第8話 それぞれの再会  

 ネイア達が『黄金の輝き亭』に着いたのは、レイナースと別れて三十分程経った頃だった。


 距離的には、目と鼻の先程の距離であったが、以前訪れた時より道が複雑になっていた。


 そんな中、色んな人に聞いて廻った結果、結局、迷ってしまいそんなにも時間が経ってしまった。



(もしかして、もうレイナースさん居たりして…。)



 そう思いながら、ネイアは『黄金の輝き亭』のラウンジ内を覗き込んだ。


 ネイアはラウンジを一通り見渡して、レイナースがいない事を確認し、胸をなでおろす。


 (よかった…。まだレイナースさんは来ていないみたい…)



「おい、ネイア・バラハ。見て見ろ。」


 そんな中、横に居たレメディオスがそう言って、ラウンジの奥を指さす。


 (もう、レイナースさん、来ていたの⁉)


 ネイアは、慌ててレメディオスが指さした方向を見る。


 そして、その方向を見てネイアは驚く。


 その方向にいたのは、ネイアの見覚えがある面々だったからだ。


「あ、あれって青の薔薇の方々ですよね?」


 ネイアの言葉に、レメディオスが怒りに満ちた顔で頷いた。


 その途端、レメディオスが青の薔薇に向かって駆け出す。


 ネイアは、その刹那、レメディオスの肩を掴んだ。


「私が行きます! あなたは、私が指示するまでここに居て下さい!」


 バイザー型ミラーシェードをしているので、レメディオスに見えていないだろうが、強い目力で、そして、強い口調で言い放つ。


「‥‥‥」


 ネイアの制止の言葉に、レメディオスが動きを止める。


 そして、怒りの表情を歪めたレメディオスは黙って首を縦に振った。


 「・・・・・」


 (やっぱりおかしい…

  これも呪いの影響なのかな…

  暴虐舞人のこの女にこんな態度をされると調子が狂う‥‥)


  ネイアがそう思考している中、心の中のブラックネイアが吠える。


 (このクソ女がぁぁぁぁ!!

  アインズ様にあんな態度をとったお前は、地獄に落ちればいいんじゃあぁぁぁぁぁぁ!!)


 ネイアは、そんなブラックネイアを鎮め、平静を保ちながら近づき言った。



「あの、青の薔薇のみなさんですよね?」


 背後から声を掛けられたイビルアイは、その声に振り向く。


 そこには、仮面を被り、真っ黒いローブを纏った女が立っていた。



 (な、なんだ⁉この怪しい女は⁉ )


 イビルアイは、突然訪れたその状況に思考する。



 (怪しすぎる‥‥。自らの顔にあんな怪しい仮面を付けて‥‥

  そもそも、恥ずかしくはないのか?

  そんなダサい仮面をつけて…

  これは、あまり関りたくない相手だな…)



「なんだぁ。また、イビルアイの親戚か?」


 その時、ガガーランがお決まりのセリフを吐く。


(馬鹿か!『私のスタイリッシュな仮面と、このような下品な仮面を一緒にするな!』…

 と、言いたいところだが、心の優しい私は言わずにおいてやろう…)



「ガガーラン。馬鹿を言うな。そんな訳ないだろう。」


 イビルアイは、ガガーランのいつものボケを華麗に躱す。


「そうそう」


「彼女の仮面の方がカッコいい」


 そんな中、ティア、ティナが揃って答える。


「なんだと!私の仮面の方がカッコいいだろうが!」


イビルアイの本音が思わず漏れる。


「それで、どちら様ですか?」


そんな中、ラキュースが冷静に対応する。


「こ、これは失礼しました。」


ネイアは、慌ててミラーシェードを外して答える。


「お久しぶりです。皆様は覚えていらっしゃらないと思いますが、一年程前、お会いしました聖王国のネイア・バラハと申します。」


「ああ、あん時の目つきの悪い嬢ちゃんかい。あんた、前より目つき悪くなったんじゃないかい?」


ガガーランの言葉に、ネイアは少し困った顔をした。


「私も覚えていますよ。お久しぶりですね。」


 ラキュースが言う。


「私達も」

「覚えてる」


 ティア、ティナが言う。


 しかし、イビルアイだけが黙っていた。


 青の薔薇メンバーがイビルアイを睨む。


(どうせ、覚えていませんよ。だってしょうがないだろうが。二百年以上生きているんだ。いちいち覚えれられるか!)


「それで、どうしてこちらへ?」


 ラキュースがネイアに尋ねた。


「はい、魔導王陛下に会いに来ました。」


 ネイアは、嬉しいのか少しはにかんで笑顔で答える。


「‼」


 ネイアの平然としたその言葉に、青の薔薇の皆が一瞬固まった。


―だってそうだろう、この国の頂点であり、多くの恐ろしいアンデッドを従えて、王国の戦で十数万人を魔法一つで虐殺した化け物に会うのに、”ちょっと、お祖母ちゃんに会いに来ました”みたいな感覚で言われたら、衝撃を受けるのは当たり前だ。



「そ、それで会えるのかしら?」


 ラキュースが平静を装い、尋ねる。


「はい、運良く親切な兵士の方に会えて、今、面会の予約に行って貰っています。」


「‼」


ネイアの言葉に、また、青の薔薇の皆が一瞬固まる。


「すいません。ちょっとだけメンバー内の話をして来ますので、ここで少しお待ち頂けますか?」

 

 ラキュースがそう言うと、メンバーを部屋の隅に集めた。



「おい、その兵士って奴に頼んでみるっていうのもありじゃね。」


「でも信用できるかわからんぞ。」


「会ってから」


「判断」


「はい、保留‼」


 ラキュースがそう言うと、メンバーたちはまた、席に着いた。

 

 席に戻ると、ネイアの横に包帯でグルグル巻きになっている鎧の女(?)が立っていた。


「おい、イビルアイの親戚か?」


「この流れはもういいだろ!」


 ガガーランの言葉に、イビルアイが喰い気味に突っ込んだ。


「どちら様ですか?」


 ラキュースが尋ねる。


「お前達、覚えていないのか?聖騎士団団長のレメディオス・カストディオだ‼」


レメディオスが怒りを滲ませて答える。


「ああ、あん時のギャーギャーうるさかったネーちゃんか。覚えてるよ。」


「私も覚えていますよ。お久しぶり…」


「だから、その流れもいいだろ!」


 ラキュースの言葉に、また、イビルアイが喰い気味に突っ込んだ。


「お前達に聞きたいと思っていた。お前達は、魔導王とグルだったのか?」


 レメディオスが鬼気迫る表情で尋ねた。


「これは、誤解を解くために皆でよく話し合う必要が有りそうですね。」


―その話し合いは、小一時間程続いた。





 お互いに各々の意見を述べ合った頃で、その話し合いは小休止となった。


 その話の内容に、衝撃を受けたのは青の薔薇の皆だった。


(第十位魔法とか、嘘だろ!あり得ないだろ!)


 とイビルアイは思いつつも、今まで集めた情報を分析して、完全には否定できないと悟る。


(それに、魔導王が聖王国を救った?あれだけの虐殺をしておいてか?)


とイビルアイは思いつつも、現状の魔導国の人間を無下に扱っていない、むしろ、大切に扱われている状況を見ると、完全に悪とも断言しづらい。


 はっきり言って、よくわからない。


 この聖王国の二人だって、片方は、魔導王に盲信的であり、片方は、どちらかと言うと非難的な言動をしている。


 魔導王ってもしかして二人いるんじゃないか?と思ってしまう。


「とりあえず、私達の誤解は解けたかしら。」


 ラキュースは、レメディオスに了解を求めた。


「そうだな。」

 

 レメディオスは、少し納得していないような口調で言う。


「それで、今回は魔導王に何のために会うんだ?」


 ガガーランが、ネイア達に質問をした。


 ネイア達は、前回のヤルダバオトとの戦いの話しかしていない。


 今回のヴァンパイアの話をしていいかどうか、とネイアは迷う。


「近日中に、ヴァンパイアの襲撃があるのでな。魔導王に救援要請に来た。」


 そんな中、レメディオスは、速攻でバラす。


(お、お前はバカかぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 ネイアの心の中のブラックネイアが絶叫した。


 その後結局、そんなこんなで青の薔薇の皆に今回の経緯を説明しなければいけなくなった。






「おいおい、ヤルダバオトの次は、吸血鬼の大群かよ?おたくらついてないねぇ。」


 ネイア達の話を一通り聞いた後、ガガーランが楽しそうに口を開く。


「残念ながら今回も我々は協力できません。」


その話聞き終わり、一息ついたラキュースは、申し訳なさそうに言った。



 ラキュースの言葉に、ネイアは明るく答える。


「ご心配頂いて有難う御座います。でも、大丈夫です。陛下に会えれば、すべて解決しますから。」


 その反応に、青の薔薇の全員が困った顔をした。


 そんな中、ラウンジの入口から大声が轟いた。


「ネイア・バラハ様!いらっしゃいますか?」


 その声の元は、レイナースだった。


 ネイアは、そんなレイナースにわかるように大きく手を振る。


「はい、ここです!」


 ネイアが上げた声に反応したレイナースは、ネイアの元まで早足で向かう。


 そして、ネイアの前にひざまずくと、


「面会の許可が下りました。明日九時に迎えに来ますので、こちらでお待ち頂けないでしょうか?」


「本当ですか?有難う御座います。」


 ネイアはレイナースに向かってその言葉に喜び、満面の笑みで感謝の言葉を発した。


 そんな感謝の言葉を受けたレイナースは、ネイアの周りを訝しげに見回し言った。


 「こちらの方々は?」


 「こちらの方々は、以前私達に協力してくれた方々です。」


 ネイアは素直な顔で答える。


「ちょっとお聞きしてよろしいですか?」


 そんな状況で、ラキュースはレイナースを見据えて質問を投げかける。


「はい、何でしょうか?」


 レイナースは、ラキュースの言葉に素直に応じた。


(ネイア・バラハの知り合いとなれば、無下には出来ない…

 それにこの者達の情報も魔導王との交渉に役立つかもしれないわ…)


「その面会の人数は何人まで可能ですか?」


 そう思いラキュースの質問を聞いたレイナースは言葉に詰まる。


「い、いえ、特に人数の指定は受けませんでしたので、何名でも可能かと思われますが…」


―そう、面会の受付に行ったのだが、最初に対応したアンデットは、言語を禄に理解できないアンデットであったのだ。


 だから、こんなに時間が掛かってしまった。


 ボディーランゲージで必死に説明していた所、ようやく、言語を理解できるアンデットが来て、受付を完了することができたのだ。


 人数の指定とか、気にしていられる状態ではなかった…


「そうですか。では、ネイアさん。私達も同行させては下さいませんか?」


 ラキュースのその言葉に、イビルアイは突然大きな声を上げる。


「おい、ラキュース!」


イビルアイは大声を張り上げると、即座に椅子からジャンプしてラキュースの首に手を回した。


「-おい、どういうつもりだ。我々が会いに来たのはモモン様で、魔導王ではないぞ。それに我々が魔導国にいるとバレてしまうではないか?」


 イビルアイはラキュースの耳元で小さな声で囁く。


「もうバレてるわよ」


 ラキュースは、呆れた顔で返す。


「え?しかし、入国審査では偽名を使ったではないか?」


 ラキュースの言葉に耳を傾けたイビルアイは、声を震わせながらラキュース質問する。



「あなた、自分の恰好を鏡で見た事ある?」


 ラキュースは、そんなイビルアイを見て頭を抱える。


「っていうか、魔導国に入ったその瞬間にバレるでしょ。」


「女マッチョ!」


「忍者姉妹!」


「仮面!」


 ラキュースは、それぞれを指さして叫ぶ。


「そして、美女!!!」


 最後に少し照れながら、自分を指した。


「ともかく、こうなったら後は、我々が魔導王の城に入って、直接、モモン様に渡すしかないのよ!!」


 赤面した表情のラキュースは、自分の興奮を抑え込むように腕を組む。


(『仮面』、『仮面』ってなんなんだ~~~~!!)


 ラキュースの言葉にイビルアイは、心の中で叫ぶ。


 その状況を俯瞰して見ていたネイアは訳が分からずポカンと口を開けていた。

 そして、口を開く。


「青の薔薇の皆さんは、モモン様にお会いしたいんですか?」


 ネイアは状況は分からないが、単純に聞こえた事を聞いてみる。


「そうなのよ。だから、明日、あなたに同行させてもらってもいいかしら。」


 ラキュースは顔の前に掌を合わせ、満面の笑みでネイアに懇願する。


「一つだけ、確認してもよろしいですか?」


「何?」


「魔導王陛下に危害は加えませんよね?」


 ネイアは心配そうな顔でラキュースに尋ねる。


「大丈夫よ。約束するわ。」


 ネイアの言葉にラキュースは、笑顔で答える。


「・・・・・・」


 ネイアは、俯きながら少し考え込むと顔を上げて言った。


「分かりました。それでは、一緒に行きましょう。」






 翌朝、レイナースの案内の元、歩いて魔導王の城に向かっていた。


 ネイアは、レメディオス、ラキュース、イビルアイ、ティア、ティナ、ガガーラン、これに案内しているレイナースを含めて、総勢八名となっていた。


 ネイアは、周りに立ち並ぶ高層の建物を見上げながら、『魔導王の城がどれ程立派になっているのか』を想像する。


 国民が暮らす建物がこれほど立派になっていたのだ。


 ネイアは、自分の想像もつかない程、立派なものになってるに違いないと確信していた。


「魔導王陛下の城が見えて来ました。」


 レイナースは、自分達の歩いている街道の向こうを指さす。


 レイナースが指さした方向を見たネイアは、瞳を大きく見開き、そして、大粒の涙がその大きな瞳から溢れだした。


 その大粒の涙は、ネイアの顔に付けているバイザーを伝い、自らの頬へ、また自らが立っている街道の石畳へ向かい流れ落ちていく。

 

 その涙のせいで、ぼやけて見えている魔導王の城は、以前とは何も変わっていなかった。


―そう、何も変わっていなかった。一年前と…


 周りの高層の建物に囲まれるように、魔導王の城はポツンと建っていた。


 ネイアは思い出していた。


 魔導王陛下と馬車で会話したあの言葉を…


 (そうか…そうだったのね…)


 あの言葉には隠れた言葉があったのだ。



 ―(我よりも)民が不自由なく生活を送るための物の豊かさによって知らしめる…


 

 なんと偉大で高貴で慈愛に満ち溢れたお方なのだろうか‥‥


 

 ネイアは思う。

 

 本当に、本当に魔導国の国民は幸せものだ。と―



 「な、何か御座いましたか?」


 ネイアの異変に気付いたレイナースは慌てながら尋ねた。


 

 ネイアはレイナースを心配させまいと、即座にバイザーから溢れ出す涙を自らのローブで思いっきり拭う。


「何でもありません。早く向かいましょう!」


 ネイアは飛びっきりの笑顔を造ると、力強く前へと進む。






 魔導王の城の周りには、多くのデスナイトが警備していた。


 その戦力はおそらく、国一つか二つを滅亡させるには充分な物であった。


 そんな中、面会の予約のお陰で、城の中へはすんなり入る事が出来た。



 一体のデスナイトに案内され城に入ると、以前、この国を訪れた時のようなアンデッドの出迎えはなかった。


 ただそこには、城の入口から中へと続く、長く、荘厳な真紅の絨毯が敷かれていた。


 その長く荘厳な絨毯を歩いていると、その遥か先にこれまた神聖な雰囲気を醸し出した巨大な階段が現われた。


 そして、その巨大な階段の先にはこれまた、遥か巨大で重厚な扉が聳え立っていた。


 その神聖な場の雰囲気に飲まれていた一行は、ゆっくりと周りを見回しながら歩を進める。


 そして、ネイア達がその階段へと差し掛かる時だった。


 階段上の柱の裏から二つの影が現れた。


 そして、その二つの影は、階段をゆっくり降りてくる。


 その影を見て、同行していたイビルアイが小さく呟いた。


 「モ、モモン様…」








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