1話 旅立ち
気付けば……僕はぬいぐるみだった。
正確には、転生して気づけば……だが。
視線を動かすと、少女の顔が見えた。
僕はその少女の名を知っている。
彼女の名は、リン・マイヤー。
金のショートカットに、大きな金の瞳を持つ美しいエルフの少女だ。
彼女は今黒いワンピースを身に着け――墓の前に立っていた。
僕をその手に抱きしめて。
その顔は今にも泣きだしそうだ。
いや、もう泣いているのだろう。
只必死に涙を堪えているだけだった。
彼女の前にある、木の棒が立っただけの粗末な墓。
それは彼女の両親の墓だ。
その事は、僕の転生先である人形の記憶から分かった。
そして、彼女がただ一人残された事も。
「おとうさん、おかあさん。私、冒険者になるよ。そしてお父さんやお母さんみたいな立派な冒険者になって見せる」
彼女の両親は冒険者だった。
そして冒険者としての仕事の最中に亡くなっている。
凶悪な魔物から街を守るために戦って、亡くなったそうだ。
その為墓はあっても、その下に彼女の両親は眠ってはいない。
形だけのお墓だった。
「私、呪いになんか負けないよ。だから……だから天国で……」
彼女の目から涙がハラハラと流れ落ちる。
きっと堪え切れなかったのだろう。
彼女は顔を崩してえずき出す。
「こんっ……なん……じゃっ……あっ……うぅ……」
リンは袖で顔を擦り涙を拭おうとするが、涙は止めどなく溢れて彼女の顔を濡らし続ける。
「強く……なら……な……っくっちゃ……」
彼女は呪われていた。
それは生まれながらにしての、不幸を司る女神から与えられた祝福。
その誰からも望まれない祝福は、少女を不幸にするものだった。
何故なら――弱い者は彼女の力に飲まれ、破滅してしまうだ。
リンの本当の両親も、そんな彼女の呪いのせいで命を落としてしまっている。
身寄りを失い。
エルフの里で腫れもの扱いされ、隔離されていた彼女の境遇に心痛め引き取ってくれた心優しい人達。それがこの墓の……
だがもう、その二人はいない。
彼女はまた一人ぼっちになってしまった。
涙を流す彼女に、僕が居るよと言ってあげたかった。
優しく抱きしめて挙げたかった。
だが体はピクリとも動かない。
声も出せない。
何故なら僕は人形だから。
こんな時に彼女の力になってあげられないなんて……この人形の体が呪わしい。
僕に与えられた転生チートは、全ての攻撃をはじき返すという物だ。
それがどんなものであろうとも、攻撃ならば全てをはじき返す。
ある意味最強のチートと言っていいだろう。
だがこの動けない体では、何の意味もなかった。
彼女の役に立てない神の奇跡にいったい何の意味があるというのか?
こんな力……無意味だ。
「お父さん、お母さん。私……いくね……」
いつの間にか彼女は泣き止み、両親に別れの挨拶を行う。
墓の直ぐ近くには、木で組み立てられた家がある。
彼女と、彼女の両親の家だ。
家は村はずれに建てられており、近くに他の建物はない。
此処でも彼女は隔離されていた。
今日、彼女はこの家を後にする。
村長にこの村から出て行く様言われていたからだ。
「さ、いこっか。サイガ」
サイガとは僕の名だった。
神殿から下賜された時、彼女がつけてくれた物だ。
僕は光と幸運の女神ティティスを崇めるティティス教で生み出され、彼女の手へと渡っている。
この体にはティティスの欠片が溶け込んでおり、彼女の呪いを押さえる力が付与されていた。
そう、僕は人形であると同時に神器でもあるのだ。
僕が傍にいる限り、余程の事がない限り彼女が周りに呪いをばらまく事はないだろう。
だがそれも絶対ではない。
その為、彼女が傍にいること自体恐れる者も多かった。
だから村を出て行く様言われたのだ。
彼女は村を出て冒険者になる。
神の祝福を手に入れて、呪いを完全に克服する為に。
徐にリンは黒のワンピースを脱いだ。
その下は草色のシャツに、ショートパンツと言うラフな井出達だった。
彼女は横に置いてあったリュックに脱いだワンピースを仕舞い込み、家を後にする。
その表情はさっきまでの悲しい泣き顔ではない。
決意を決めた、覚悟の表情だ。
僕は人形だ。
何もできない。
だからせめて見守って行こうと思う。
彼女の人生を。
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