英雄王の凱旋

トミサト

第1話 魔導教団の日常1  ※再編中

 巨大なステンドグラスに優しい朝日の光が差し込む。


 そのステングラスに差し込んだ光は、幻想的な輝きを放っていた。


 そんな神々しい光が差し込む空間には、高い天井に聳える巨大きな柱、それに連なる壁面にはその神々しい光を反射する白い塗装がされ、更なる神聖な雰囲気を醸し出していた。


 そして、神々しいいとてつもない広さのその空間には、その場所に似つかわしくないものが複数立っていた。


―射的の的である。


―シュッ、シュッ、シュッ!!


 そんな中、何かが風を切るような音が連続でその空間に響き渡る。


 そして、その風を切る音を発した高速の矢が、一切の狂いなく、ほぼ同時に先程の射的の的へと吸い寄せられるように刺さった。

 

 それは、ほぼ同時にその内の三つの的へと刺さっていた。


 その的のはるか後方には、矢を構えている少女が立っていた。

 

 頭から足元まである漆黒の艶やかなローブを纏ったその少女は、自らの顔半分を覆う程のバイザーを掛けていた。

 

 矢が刺さった瞬間、的付近に立っていた四人ほどの弓兵が自ら持っている弓をひき、自らの矢を解き放った。

 

 その矢はその少女に向かって一直線に解き放たれた。


 その矢達は、凄まじい風切り音を立ててその少女に迫っていく。

 

 その瞬間、少女は即座に腰の矢筒から矢を四本同時に取り出し、それを目にも止まらない速さで自らの弓へと装填し、さらには、目にも止まらない速さでその矢を四連射した。

 

 少女の放ったその矢達は、弓兵たちが放った矢をことごとく打ち落としていく。


 しかし、少女の放った四本の矢の内、一本だけが僅かにそれた。

 

 打ち落としきれなかった矢がその少女に向かって一直線に迫る。

 

 その矢が、少女の心臓に突き刺さろうという寸前―


―シュバ!!


 少女はその矢を自らの眼前で素手で掴む。


 その矢の鏃は、まさに、その少女の貧相な胸に突き刺さる寸前であった。

 

 これがもし仮に巨乳の女性であれば、いや、世間一般のこの年頃の女の子であれば、確実に突き刺さって血を噴き出して大惨事になっていただろう…という寸前でその少女はその矢を掴み取っていた。


―その瞬間、その空間にまるで神が舞い降りたかのような神々しく、静寂な間が訪れた。


 そうした間が十数秒間訪れた後、その空間居合わせた者達が急に色めき立ちだした。


「おおーーーーーーーー!!」


「さすがは、ネイア様だ!」


「すばらしい!」


「神々しい!!」


 そんな感じで大きな歓声を上げ始めた。


 矢を放った弓兵、その少女の周りにいた数名のローブを着た人々も、その歓声、いや、賞賛の声を高々に上げていた。


 そんな賞賛の嵐の中、その少女は、スッと自らの弓を天高く掲げた。


 すると、ざわめきだった人々は、無言となり、その少女を黙って見つめる。



 「これは、私の力ではありません。我らが慈悲深き王―アインズ・ウール・ゴウン様のお力です。」


 少女は、大きな透き通る声を高々に発した。


 暫くの静寂の後、周りの人々は大きな歓声を上げる。


 そんな歓声を上がる人々をバイザーを付けたその少女―ネイア・バラハは、満足気に見つめていた。


「ネイア様。もうすぐ、ヒョーショーシキのお時間です。ご準備をお願い致します。」


 ネイアと同じような黒いローブを纏った中年の男性が近づき、頭を下げながらそう言う、袖からハンカチを取り出し、ネイアに差し出した。


「ありがとう。ベルトラン」


 ネイアは、ハンカチを受け取るとそのハンカチで額に薄っすら浮かんだ汗を拭った。

「それでは、参りましょうか‥‥」


 ネイアは涼し気な雰囲気でそう言うと、その大広間の入口へと向かう。


 ネイアは颯爽と大広間の入口を通り過ぎる。


 しかし、その入り口の扉が閉まった途端、ネイアは両膝から崩れ落ち、両手を床に付けて項垂れる。


(今のはヤバかった~~~~。)


 そう、ネイアは素手で矢を掴むことなど狙っていなかった。


 本当は、矢が当たる寸前に躱した方がかっこいいかな~と思っていただけであった。

 

 しかし、躱そうと思った時、足がローブの裾に引っ掛かったため、一か八かの真剣白矢取りをかましたのだ。


「ネイア様、無茶はお止めください。肝を冷やしましたよ。」


 先程の中年の男性―ベルトランは、ネイアの耳元に口を近づけて、小声で囁いた。


 ベルトランとは、何だかんだでもう一年近くの付き合いである。


 半年前の聖戦からの戦友であり、この魔導教団を一緒に立ち上げた同志でもある。


 そして、私のよき理解者だ。


 面と向かっては言えないが、両親が亡くなった私にとって父親的存在と言っても過言ではない。


「ごめんなさい。調子に乗りました。」


「ネイア様に何かあったら、この教団、いや、この聖王国がどうなるかわからないのですから。」


 その言葉に、肩をビクつかせてネイアは答える。


「それは、大袈裟ですよ。」


「何をおっしゃいますか!!」


 緩んだネイアの顔の目の前に、ベルトランは紅潮した顔で迫る。


「今やネイア様は、北聖王国の六割の信者を抱えるこの魔導教団の教主ですぞ!!

 それに今の復興があるのも、我々が崇拝する魔導王陛下のおかげです。

 陛下の従者を務められたネイア様に何かあれば、国民に不安が広がります!!」


 ネイアは、ベルトランの顔力に押され、ただ黙り込んだ。


「あ、そうだ!早くヒョーショーシキに行かないと!」

 

 ネイアはそう言うと、何事もなかったように小走りで走り出す。




―『魔導教団』


 それは、魔導王陛下の正義を世に広めるために、設立された教団である。


 先の聖戦で魔導王陛下が魔皇ヤルダバオトを滅ぼされて以降、その偉業は、北聖王国に広まった。


 一部を除いてすべての国民が魔導王陛下に感謝し、そして救いを求めた。

 聖戦中、魔導王陛下のその雄姿を直近で見られた者として、救いを求める人々に陛下の偉大さを伝えるべく、ネイア達がこの魔導教団を設立したのだ。


 そして、この教団の教えは、魔導王陛下の正義、そして弱いというのは悪で、強くなろうと努力していく事がモットーという教えである。


 そのため、全信者には基本、最低限の戦闘訓練はしてもらっているし、教団には、聖騎士ならぬ―魔導騎士、魔導兵からなる魔導兵団を組織して、日々鍛錬に励んでもらっている。


 先程の訓練演習もそうした兵団長の指揮を高めるために行っている。


―半分は、自分の訓練のためでもあるが…


 いろいろ考えてる間に、ネイアは大きな扉の前に立っていた。


 そして、その扉を開けて入る。


 高い天井、そしてそれに比例して大きな立派なガラス張りの窓、重厚な机、棚に置かれた高価そうな調度品、煌びやかな壁紙が張られたその部屋は、魔導教団教主の部屋、つまりはネイアの部屋であった。


 改めてみると、豪華過ぎる。まさか、一年半前、聖騎士の従者であった少女が使っていい部屋ではない。


 最初にこの部屋を見た時、ベルトランに違う部屋にしてほしいと希望したが―


(「教主様が、一番良い部屋に居られないと我々は、心が休まりません」)


という理屈で却下されたのだ。


 ネイアは、その部屋に入ると、これまた豪華なタンスの引き出しを開けて、そのその中に綺麗に整頓されていた衣服を取り出した。


 それは、儀式の時に着用する洗礼用の衣服であった。


 ネイアは、バイザー型ミラーシェードを外し、今まで来ていた漆黒のローブを脱ぎだした。


 ネイアの華奢でスリム…というか貧相な体が露わとなる。


 そんな中、部屋にあった大鏡に下着姿になったネイアが映り、下着姿となった自分をマジマジと見つめていた。


 ネイアが見つめていたのは、自分の首に下がってるペンダントである。そのペンダントの、宝石部分には魔導国の紋章が刻まれて、白銀に光り輝いていた。


「アインズ様…」


 ネイアは、その宝石部分を両手に握りしめて、目を閉じて呟いた。


 このペンダントは、三か月前、急に遊びに来たシズ先輩が「アインズ様から」と言って、贈られた物だ。


 その時、一度は返却したはずの豪王バザーの鎧も「おみあげ」と言って贈られた。


 こんな高価なものは受け取れないと断ろうとしたが、シズが「困る」というので、渋々受け取ってしまった。


 どうしてこんな高価な物を私に下さるのか、とシズに聞くと、

「ネイア頑張ってる。アインズ様はネイアの事気にしてる…」と言ったのだ。


 ネイアはその言葉に号泣した。アインズ様との別れの日以来の号泣であった。


(私は、これだけの事をして頂いているのに、何も返せていない。もっと頑張らないと!!)


 目を見開いて顔を上げると、両頬を両手で叩いて気合を入れる。


「さあ、ヒョーショーシキに行こう!」


 ネイアは、洗礼用の衣服に着替えると颯爽と部屋を後にした。





 魔導教団の大講堂は、その名の通り五百人は入る大講堂である。

 

そんな中、その講堂内の席は信者で満席になり、入りきれなかった信者は講堂の扉の外から立ち見をしていた。


 講堂のステージには、魔導王―アインズ・ウール・ゴウンの銅像ならぬ、金像が祭られており、その後方には、先の聖戦の魔導王―アインズ・ウール・ゴウンの雄姿を描かれた壮大な絵画が描かれていた。


 その絵画は、天空を駆けるペガサスのような白い翼を生やしたアインズが、黒い邪悪な悪魔を滅ぼしているような感じの画角で描かれていた。

 しかも、絵画のアインズは、アンデッド界一と言えるほど美化されていた。


 そんな本人が見たら、卒倒しそうな逸品が並んだ大聖堂には、多くの信者であふれかえっていた。


 そんな溢れかえった多くの信者たちは、これから始まる儀式を心待ちにしていた。


 そんな中、祭壇奥の大扉がゆっくりと大きな音を立てながら開いていく。



 その扉が開き切った時、扉の奥にはネイアとベルトランを含む複数の側近達の姿があった。


「ネイア様ーーーー!!」


 ネイアの姿を見て歓喜した一人の信者が高々と歓声を上げる。


 その途端、他の信者たちもその歓声に負けじと声を張り上げる。


 そんなネイアコールに包まれた大講堂に透き通るような声が鳴り響く。


「静かに‥‥」


 その声で、多くの信者でざわついていた大講堂が、一瞬の内に、静寂に包まれた。


 その声を発したネイアは、颯爽と祭壇に上る。


 ネイアが祭壇に立つと、大講堂にいる多くの信者は息を呑む。


 その静寂の中、ネイアは大きな声を張り上げる。


「魔導王陛下は正義!」


「魔導王陛下は正義!!」


 ネイアの声の後から、その場にいたすべての信者たちがこれまた大きな声を張り上げる。


 そのあまりの声量に大講堂全体が地響きのように震え出した。


「魔導王陛下は正義‼」


 ネイアは再度、声を張り上げる。


「魔導王陛下は正義!」


 その声の後から、また、すべての信者が同じように声を発した。


「魔導王陛下は正義‼」


 ネイアは、再、再度、声を張り上げる…


 その一連の流れが、数分続いた後、大講堂に静寂が訪れた。


 しかし、静寂とは言っても、皆、小さくハァハァと激しい息遣いをしていた。



 ネイアも荒くした息を整えた後、再度、声を発する。


「それでは、ヒョーショーシキを始めます。」


 背後にいたベルトランから書状を受け取り、それを広げて読み上げた。


「リムン支部のロバート・ギルトレン!前に出なさい!」


「ハイッ」


 そう声を発した三十才そこそこの成年が最前列から立ち上がる。そして、階段を上り登壇した。


 ネイアの前に立つと頭を下げ、一礼をした。


「あなたは、リムン支部にて多くの国民に教えを広め、そして、土木業にて多大な貢献をしました。よって今後の布教資金として金貨五十枚を贈呈致します。」


 ネイアは金貨の詰まった小さな宝箱を差し出す。


「おおー!」


 他の信者の一部から大きな歓声が生まれた。


 それはそうだ。復興を遂げて繁栄している今の聖王国でも金貨三枚もあったら、一年は、

遊んで暮らせる。ヒョーショーシキに初めて出席した者は大抵、その金額に驚くのだ。


「有難う御座います。この褒美に見合う働きをお約束致します。」


 宝箱を両手で受け取った成年は、真剣なそう言うと一礼をして踵を返して振り返る。


 しかし、ネイアは振り向き様にその青年の口元が緩んだのを見逃さなかった。


(効果テキメンよね。さすが、アインズ様)


 このヒョーショーシキという儀式は、アインズ様が考案された儀式なのだ。

三か月前に遊びに来たシズにそう教えてもらった。


 このような儀式は、いつもよく働いている者への労いの意味もあるのだが、それだけではないとシズは言った。



―これは踏み絵だ。



 本当によく働いているものであれば、何の問題もない。しかし、面従腹背の人間や、陰で悪事を行っている人間が褒美を貰ったら、その褒美をどうするか?


 賢い面従腹背の人間、陰で悪事を行っている人間程、厄介なものはない。そう簡単には尻尾を掴ませてくれないだろう。


 しかし、褒美を貰う事で、万が一でも改心するかもしれないし、しなくても、必ずボロを出す。


 褒美の宝箱、金貨には追跡の魔法が掛けてある。


 それを受け取った人間のお金の流れを見れば、本当はどのような人間か測れるのだ。


 さすが魔導王陛下、と思った。常にその思考は我々よりはるか高みにある。


 シズにその話を聞いた時、自分がすでに褒美を戴いていた事に複雑な感情を抱いたが、よくよく考えると魔導王陛下に面従腹背の者など許されて良いはずがないと思い、納得する。


 そして、魔導王陛下から頂いた物を大事にしない者など存在してはならないと考えると、迷いが晴れた。


 その他に数人の儀式を行い、無事、ヒョーショーシキは終わった。



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