楠木サトルの後日談

@donuts_07

1.

石の表面を水が流れ落ちる。

差した花々のかたちを整える。

最後に、黙ったまま手を合わせる。


白菊の随分こんもりとした花弁の一つ一つが、妙に墓石にしっくりきていた。線香の懐かしくも非日常的なか細い煙が、濃緑色をじっくり白っぽい灰に変えていく。下に、そうしてできた灰が溜まっていたから、きっと定期的に誰かがここを訪れて似たようなことを繰り返していた。




『先祖代々之墓』




一人で墓参りをするのは、これが初めてだった。

事前に何をすればいいかネットで調べて、適当な線香を買って、仏花は差程考えることなく駅前の花屋に任せた。久しぶりの駅で一人戸惑った後、いっときの恥を耐え忍び、それから人気のない、広い道路を歩いてここに来ると、どれも同じように見える石の間を歩いて…二十年前のボクが恐らくしたくてしたくて堪らなかったであろう事を、今日、することにしたのだ。


「…ただいま」




「ここ、あんまり良い場所じゃないね。静かだけど日が照って暑すぎるよ」




「……マフラーをしてるからだって?キミがくれたせいで、この日は外せなくなっちゃったんじゃないか」




「…墓参りに来るのが遅れてごめんね。寂しくは、なかっただろうけど。…呆れてる?」




「…あれから、色々あったんだよ」






どんな花より手向けになるのは思い出話。

しかし、そもそもボクも彼女も手向け自体を必要としない性質だった。どんなに非現実的な出来事を経験しても、死んだらそれが一区切りだと言う考え方はお互い変わりなかった。その後から何を供えられても、死体は知覚さえしない、と。


要するに、彼女にとってボクは今、ただの石に話しかける奇妙な人間だし、元より彼女は死んだからもう聞いてすらいないのだ。


こんな、人間の習慣に意味がないのはボクも彼女も分かってる。




それでも、話したくなるのは。

聞いて欲しいと願うのは。




帰り際、渇いたはずの柄杓から未だぽたぽた液体が零れ続けている気がした。

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