2−4
アリーシアは、アンカーディアと向かい合わせで夕食をともにしていた。
部屋には暖炉がたかれて、蝋燭の明かりが赤々と食卓を照らす。
漆黒竜グレンが、故国を出て不安だったアリーシアを慰めてくれた青年だったということが分かった翌日。
アリーシアの16歳の誕生日の夕食は豪華で、アリーシアはアンカーディアから溢れんばかりの花と新しいドレスや宝石を貰った。
しかし、それらに囲まれても、アリーシアはグレンのことと故郷のことを考えずにはいられなかった。
「誕生日おめでとうございます、許嫁殿」
アンカーディアが微笑む。
アリーシアは礼を言ったがどこか上の空だった。
「何かありましたか、許嫁殿」
ナイフとフォークを置いて、アンカーディアが首を傾げた。美しい銀糸がサラリと肩から流れる。
アリーシアは慌ててグラスを持ち、アンカーディアへぎこちなく微笑んだ。
「いえ……いえ、何でも……」
否定しても語尾が消えてしまう。
アンカーディアは真っ直ぐにアリーシアを見つめてくる。その黒い魔導の瞳に見つめられては、何事も秘密にできない気がした。
アリーシアはグラスを置くと、膝の上でぐっと手を握りしめた。
「あの……アンカーディア様はおっしゃいましたよね? 塔の上のグレン様が、アルゴン国の竜だと。それは本当ですか?」
アンカーディアが僅かに目を見開いた。予想外の問いだったらしい。
肩を揺らし苦笑すると、軽く頷いてみせる。
「何かと思えば……そうですよ。グレンはアルゴン国の、正しくは旧アルゴン国の竜です」
「やはり、そうなのですね」
アリーシアは喜びに顔をほころばせた。
しかし、アンカーディアは憂い顔だった。
「あなたが、グレンと話をしたことは知っていました。私の城内で、私が知らないことなどありはしません。しかし……」
彼にしては珍しく、豪華な食卓の上へと片肘をついて、手のひらへ頬を埋める。アリーシアを見つめてアンカーディアは言った。
「もっと、私達自身に関するお悩みごとだと思ったのですが……例えば、一年後の私達の結婚についてなど。……残念です」
最後は少し自嘲を混ぜて、アンカーディアは笑う。
アリーシアははっとした。
「すみません……今日はこんなにもお祝いしていただいて、たくさんの贈り物も頂いたばかりだというのに」
アンカーディアは首を振る。
「いえ、物であなたの心を掴もうとは思っておりません。ただ……そろそろ私とのことを真剣に考えていただきたい、そう思います」
溜息をついてアンカーディアが立ち上がった。
そのまま部屋を出ていこうとする。その背はアリーシアを拒んでいるかのようだった。
「アンカーディア様!」
アリーシアも立ち上がり、アンカーディアへと近寄る。
それを止めるように軽く手を上げて、アンカーディアが肩越しにアリーシアを振り返った。
「良いでしょう。あなたはお寂しいようだ。明日からはグレンのもとへ行くことを許可します。……アルゴン国のことでもお話しされたら良い」
アリーシアが聞いたことのない厳しい声だった。
アリーシアはアンカーディアを傷つけたことを知った。
立ち止まり、一瞬躊躇したが、結局は深々とお辞儀した。
「ありがとうございます……アンカーディア様。あなたの良き妻になるよう努力いたします」
それ以外、返す言葉がなかった。
アンカーディアはアリーシアを振り返らずに、部屋を出ていった。
アリーシアは項垂れた。アンカーディアには申し訳ないことをした。
今日の誕生日を前から楽しみにしていてくれたのに。
けれど……とアリーシアは思う。
けれどこれで、グレンの元に通うことができる。故郷の話がきっとできる。
アリーシアは下げた頭を、アンカーディアが退出した後もなかなか上げれなかった。
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