第25話 英雄の矜持

 ヴァンパイアの襲撃から一夜明けた午後の事であった。

 聖王の城には、モモンに是非とも会ってお礼が言いたいという有力な貴族や商人が集まって来ていた。

 一昨晩、数多の悪魔とあれほどの死闘を演じたのだ。

 面会を拒絶しても、誰も非難しないだろう。

 しかし、モモンは、その面会に素直に応じた。

 その英雄的な態度に、城にいる誰もが見惚れていた。

 モモンは、聖王城の大広間にて、有力貴族、大商人から感謝の言葉を受け取っていた。

 その場にはモモンの他に、美姫ナーベ、レメディオス、レイナース、ネイア、青の薔薇のメンバーが同席していた。ダークエルフの少女達は、呼び寄せた魔獣やドラゴン達を王都外で待機させておく場所を見つけるとの事で、別行動をとっていた。

 その他には、親衛騎士団、魔導兵団の兵士が、数十名がその部屋の内周に隊列を組んでいた。

 その兵士達は、皆、憧れのアイドルを見るように輝いた瞳で、モモンを見つめていた。


「モモン様。私は、この聖王国の財務を仰せつかっております。ローランド・ベロ・クライシスと申します。」

「これは、クライシス卿。お初にお目にかかります。」

「この度は、我が聖王国をお救い頂き、誠に有難う御座います。」

「いや、正確にはまだこれからなのだが、その言葉、実現できるよう精進致します。」

「いえいえ、それでもすでにこの王都をお救いになった事には変わりありません。是非とも、お礼をさせて頂きたいのですが。」

「お礼とは?」

「はい、金貨三千枚を感謝の印として献上させて頂きます。」

 その金額を聞いて、周りの兵士達が一瞬ザワつく。

 そして、クライシス卿の後ろから、宝箱を乗せた台車を押して来る従者が現れた。

 従者は、台車を止めると宝箱を開ける。

 その中には、大量の金貨が詰められていた。


(ゲスが…)

 モモンの後ろに控えていたレメディオスは心の中で呟いた。

 そのやり取りを目にしたレメディオスは、我が君が、まるで報奨金目当ての冒険者のように見られていると感じ苛立つ。


(モモン様は、金の為に人を助けるなどという低俗な輩ではないのだ。見返りもなく、人々を救うという信念を持たれた高貴なお方なのだ。)


「クライシス卿。喜んで受け取らせて頂こう。」

 モモンのその言葉に、その場にいた兵士、レメディオス達は少し驚いた顔を見せた。

 そして、モモンは続いて言う。

「ネイア殿。」

「は、はい、モモン様!」

 突然呼ばれたネイアは慌てて答える。

「今後の戦いで、負傷した者や生活に困る者達が居たら、このお金を役立ててほしい。カリンシャを取り戻した際に、必ず必要になる筈だ。」

「は、はい。わかりました。モモン様!」

モモンの指示をネイアは即座に快諾する。


(さすがは、モモン様だ‼)


 その場にいるすべての者が思った。そして、更なる憧れの目でモモンを見つめる。


 モモンが面会はつつがなく行われていった。そして、最後に聖王がモモンに面会した。


「モモン様。王都を守って下さり、誠に有難う御座います。」

 カスポンドは、頭を下げてモモンに礼を言う。

「いえ、今回は一時的に追い払ったに過ぎません。まだ、カリンシャの件もある。これからもお力になれるよう精進致します。」

「いえ、これ以上、モモン様のお手を煩わせる訳にはいきません。後は、こちらで何とか致します。」

 カスポンドのその言葉に、大広間にいたすべての者が凍り付く。


(何言っているんだコイツ(聖王)。お前が役立たずだから、モモン様に助けて頂いたんだろうが!)

 その大広間にいた兵士全員が、心の中で悪態をつく。


「カスポンド殿。今回の件、あなたに対処できるのかな?」

「はい。モモン様の長刀をお貸し頂ければ。私の方で、あの長刀に相応しい人物をご用意致しますので、あの武器をお貸し頂けないでしょうか?」

 その言葉に、その場にいるすべての者が固まった。

 こともあろうにこの男は、モモン様の強さが武器によるものだと考えているのだ。

 しかも、その武器さえあれば、自分で対処できると思っている。

 その上、その武器を借りようと懇願しているのだ。なんと、図々しいのだろう。

 そんな男が自分たちの国王と思うと、心の底から怒りと憎しみの感情が溢れだしそうになる。


「そうか。しかし、それは出来ない。」

「モモン様。ご安心下さい。私の方で、あの長刀を貴方以上に使いこなす方にお渡し致します。その方に仕事を引き継ぐという事でご納得頂けないでしょうか?」

 その余りの自分勝手な発言にそこにいるすべての兵士の怒りは頂点に達していた。


「き、貴様‼」

 レメディオスは、堪忍袋の緒が切れ、思わず叫ぶ。

 そして、カスポンドをぶん殴ろうと一歩前に足を踏み出した。


「騒々しい。静かにせよ。」

 モモンは、雄々しき威風堂々たる態度で手を振るう。


 その王としての見事な所作に、皆、息を呑む。レメディオスもその姿に見惚れて、動きを止める。


 そこにいた者は皆思う。

 この方こそ、王の中の王と呼ばれるべきお方なのではないかと。


「カスポンド殿。残念ながら、武器を貸すことはできない。」

「それは、どのような理由からでしょうか?」

「あの武器は、私以外の者が使用した場合、命の保証ができないのだ。」

「‼」

その言葉に、その場にいる者に衝撃が走る。

「それは、一体、どういうことでしょうか?」

カスポンドは、震える声で質問した。

「私が、昨日、使用した武器は、至高の神々の武器なのだ。」

「至高の神々?どういう事しょうか?」

「かつてこの世には、偉大な至高の神々がいた。しかし、長い月日ののち、その神々はこの世界から去ってしまわれた。その時、その神々は強大な力を持つ武器をこの地に残されていった。それが、私が昨日使用した武器だ。しかし、強大な力を持つため、使用すれば命を落とす事になる。」

「それでは、モモン様にしか使用できないという事でしょうか?」

「いや、それは私でも例外ではない。」

「ラキュース殿。」

 モモンは、後ろに控えていたラキュースを呼ぶ。

「は、はい。モモン様。」

「貴方は、私の素顔を見た筈だが、幾つに見えた?」

「年齢ですか?…そうですね…三十代半ばという所でしょうか?」

ラキュースは、実際思ったより少々若めの年齢を答える。

「フッ、これでも一応、二十代なのだがね。」

 モモンの言葉に皆、衝撃を受ける。

 その若さで王としての風格、とてつもない強さを身につけた事に。

「随分、老け顔だな」

 仲間内で、ガガーランが呟く。

「黙れ」

「脳筋」

 ガガーランの言葉に、ティア、ティナが呟いた。

「も、申し訳御座いません。」

 頭を下げてラキュースが謝った。

「いや、謝る事はない。実際、私の体は今、そのぐらいの年齢なのだろう。」

「ど、どういう事でしょうか?」

 ラキュースがモモンに問う。

「神々の武器を使用した代償だ。あの武器は使用者の命を貪る。」

「!!!!」

 その驚愕の事実を知り、すべての者が言葉を失う。

 そして、多くの兵士達の目から輝く液体が流れ落ちる。

 

(モモン様は、我々を文字通り命がけで守られたのだ…)


 それが、どれ程尊い事であろうか。モモン様は我々聖王国の為に、その命を使われたのだ。

 兵士達は思った。

 それは、正しい事だったのだろうか、と。

 モモン様が今回の戦いでどれ程の寿命を使われたのかわからないが、我々、王都中の国民の一日の命よりも、この英雄の一日の命の方が遥かに重いのではないのか、と。


 イビルアイは、モモンの説明を聞き、あの時のナーベの反応に納得した。

 今も横を見れば、ナーベが顔を歪めている。

 仲間が自らの身を、命を削り戦っている様をみれば、誰でも苦悶の表情になるだろう。

 モモンがそのような戦いをしているのを、ただ傍観する事しかできなかった自分をイビルアイは心の中で責めた。


「それではなおさら、モモン様にあの武器を使用させる訳にはいきません。こちらでお預かりし、しかるべき者に渡します。」

 カスポンドは、モモンに言う。

「あの武器に選ばれた私ですらそうなのだ。他の者が使用した場合、すぐに命が尽きてしまうであろう。」

 モモンがカスポンドに言い放つ。

 

「モモン様‼」

 突然、レメディオスは叫ぶと、モモンの横に回り込みひざまずいた。

「モモン様‼どうかこのレメディオスをモモン様の配下、いえ、従者にお加え頂けないでしょうか‼」

 レメディオスはモモンに懇願する。

 その直後、大広間に控えていた兵士達すべてがモモンの近くまで詰め寄り、ひざまずいた。

「モモン様‼我々もモモン様の配下にお加え頂きとう御座います‼」

「モモン様‼どうかモモン様にお仕えする事をお許し下さい‼」

 大広間のすべての兵士達がモモンに向かって懇願した。


 (すまんな。みんな。私はもう、モモン様と共にあろうと決めたのだ。)

 そう思い、イビルアイもモモンの前にひざまずく為、足を一歩前に出す。

 その途端、イビルアイの横にいたラキュース、ガガーラン、ティア、ティナもイビルアイと同じように、一歩前に踏み出した。


「お前達!何のつもりだ!」

「私もモモン様の配下になる事を決めました。」

「あたしは、強くなるためにモモン様と訓練したいだけだけどね。」

「同意」×2

「お前達…」

 青の薔薇のメンバー達もモモンの前にひざまずいた。

 レイナースもそれに追随する。

 モモンの後ろに待機していたもので、ひざまずかなかった者は、ナーベとネイアだけであった。


(私は、アインズ様を崇拝する者。モモン様に従いたい気持ちもあるが、それは出来ない…。というか、アインズ様に従っているモモン様に従うって事は、結局は、アインズ様に従っているのと同じ事?)

 ネイアは、混乱した。


 モモンの前に多くの兵士達、レメディオス、レイナース、青の薔薇のメンバーが膝まづく。そして、頭を下げてモモンの返事を待った。


 暫くの沈黙の後、モモンが口を開く。

「残念ながら、それはできない。」

「どうしてですか‼モモン様‼」

 レメディオスが一人モモンに食い下がる。

「足手まといは要らない。」

 作戦会議の時はその言葉で引き下がったが、今のレメディオスは引き下がらない。

「モモン様‼私はモモン様にお仕えできなければ、生きている意味は御座いません‼」

 レメディオスは、腰の小刀を抜くと、自らの喉に突き当てた。

 その場が一気に修羅場と化す。

「命を粗末にする者を配下に加える事はできない。」

 モモンは淡々と言い放つ。

「そ、それは、モモン様ではないですか‼我々の為に、その貴重な、い、命を~」

 レメディオスが、涙を流しながら叫ぶ。最後の方は、号泣寸前となっていた。


 突然の昼ドラ真っ青の修羅場に大広間は騒然となった。


 暫くの静寂の後、突然、大広間中に大きな声が響き渡る。

 

「―モモンよ。その者達にチャンスを与えてやってはどうだろうか。」


 その途端、モモンの後ろに黒い靄のような空間が出現した。


 その靄の中から、絢爛豪華な杖を持った骸骨の手が現れる。


 杖は地面を叩き、カツンと音を立てる。


 そして、靄の中から大きな影が現れた。

 

 そこには―

  

 艶やかな漆黒のローブを纏い、


 白磁の髑髏の瞳には赤き光が煌々と灯り、

 

 深い闇のオーラを背負った、


 魔導王―アインズ・ウール・ゴウンが立っていた。


 






 


 


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