ユルシの美学

天獄橋蔵

第1話ユルシの美学。

ユルシの美学。


 これは勝ち続ける意味を見つける物語。


†††


 俺の名はアゲハ。地下闘技場のチャンプだ。今日も地下のリングで勝鬨を上げる。


 挑戦者の大振りのテレフォンパンチが来るのを見逃さなかった。俺は小さくいつものルーティンを済ませる。


 誰にも聞こえはしないが、誰もがなんと言っているかを知っていた。それはショーアップされたチャンピオンの勝利宣言。


「世界一美しく羽ばたく蝶は?」


 熱狂した観客達が口々に叫ぶ!「アゲハ!アゲハ!」


 数多の挑戦者をマットに沈めてきた左ストレートが唸りを上げた!


 …………


 今日の上がりは20万円。上々だ。これでまたハルを誘って飯に行こう。


 観客達は賭博をやっている。地下闘技場だから当たり前だが、負けた奴の賭け金で生活してると思うと、ちょっと情け無くもある。だが生活の為だ。

 1人の観客が、「来月からどうやって生活しよう……」とボヤいてる。が、知った事では無い。


 出口付近でハルが待っていた。「お疲れ様。怪我しなかった?」といつもの台詞を言う。「大丈夫だよ。心配すんなって。」俺もまたいつもの台詞を言う。


 デートでは中華の店に入った。ハルが回鍋肉が食べたいと言ったからだ。

 今日の試合も楽勝だった事をハルに報告する。


「今日の相手も弱かったよ。ハルは未成年だから俺の試合を見に来れないのが残念だけど。」

「もう、またそう言って、大怪我したらどうするのさ、早く地下闘技場のファイターなんて辞めて真面目に就職して!」


 口を開けばこうだ。毎回の事でうんざりしているけど、俺には他に稼げる術は無い。


「まぁ負けた時考えるよ。」

「約束だよ。僕は将来不安だから、早く負けて普通の仕事に就いて安心させて。」


 デートはランチからゲーセンに変わった。UFOキャッチャーで欲しい景品があるとの事。


「このぬいぐるみ欲しかったんだありがとう!」

「いえいえお安い御用で。」


 お安くも無かった御用だった。俺はUFOキャッチャーは大の苦手で実に1万円くらい機械に飲まれた。


「そこの2人。終わったのならどいて。」


 次の人から急かされてUFOキャッチャーの筐体からどいた。というかゲーセンから出た。


 こんな感じのデートだった。


†††


 そんな毎回同じやり取りを繰り返すある日の事だった。地下闘技場で俺が勝ち続けているから賭けにならないとクレームが入り、最強挑戦者と名打たれた白人ボクサーとマッチメイクを組む事になっていた。


 今回ばかりはやばいかもしれない。なんせ相手は、リングの禍を過去3回起こしてる。下手すれば俺も……


 恐怖に足が竦む。鉛の様な足をリングへと運ぶ。


「東西東西!本日は満員札止め!改めて御礼申し上げ奉ります!本日のメインイベント!チャンプアゲハvs最強挑戦者ジャック!さぁ皆様掛札はお持ちで、それではご緩りご高覧の程……ゴング!!」


 カーン!


 1R。挑戦者のジャックはジャブから様子見、ここは普通のボクシングスタイルだ。俺も合わせてジャブをお見舞いする。

 牽制合戦のつもりだったが、ジャックのジャブはかなり重い。簡単にガードを崩された。あまりの重さに、腕が下がったところを、顔面にモロにストレートを浴びて後はパンチの雨霰。


 カンカンカーン!


 レフェリーストップが入って俺は気付いた時は病院のベッドの上だった……


「もう、再起不能でしょう。脳に深刻なダメージがあります。記憶障害も出る程重篤なレベルです。」

「そんな、あんなに頑張っていたのに、たった一回負けただけで……」


 あぁ、俺は負けたんだ。身体が動かないな、この声はハルだな。あぁ俺再起不能なんだな。はぁ。


「もう何も要らない。ただハルは失いたく無い。でもわがままなんだろうな。」


 ハルが病室に入ってきた。沈黙していたが、俺から沈黙を破った。


「別れようか?」

「嫌。こんなの嫌。」

「でも、俺はハルのお荷物になりたくない。」

「それでもいい。」

「若いんだからまた次を見つけな。」


 そこに1人の女性が病室に入ってきた。ついでに俺達の別れ話にも割って入った。


「こんにちわ☆」

「どちら様?今とても大事な話をしていて……後からにしてくれませんか?」

「ユルシって言うんだよ!怪我したみたいだね。再起不能らしいけど?」


 ずかずか割って入るこの女に腹を立てるのだが、どうも怒る気力も無い。


「何か用ですか?その?ユルシさん?」

「再起させる魔法があるなら?試したい?」

「そりゃ魔法にも頼りたいですけど、魔法なんて無いし。」

「なんなのアナタ。僕達の邪魔しないで!」


 ユルシは、まあまあと手を上げたと思いきや、手持ちのカバンからビーカーと温度計を取り出した。なんだ?


「ビーカーにお湯を入れるね☆この魔法瓶にはお湯が入ってます。温度を測ってみます☆60°Cです。さて、今から魔法を掛けます!ビーカーのお湯に手かざしします!すると、あら不思議!61°Cになりました!」


 なんだこいつ?沸いてるんか?ってかどんな手品だ?えらく地味だが?


 温度計はデジタルでパッと見温度が上がったのが分かるのだが、ふーん?って感じ。


「それが何か?」

「このお湯は元々は沸点つまり約100°Cだったんだよ?」

「つまり?」

「時間の矢の定理も知らないのか!脳筋だね?コーヒーカップの中のコーヒーが時間の経過と共に冷めていくのは知らない?」

「へぇ凄い……」


 どうせ温度計に細工してあるんだろ?つまんない手品だ。


「信じて無いでしょ?どうせ温度計に細工してあるんだろとか思ったでしょ?」

「いや、凄くどうでもいい。魔法ってんならそれ時間戻しているって言いたいんだろ?」

「戻せるものなら、アゲハの身体元通りにして!」


ふぅ、って一呼吸付いたユルシが、ビーカーのお湯を凍りつかせた。


「これで信じる?魔法をわたしから習うのなら治してあげられる。どうする?」

「凄え!治るんなら是非お願いします!」

「ホントに治るの?アゲハは復活できるの?」

「これから毎日魔法修行だからね?」


†††


 こうしてユルシさんから魔法の手解きを受ける事になったのだが?


「うーん?これ暇なんですけど?」

「文句言わない。私も最初習った時もこんな感じだったよ。」


 魔法修行って言っても、地味過ぎる。ビーカーにお湯と温度計を見つめ続ける修行だ。何が楽しくてこんな事しないといけないんだ?ハルも来てて林檎の皮を剥いてる。


「林檎食べなよ。」

「そだねー。」

「集中しなよ?」

「コツとか無いんですか?」


 俺はそもそもな疑問を投げかける。キャッチしたユルシさんから変なボールが返ってきた?


「そうだね。最初は瞬きをしてヘックスを出して、次に寄り目にしてユニットを出してグルグルしたら、黒いユニットでストップ。成功したら水温が上がる。こんな感じだよ?」


 は?ヘックス?ユニット?瞬き?寄り目?何のこっちゃ?


「それって何ですか?習って無い!」

「人によって集中の仕方や魔法の発現は違うから教えない方がいいかと思った!」

「ヘックスにユニット?ゲームですか?」

「そそ、ゲームやって幻覚見えるまで遊び倒すの。」


 これから暫く病室でゲーム漬けになる俺だった。ユルシさんがやっていたゲームと同じゲームを選んだ。成功率の問題だ。


 1週間後にはゲームBGMが幻聴として聴こえる様になってきた。段々と良い感じである。


 3週間後やっと幻覚が見えた。しかし、見えるタイミングがランダムでコントロール出来ない。


「やっと入口に立ったね。長かったね。アンカリングしてヘックスの幻覚を瞬きに、ユニットの幻覚を寄り目に、意識して幻覚を起こすんだよ。」

「瞬きヘックス出しは簡単に出来ましたけど、ユニット寄り目は難しいというか、コツありますか?」

「うーん、最初は白っぽい物を見つめる。金色銀色透明は難しいから。」


 聞いて無いよ……ずっとビーカー見つめてたんだけど?


 それから白いマグカップにお湯と温度計で魔法修行を再開した。すると、すんなりと58°Cから59°Cに上がった。


「あ、上がった!出来ました!」

「アゲハやったじゃん!」

「あー、でもスロースターターかも?もっかい60°Cから始めるからね?」

「はい!」


 結果はほぼ毎回58°C→59°Cたまに59°C→60°Cだった。これは魔法の才能の問題なのかな?


「あ、やっぱりスロースターターか。伸び代はあまり無い方だよ。まあでも習得した分まだ見込みあり!」

「ありがとうございます!次は何をしたら?」

「このお湯を飲めばいいよ。」


 緊張したけど、飲んだら治るらしいから飲み干した。すると……


「あれ、身体が痛いけど、動く!」

「人間の器から脱皮していく成長痛だよ。」


 お湯を飲んでから暫く痛みで横になっていた。目覚めたらユルシさんとハルが言い争いをしていた。


「なんでアゲハがまた地下闘技場に戻らないといけないんですか!」

「誰もタダで助けない。ジャックが勝ち過ぎて賭けにならないから、アゲハを鍛えて再戦してもらう。」

「そんなの嫌です!詐欺じゃないですか!」

「誰もタダで助けない。」


 目覚めた俺は何だなんだという感じ。ジャックと再戦?あんにゃろとやるのはごめんだぞ?


「いくらユルシさんの頼みでもあんにゃろとやるのはごめんだぞ!命がいくつあっても足りない。」

「アゲハは強くなりたくて格闘技始めて、プロになれて、負けて、もうそれで良いじゃないの!」

「アゲハはかなり強くなってる。ジャックは敵じゃない。やれば出来る。」


 確かに魔法で普通の人間より回復早くなった。だが、それだけだ。


「いや、無理ですよ。ジャックのパンチに耐えられる身体じゃないし。」

「トラウマが魔法使いを強くする。打たれ強い身体になっているはずだよ。」

「んな事言われたって乗りませんよ?」


 するとユルシさんが果物ナイフを徐に握り。えっ?嘘やん?ちょったんまたんま!


「ね?打たれ強いどころじゃないでしょ?」

「確かに刺さってない……」

「危ない事しないで!どうせ手品用のナイフでしょ!」


 ユルシさんがナイフの先をツンとして凹ませた。手品用のナイフだった。


「まあ、ご愛嬌。」

「なんだ。手品用じゃないの!」

「でも、なんか打たれ強い身体になった気がする。」

「そうよ。」

「何を根拠にかは分からないけど、奴のパンチに打たれてから病院送りにされたトラウマが、克服しないといけないんだって思ったら、なんか力が湧いてきた。」


 その予感は正しかった。2人が帰った後試しにナイフを刺してみたが、刺さらなかった。後はジャックとの再戦をどうするか。恐怖心より、勝てるんじゃないか?という好奇心や勝利の味をまた噛み締めたい気持ちで一杯だ。どうやらやりたい方向に固まって来てる。後はハルを説得するだけ。


†††


 退院してまずユルシさんがやって来た。「やるでしょ?」と問われ。「やる。」と答えた。後ろからハルがやって来たのに気付かずに、「やる。」と言ったのが聞かれてしまった。気まずい。


「そんなにユルシさんがいいなら、もう知らない!」

「ちょっとそんな意味じゃ?」

「ユルシさんがいいんだろ!ばーか!また負けたらいいよ?」

「縁起でも無い……」

「負けたら僕のところに戻ってきてね。バイバイ。」


 なんか、簡単に別れてしまった?あっけない。


「話は終わったの?再戦決めてくれて良かった。」

「勝ちますよ。」

「流石は一番弟子だね。期待してるよ。」

「ユルシさんの?弟子?」

「まあそうなる。」


†††


 地下闘技場に戻って来た。今日は挑戦者の立場でだ。チャンプのジャックと俺のオッズは1RジャックKOを一番人気に、ほぼジャックに下馬評が集まっている。


 レフェリーがまたお馴染みの歌舞伎口上?で進行を務める。


「東西東西!本日長らくお待たせ致しました。メインエキシビジョンマッチ!無敗王者ジャックvs挑戦者アゲハ!翼の折れた蝶は再び羽ばたきを見せてくれるのか?リベンジマッチなるか!隅から隅までずずずいーと、ゴング!!」


 カーン!


ジャックはジャブで様子見をしてくる。ノーガードで全部受ける俺。訝しげなジャックだが、俺が一向に攻撃しないのを見てラッシュをかける。倒しにかかるつもりだろうが、甘く無い。効いてないのだ。ジャックが乱打してる内に観客が、「変じゃないか?」とざわついたが、レフェリーは止めに入るべきか顔を曇らせてる。


 そろそろ何もしないとレフェリーストップでTKO負けになるな。そろそろだな。


 俺は渾身のカウンターを合わせた。ジャックが崩れた。崩れたというか、ジャックの顎の骨が崩れた。


 カンカンカーン!


 見事な一撃だった。今度はジャックが救急車に運ばれて行く。ユルシさんがこっちに手を振っている。あの人は何者なんだ?


 ジャックを倒した上がりは過去最高額の2000万円。これは儲け物だった。が、ユルシさんが全部持って行った。「命はお金じゃ買えないからね?」だそうだ。


「せめて飯代くらい……」

「ユルシはお高いよ?」

「いや、そんな意味じゃ?」

「お小遣い、100円。」

「子供扱い……」


 勝利の報告をハルにしたけど、不機嫌そうに、「ユルシさんが居るから大丈夫だね。」と言われるだけ、なんだかんだで、ハルとは疎遠になってしまった。


 それから地下闘技場で連戦連勝の日々が続いた。いつの間にか、ジャックが復活してたのだが、試合を見る限りだが、前よりだいぶ強くなっている。まるで魔法に掛かったみたいに。


 暫くぶりにジャックとのマッチメイクが組まれた。しかも今度はルールが異常だ。『なんでもあり反則無し。』いくら地下闘技場でも目付き金的は反則だ。選手が商品である以上。選手生命に関わるルールであるが、嫌な予感がした。ジャックも魔法が使えるのでは?という疑問だ。


「ユルシさんが魔法使い増やしているのでは?」


 疑問に思った俺はユルシさんに連絡してみた。結果はビンゴだった。


「ユルシは弟子増やしているよ?それがなに?」

「ジャックは魔法使いとしてどのくらいのモノですか?」

「アゲハよりは優秀かな?」

「そんな!俺前の試合で舐めプしてるから殺されるかもしれないですよ!」

「まあまあ、自力で這い上がるしかないよ?」

「そんな!また魔法を鍛えてくれるパターンじゃないんですか?」

「甘く無いよ?またね?」


†††


 待てども待てどもユルシさんからの連絡は無い。途方に暮れた俺はただボーッと壁に掛かった時計を見ていた。そう言えば、ユルシさんと最初会った時に、時間の矢の定理がどうの言ってたな。ただ時計を見つめるだけでは暇なので、瞬きと寄り目で幻覚を出しながら時計を見つめる。


「あれ?1分ってこんなに長かったっけ?」


 どうにも長く感じるから、スマホの時計を見てみる。壁時計とズレてる。これは?と思ったら後は行動のみだった。壁時計の時間をピッタリに合わせて見つめる作業を繰り返す。スマホの時計とズレてるのを確認を何度もした結果。時間を少し遅く進める魔法を手に入れたと確信した。


「これって何に使えるんだろう?折角手に入れた魔法だ。色々試そう。」


 俺は出始めにカップ麺を作ってみた。お湯を入れて見つめる。スマホの時計で3分経った。注いだお湯がまだ熱湯のままで、猫舌の俺は食べるのに苦労した。が、お湯は熱いままつまり、時間が停止してる……いや、それだと麺がそのままのはずだから、やっぱりゆっくり時間が進んでいる?分からん。


「もしかしたら、動体視力が上がっている?」


 苦手なシューティングゲームをやってみたら、ビンゴだった。動体視力は上がっている。少し冒険だが、ちょっとアンカリングで幻覚を発動してからゲームしてみる。すると、魔法らしき効果は特に分からなかった。やはりゲームとかには無駄の様。


「んー、現実の物のスピードを落とすのかな?だったら、格闘が手取り早いな。」


するとユルシさんから着信があった。遅いよ。と思いつつ出る。


「なんですか?魔法強化出来ましたよ?」

「ジャックとの再戦は無くなったよ。無くなってないかもだけど?」

「無くなったんですか?」

「それが、ジャックは魔法の力に飲まれてしまって、魔神と化したの。止め様にも魔法使い以上じゃ無いと手に負えなくて、近場の魔法使いはアゲハと私だけ。」

「はぁ、つまり、俺にジャック退治しろと?」

「うん、任せるよ。」

「魔神化って何ですか?強そうなんですけど?」

「魔法の力に飲まれて怪物化するやつ、強いから気をつけてね。」

「ちょっとそれって俺無理ですよ!」

「またね?」


 通話は一方的に切られた。要約すると怪物化したジャックを倒せとの事。なんだか、無性にハルが心配になってきた。会いに行こう。


†††


 はるの家の方に向かいながら電話を掛けてみた。すると、ハルが慌てて電話に出た。開口一番が、「助けて!」何事と思いつつも、すぐに、「今どこにいる?」と聞く。「家の近くの公園!早く来て!」俺は電話を繋いだまま駆け出した。


 公園に着くとハルがいた。泣きながら抱きついて来る。落ち着いて話を聞こうとしたが、そこにジャックが現れた。異様な雰囲気を醸し出している。よく見やると、額のところに第3の目があった。


「オマエあの時のオレオマエコロス!」

「ハル逃げろ!ここは俺が食い止める!」


 ジャックは正気を失っている。残念ながらとても勝てそうに無い。ここはユルシさんが助けに来るのを微塵くらい期待しても良さそう。


 ジャックが殴り掛かって来る。スピードを落とす魔法でゆっくり避ける俺。これならいけるか?とカウンターをお見舞いするが、ジャックの3つ目から怪しい光が輝いたと思った刹那。立ち位置が最初に戻っている。まるで時間を巻き戻されたかの様……否、時間が巻き戻ったと見て間違い無いだろう。


「オレ時間戻すオマエ負ける!」

「チートもいいところだな、だが、魔法の源泉がバレバレなのが仇になったな、これならどうだ!」

「ナニをやっても無駄ダ!オレの時魔法は無敵だ!」


 ジャックの魔法は時間を一定時間戻す。どうやら今のところは戦闘開始のところに時間の起点が置かれているみたいだ。それと第3の目がどう見ても魔力の発動装置。つまり光情報が何らかの影響がある。それなら盤上此の一手!


「スマホの自撮りアプリって今進化してるんだよ。こんな使い道もあるなんてな!」


 俺はスマホの自撮りアプリを立ち上げて、ジャックの方にかざした。正確にはジャックの第3の目に向けてだ。


「ナンダそれは?舐メテイルノカ?」

「嘘やん?こういう時って時間停止してそのまま勝ち確定だろ?空気読めよクソスマホ!」

「ソンナ物でオレの時魔法が負けるモノカ!」

「じゃあさ?時魔法今発動して!お願いだから!」

「ショウガナイ!時よ!」


 すると、本当にジャックの時間が止まった。これってスマホ動かして大丈夫なんかな?動かした途端にまたジャック動くってオチないのかな?


 迷う……


「これどうするかな?」


 すると、後ろから声をかけられた。


「アゲハは攻撃魔法が使えないから決め手に欠けると思ったよ?助太刀に来たよ?」

「ちょっユルシさん?今頃ですか?社長出勤もいいところじゃないですか!」

「オーナーだけどね?」

「へ?」


ユルシさんが大声で、「凍れ!」と言ったら、ジャックは凍りついた。凍ったと思ったら第3の目がポロンと落ちた。それを回収してバッグにしまうユルシさん。「終わったよ?」と俺に声をかける。


「それ何ですか?魔眼ってやつです?」

「うん、そだよ。」

「これからジャックはどうなるんですか?凍りついたままで、生きているんですよね?」

「うーん、とりあえずジャックは破門だよ。」

「それと、さっきオーナーって言ってましたけど、何か経営してるんですか?」

「地下闘技場だよ?今更?」

「え?」


†††


 数日後ハルと再び付き合う事をユルシさんに報告しに行った。待ち合わせ場所は、うなぎ屋だ。ユルシさんがうなぎを食べたいそうでそうなった。


 うなぎ屋に着くとユルシさんが先に待っていた。何でも今日は、ユルシさんの奢りらしい。席に着いて早速話を切り出す。


「あの、地下闘技場のファイター辞めたいんですけど……」

「辞めてどうするのさ?他に働く場所あると思っているの?」

「やっぱりそうなりますよね。だったら地下闘技場の裏方役はダメですか?」

「うーん、ファイターとして働けるうちは働いて欲しいよ?」

「あのユルシさん、僕が高校卒業したら、僕達結婚する予定なんです。僕からもお願いします!」

「うーん、うーん、2人が結婚するのは自由だけど、魔法使いは戦う宿命から逃げられるものじゃ無いよ?」

「またジャックみたいな魔神化した者が現れたら俺も助力します!だから!」

「まあ、それならいいかな?ユルシてあげる!」


†††


 こうして俺は地下闘技場の最強の便所掃除になった。清掃だけが仕事と思いきや、ガラの悪い客の掃除もしなきゃいけないので、戦いから遠ざかった訳では無い。


 ギャンブルは身を滅ぼす。きっとジャックは地下闘技場で身を滅ぼす側だったのだろう。俺は一度は人生を諦めるくらいの敗北を味わったが、そこから這い上がった。今では勝ち組とは言えないものの、ハルとは結婚出来たし、満足な生活である。


†††


 私はユルシ。この物語は私の掌の上の物語。救いはどこにも無いユルシてくれる者などいないよ?

 アゲハはいずれ魔神になる。ハルのお腹の子も魔法使いの子として、いずれはサンプルとして回収される。私はまだ弟子を集める。地下闘技場で勝つ事を、一獲千金を狙う事も、また、運営側に回ったところで下働きなら意味は無い。


「ギャンブルは身を滅ぼす。」

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