Birthday
月丘ちひろ
Birthday
授業が終わった午後、微風が吹き抜ける高台で、手すりに頬杖をついてスマホを眺めていた。
ディスプレイにはオレとクラスメイトの密花(ひそか)の名前で、ラインのやりとりが表示されている。
密花とは去年から、つまり入学した頃から付き合いがあり、教室ではよく口ゲンカをした。
だけどディスプレイ上の密花は自分が連んでいるグループの人間関係について悩みを打ち明けていた。
普段の密花は、ふざけないでちゃんとやれよ、の様な男勝りな口調だが、テキスト上では優しい言葉遣いをしていた。
特に昨日の彼女のメッセージには、甘える猫のスタンプが添えられていた。
『明日の誕生日プレゼント、楽しみにしてるね』
オレはスマホのディスプレイをスリープさせ、高台の下にある桜を眺めた。
薄紅色の花弁が舞う木の下では、同じ高校の制服を着た密花がスカートから伸びる麦色の脚を交差させて立っている。
桜の木から離れたところでは、複数のパトライトが回転し、女子高生が担架で救急車に運ばれていた。
その側では事件の目撃者らしき中年男性が彼の側にある高台の階段を指し、両手でプッシュするようなジェスチャーをして警察に話しかけていた。
やがて女子生徒を乗せた救急車が走り去った。
オレは肘に付いたコンクリートの破片を払い、すぐ側の階段を降りて、桜の木に向かった。
階段を降りる度に桜の匂いを感じ、匂いが強くなる度に、両手に腰をあてる密花の姿が鮮明になる。
そしてオレが桜の木の下に着くと、密花は小さな頬を膨らませた。
「遅えよ、何してたんだよ」
「遅いって、待ち合わせ時間ピッタリだろ?」
「男が女より遅れてくるなし」
だけど密花は微笑し、斜めに突きあがる胸をなで下ろした。
「ごめん、本当は来てくれて安心したんだ。ラインの相手が本当にアンタで良かった。言葉選びが普段のアンタとちょっと違う気がしたから。それにアンタが手紙でラインのアカウント知らせてくるって思わなかったから……もしかしたら、誰かがアンタになりすましてるのかなって、不安になってたんだ。最近、嫌がらせが多くなったからさ」
オレは曖昧に笑った。
「あのさ、謝りたいことがあるんだ」
オレは頭を下げて謝った。
「ごめん、誕生日プレゼント用意できなかった。密花が何が欲しいかわからなくて、決められなかった。だから、これから一緒に選んで欲しい」
密花はムッとした。
「ラインでは格好つけてたクセに。ちょっと期待してたんだけど?」
「ごめん」
オレは深く頭を下げて謝った。
すると密花はオレの頭の上に手を置き、
「今日は特別に許してやるよ。桜が綺麗だから」
密花は桜を見上げて笑った。
「柄じゃないと思うかもしれないけどさ、私は桜が好きなんだ。桜みたいに綺麗になりたいなって思ってるくらいにはさ」
オレは教室にいるときのクセで軽口を叩いてしまった。
「桜はすぐ散って色褪せるだろ?」
でも、密花は笑顔のままだった。
「そこがいいんだろ。花が散っても、冬を耐え抜いてまた次の春に花を咲かせる。私は何度でも花を咲かせる桜のようになりたいんだ」
そういうと密花は照れくさそうに鼻をこすり、
「それじゃ、プレゼント選び開始な。私が欲しいって言ったものは何でもよこせよ?」
そして密花が歩き出した。
オレは何を買わされるかハラハラしながら、彼女と肩を並べた。そしてオレはポケットからスリープしたスマホを取り出し、彼女に差し出した。
「これ、教室に落ちてたぞ」
「え、サンキュ! 探してたんだ」
オレは苦笑し、
「気をつけろ。それとパスワードが誕生日と自分の名前とか、ありきたり過ぎだから」
「おい、人のスマホ見たのか?」
「相手がオレで良かったな。ところでさ、オレ、スマホの機種を変更したから、ラインのアカウントにログインできなくなっちゃってさ、アカウント作り直したから、ラインの連絡先教えて」
密花は訝しげな表情をし、
「いいけど、今までのやりとりが消えちゃうよ?」
「いいよ。せっかくだからここからまた始めたい。それに元々は密花に直接教えてもらうつもりでいたんだ。思わぬ形ではあるけど、その機会がきてオレはラッキーだと思ってるんだよ。いいから教えてくれ」
オレは勢いで密花をまくし立て、連絡先を入手した。
そしてオレは密花の目を見て言った。
「お前のことはオレが守るから」
「だからいまさら格好付けるなよ!」
オレは顔を紅潮させた密花に頭を叩かれた。
この日からオレ達はこんな風にやりとりをするようになった。
桜の木はこの数日後には花弁を散らせ、夏には成熟した深緑の葉をつけ、秋には色褪せていった。
冬は長かったが、微風が吹く頃には密花が言った通りに桜の花が咲き誇っていた。
Birthday 月丘ちひろ @tukiokatihiro3
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