「ごめんねサイガ。折角貴方が呪いを押さえてくれていたのに、こんな事に成っちゃって。こんな事なら、さっき貴方を教会に返してあげたら良かったね」


こんな時に何を言ってるんだ。

僕の事なんかはどうでもいい。

君が死んでしまったら、僕の意味なんてないんだから。


だから……謝らないで。


オーガが目の前に立ち。

棍棒を振り上げた。


駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ!

神様、お願いだ!

どうか彼女を助けてくれ!


何もできない無力な自分を呪い。

天に向かって神に祈る。

どうかリンを助けて欲しいと。


強く、只ひたすらに強く。


≪しょうがないわね。今回だけよ≫


その時、女性の声が頭の中で響いた。

聞いたことのある声だ……これは女神ティティス様の……


体が熱い。

内側から光が溢れ、僕の体が持ち上がる。


「サイガ?」


次の瞬間、僕の頭上に巨大な棍棒が振り下ろされた。

その圧倒的パワーと重量感は全てを粉砕する。


だが……バシンという軽い音と共に、僕の体は棍棒を容易く弾き返してしまう。


「ごおぉ?」


オーガが不思議そうに首を捻る。

何が起こったのか理解できないのだろう。


だけど僕にはわかった。

これが僕に与えられたチート。

全てを弾き返す力だ。


「サイガ……私を守ってくれたの?」


僕の体から光が失せ、ゆっくりと下降する。

その僕をリンが優しく受け止めてくれた。


「があああああぁぁぁぁ!!」


オーガは考えるのをやめたのか、再び棍棒を振り上げる。

今度は片手ではなく、両手でだ。

本気のフルパワーで僕達を叩き潰す気に違いない。


「サイガ!もう一度私を守って!」


振り下ろされる棍棒に、リンは手にした僕を突き出した。

再び棍棒は僕に叩きつけられる。

だけど結果は一度目と同じだ。

棍棒は弾かれ、オーガは大振りした分態勢を崩してその場に尻もちを搗いた。


同時に頭の中でファンファーレが鳴り響く。

それが何かを、僕は本能的に理解した。

レベルアップだ。


この世界の生物にはレベルがある。

僕は自分を人形だと思っていたけど、違ったんだ。

只動けないだけで、僕にも命がちゃんとあった。

ちゃんと僕は転生していたんだ。

そしてオーガの棍棒を弾くという経験が、僕をレベルアップさせてくれた。


今なら!

レベルアップで新しいスキルを取得した今の僕なら!

こいつを倒せる!


僕の目が輝き、両目から光が飛び出した。

強烈なその閃光はオーガを飲み込み、一瞬で蒸発させる。


これが僕の新スキル。

目っ殺光線アイズビームだ。


「凄い……サイガ凄……っう……」


リンは大声を上げようとしたが、呻き声を上げて蹲る。

足の傷は深い。

早く手当てをしなくちゃ大変な事になってしまう。


だが体は動かない。

敵の攻撃は弾けても。

強力なビームは打てても、やはり体はピクリとも動かせなかった。


「おい!大丈夫か!」


その時、遠くから声が聞こえた。

人が此方に向かって来るのが見える。

ごつい鎧を着た二人組だった――片方はダンジョン入り口で見張りをしてた人だ。

そしてその後ろには、リンが逃がした2人の姿があった。


どうやら人を呼んできてくれた様だ。

これでリンは助かる。

良かった。

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