5−4
アリーシアは悲鳴のような声を上げた。アンカーディアへと詰め寄る。
「グレン様に罰をお与えになるというのですか?」
アンカーディアはアリーシアを受け止め、微笑みを浮かべて首をかしげて見せた。
「罰ではありません」
「それではなぜ!?」
アンカーディアはアリーシアの肩を柔らかく掴み、諭すようにゆっくりと話す。
「貴方のときと同じですよ。これは魔術師との契約。契約と呪いの話なのです。グレンはおそらく貴方と一緒に過ごしたいと願うでしょう。そのためには、私とした主従の契約を破らなければならない」
「ではどうしろというんだ、アンカーディア」
グレンが人間の姿になり、二人の間に割って入った。
背後にアリーシアを庇うようにアンカーディアへと対峙する。
アンカーディアは相変わらず笑みを崩さない。二人を見比べて、アリーシアへと目を留めた。
「契約を破るのですから、呪いが発動します。こうしましょう、今から私はグレンを連れて一度城へ……貴方と過ごしたあの城へと戻る。そして、そこに彼を竜の姿で繋いできましょう。彼は、呪いが解けるまでそこで待つことになるのです、貴方を」
「私を?」
アリーシアは驚きの声を上げた。アンカーディアは今は届かないアリーシアへ手を差し伸べる。
「そうです。あの城の周囲は、私が作り上げた黒の大地と呼ばれる呪いの森が広がり、周囲を雪原が覆っています。そこを貴方がひとりで越え、自分の竜を取り戻すのです。何年かかっても。……それで、私のかけた呪いは解けるでしょう」
どうですか? とアンカーディアが唇の端をいっそう引き上げた。その笑顔は二人への挑戦にも見えた。
「無茶です、アンカーディア様! 私だってあの森を抜けるには命がけで……」
ユーシスが止めに入る。
しかし、アリーシアは顔を上げ毅然と微笑んだ。引き止めるグレンの前へと出て、アンカーディアを見上げる。
「わかりました、その呪い必ず解いてみせます」
「さすがは、我が元許嫁殿」
アリーシアはグレンを振り返り、目を合わせる。それから、すっとアンカーディアへ向かい片手を差し出した。
恭しくその手を取り、アンカーディアがアリーシアの手の甲へと口づけをする。
アンカーディアが口づけを施した途端、そこに円を描いた呪文が現れた。
同じ形の呪文が、グレンの首筋へも現れる。
じわりとグレンの足元に闇が広がった。またたく間に闇は彼を押し包むと、そこには強制的に人間の姿を解かれた、竜の姿が現れた。
白い呪文が漆黒竜の首をぐるりと覆うように描かれる。
「グレン様!」
「アリーシア!」
二人は叫んだ。アンカーディアだけが、挑むような目をしてアリーシアを見ていた。
周りは声も出せない。
アンカーディアは苦もなく飛び上がると、グレンの背へと騎乗した。
「アリーシア姫。貴方に今、ほんの少しの力を貴女に分け与えました。それが貴方を助けるでしょう。魔術は生来の性質もあるが、後に自身の努力で身につけたり、精霊から授かることもできる。……それでもあの城には近づけるかどうか。精々精進なさると良い」
アンカーディアは目を細めてアリーシアを見やり、ユーシスに向かい声を張り上げる。
「ユーシス殿。貴殿の魔術の強さには感服いたしました。ぜひ、アリーシア姫の良き師匠となってやって下さい」
それまでの成り行きを見守っていたユーシスだが、名を呼ばれハッとしたようにアリーシアとアンカーディアを見比べた。そして力強く頷く。
「わかりました! 私で良ければ兄として、また魔術師の師匠として彼女を助けましょう」
アリーシアはグレンの足元へと寄っていった。
グレンが首下げ、アリーシアの首筋に顔を埋める。
「本当にこれで良いのか?」
低く、グレンが聞いた。アリーシアは頷く。
グレンの首を抱いたまま、アンカーディアを仰ぎ見た。
銀の髪が陽光を受け、美しくたなびいていた。
「アンカーディア様。恩情をいただき、ありがとうございます。きっとご期待に添ってみせます」
「恩情などではないですよ。これが魔術師との契約というものです。貴女が城にたどり着けるかは今のところ五分五分だ。魔術師は公平なのですよ」
アンカーディアは初めて会ったときのように、アリーシアへ優しく微笑んだ。
漆黒竜が首をもたげる。
アリーシアとグレンは一瞬見つめ合い、アリーシアはその場から数歩下がる。
竜は今や翼を広げて飛び立とうとしていた。
向かう先は旧アルゴン国の王宮の空中庭園。
竜は飛び立った。
ラルフがアリーシアの側に寄ってきた。
アリーシアはラルフの手を握り、小さくなる影をいつまでを見送った。
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