第2話 魔導教団の日常2  

 真夏ではあるが、この聖王国王都ホバンスは北に位置しているため、それ程の暑さない。街並みには心地よい風が流れていた。


 都市には活気があり、街には人が溢れていた。


そこには半年前ではとても想像できていない程の光景が広がっていた。


 その街並みの中、ヒョーショーシキを終えたネイアは、教団員を連れ立って、馬に騎乗してながら街道を闊歩していた。


 半年前の聖戦以降、ネイアが行っているルーティンである巡回である。


 聖戦以降、ネイア達魔導教団は、この王都ホバンスのみならず、聖王都全体の復興に尽力していた。

 

 毎朝、街を巡回し、お腹を空かせている人、貧困に喘いでいる人、病に侵されている人、あらゆる救いを求めている人々をケアしていった。


 そのおかげか今では、巡回してもそうした人々は出会うことは、ほぼいない。


 街には、笑顔の人々が溢れているのだ。


 ネイアが街道を闊歩していると、周りの通行人は、ネイアを見ると、両方の手の平を組み合わせ、目を瞑り、頭を下げる。


 国王や貴族への形式的な礼儀作法ではない。


 明らかにその行為には、敬意と崇拝が感じられた。


 そのような行為をされても、ネイアは平然とその中を通り過ぎる。

この行為が始まったのは昨日、今日の話ではなかったからである。

 初めは、無茶苦茶恥ずかしかった。

 やめてほしかった。


 一年程前は、その目つきの悪さからか、街の人々から少し、白い目で見られていた私が、一転、街の人々から崇拝されだしたのだ。


 ある意味、以前の方が慣れていた。というか気が楽だった。


 しかし、この崇拝は私にではなく、私が崇拝している魔導王陛下に向けられたものであると納得して、今は受け入れている。


 ネイアの乗った馬が小さな教会の前に、立ち止まる。


 その教会の横には、大人が六、七人入れば、一杯なる程小さな小屋が立っていた。

 その小屋には窓はなく、ただ、中には木の椅子だけが並んであった。

 馬を降りたネイアは、その小屋の中を覗き込み、荒らされていないか、確認をする。


「よし」


 異常がない事を確認したネイアは、再び騎乗しようと馬に手を当てた時だった。


―ドスン!!ドスン!!


 ネイアの背後から、地響きを立てながら、大きな足音が響いてくる。


 馬の後ろを振り返ると、朝日の光を遮って、さっきの小屋の二倍はあろうかという大きな影が迫って来ていた。


 その影は、左手には大人数人分がすっぽり覆えるはあろうという巨大な盾を持ち、これまた、右手には波打つ刀身を持つ巨大なフランベルジュを持っていた。

 

 その巨体は血管のような真紅の模様が浮き出た漆黒の鎧で覆れていた。

 その顔には、腐りかけた人間の顔があり、ぽっかりと空いた眼窩の中には、煌々と赤い光が灯る。


 その眼窩の赤い光を見て、ネイアは一瞬、魔導王を思い出し、一瞬、目が潤む。


 朝日に照らされたその影―デスナイトは、ネイアの前を通り過ぎると、何事もなく街道を突き進んで行く。


 今では、このデスナイトはこの都市の治安には、必要不可欠な存在である。


 半年前の聖戦以降、当然の事ながら、多くの人材不足に見舞われた。


 復興の中、聖王カスポンドは聖騎士団を解散して、親衛隊のみ残し、そのすべてを復興の人材と当てた。


 それは英断だ、とネイアは思ったが、その結果は、散々な物となった。


 ―治安が劇的に悪化したのだ。

 

 ただでさえ、物資が不足している状態であった。

 しかし、治安ーその歯止めとなっていた聖騎士がほとんどいなくなったのだ。


 それにより貧しい者が貧しい者から奪い合う、地獄絵図のような状況が発生した。


 ネイア達ー教団でも何とか対処しようとしたが、その混乱の中、聖王国の裏社会で犯罪結社が蔓延り、その対応に追われ、収拾がつかない状況まで追い込まれた。


 そんな状況を救ったのが、魔導王陛下より借り受けているデスナイト達だ。


 三か月前、シズが遊びに来た時、聖王国は混乱の真っ最中であった。

正直、遊びに来てくれた事には、感動を覚えたが、なんで今なの?と内心思っていた。


 しかし、シズは、ただ、遊びに来ただけではなかったのだ。


 アインズ様の指示で、物資の支援とデスナイト導入を聖王に提案に来ていたのだ。


 どっちが主な目的か気になる所であったが、ネイアは聖王に取り次ぎ、交渉が始まった。


 聖王は物資の支援には賛成したが、デスナイトの導入には懐疑的であった。


 ネイアはアインズのデスナイトであれば、何の心配も要らないと盲信しているが、一国の王であるカスポンド考えは判断として間違ってはいないとネイアは思った。


 そんな中、あの事件が起きたのだ。


―吸血鬼事件である。


 一体の女吸血鬼が聖王城に現れ、親衛隊である聖騎士数十人を惨殺したのだ。そして、その吸血鬼はまだ、退治されていない。


 その状況に危機感を抱いたカスポンドは、デスナイトの導入を決断した。


 その効果は、テキメンであった。導入三日後には、王都内での犯罪は無くなった。


そして、驚いたのが導入して一週間経たない内に、犯罪結社のアジトをデスナイトが壊滅させてしまったのだ。


 それ以降、この都市で、犯罪という犯罪は起きていない。


 そんな絶大な効果をもたらしたデスナイトのレンタル金額を、交渉に携わったネイアは知っていた。



 一か月、一体につき金貨五十枚である。


 聖騎士一人の給金は最低でも月、金貨五枚は必要だろう、それに装備、訓練費、食費等の必要経費を考えると、その倍の金額は、維持費として掛かる。


 必要経費0で聖騎士百人分以上の仕事をするデスナイトをわずか月、金貨五十枚で借りられるなど、魔導王陛下の恩情以外の何物でもないとネイアは思う。


 そうして陛下から借り受けたデスナイト達は、今日も王都の治安を守ってくれているのだ。


 馬に騎乗すると、ネイア達は街を巡回する。周りからは、トンカチの音や柱を組む音が鳴り響いていた。


 街道沿いには建物にいつもの梁が張り巡らされており、建物の新築、改装などの建築ラッシュが起こっていた。


 現在、王都では人口が急激に増えている。その理由はたくさんある。


まず、デスナイトによって治安が非常にいい事。


魔導王陛下の物資の支援により、豊かになった事。


また、魔導王陛下が最後に立ち寄られた都市という事で、ここは魔導教団内では、聖地として崇められている事。もちろん、魔導教団の本部もある事も理由の一つであろう。


そして―


 ネイア達は、先程とは違う教会の前に到着した。


 教会の横には、先程と同じような小さな小屋が建っていた。

 また、内装も一緒で、窓もなく、中にはただ椅子だけが置いてある。


 そうすると、教会の鐘がなる。十二時を知らせる鐘だ。

 その音が鳴り響き終わった時、四方の街道から服を着たスケルトン達がその小屋に向かって歩いて近づいてきた。


 そして、六体のスケルトン達は、その小屋に入ると、椅子に座って電池が切れたかのように動かなくなる。


 そう、この小屋は、この付近で働いているスケルトン達の小屋なのだ。


 三か月前、治安の為に、デスナイトを借り受けたが、その時、聖王国の現状を憂いた魔導王陛下がこのスケルトン達を安価で貸して下さったのだ。


 そうして、貸し出された、このスケルトン達は、よく働いた…


ーいや、良すぎるぐらい働いた。


昼夜問わず、24時間、土木工事ー


昼夜問わず、24時間、農耕作業ー


昼夜問わず、24時間、裁縫作業ー


そんな、ありとあらゆる労働を、こなし続けたのだ。




ー今の聖王国の復興があるのも彼らのおかげいっても過言ではない。





 今では、王都だけでなく、他の都市、農村までも多くのスケルトンの労働力があって成り立っている。


 最初、スケルトンの導入が始まった時は、多くの国民が、魔導教団の信者でさえもスケルトンに対する嫌悪、不安、恐怖、という感情が渦巻いていた。


 そんな中でスケルトンは労働力として、嫌々受け入れられたが、彼らに対する扱いは酷いものであった。


 二十四時間、働かせても、感謝の言葉一つかけなかったー


休ませるにしても野晒しは当たり前、酷いところでは牢屋に詰め込まれるといった扱いを受けていたー


 そんな状況を、ネイアは、我慢できなかった。


『魔導陛下の慈悲で遣わされた存在にそのような対応は不敬である!』と訴えたのだ。


 しかし、魔導教団に属していない者にとっては、その訴えは寝耳に水であった。


 どうすればいいのかと思い悩んでいた時に、その事件は起こったー


 ある時、街道で馬車を運んでいた一頭の馬が暴れ出した。



 そして、その馬は、一人の少女に向かって走り出したのだー


しかし、その場に居合わせた人間達は、動けない。


 ーなぜならば、人間だからだ。


(あんな暴れ馬の蹄、食らったら…おしまいだ…)


その場に居合わせた人間の一人が、心の中でそうつぶやく。


(俺は、あの少女を守りたい!!!


…だが、すまぬ…


俺には、すでに守りたい者達がいるのだ!)



その場に居合わせた人間の一人が心の中でそう呟いた。


そんな中でも暴れ馬の突進は、止まらない。



暴れ馬は、狙いをつけたように、その少女に向って突進していく。


 その馬の蹄が少女の頭部に直撃する瞬間、一体のスケルトンが身を挺してその少女を突き飛ばした。

 そして、その少女に直撃するであっただろう蹄は、スケルトンの頭蓋骨、体をバラバラに踏み砕いたのだ。


ー人外の化物が、身を呈して人間を守るー


 その光景を見ていた周りの人間は、絶句したという。


 そして、今までしてきた行為を悔いたのだ。


 その話は、北聖王国を駆け巡った。


それから程なくして、スケルトンは、魔導王陛下の遣いとして、こうして教会の横の小屋に奉られる事になった。


 今では、人間と同じ時間に働き、昼の休憩の時はこうして小屋に戻ってくる。


 国民との関係も非常に良好で、ある農村では、冗談ではなく本気で養子にしたいと懇願する老夫婦もいるくらいである。


 王都を一回り巡回したネイア達は、魔導教団の本部に向かって歩を進めていた。

その時、遥か前から一頭の早馬がネイア達に向かって迫って来た。


 その馬には親衛隊と思われる兵士が騎乗してた。ネイア達の前に立ち止まると騎乗していた兵士は、大きな声を上げた。


「ネイア様、聖王様が至急のご用件があるとの事、ご同行願いたい!」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る