1−3

「……前々から思っていたんですが」

 アリーシアの世話係の少年、ラルフが呆れたように言った。

 ラルフはアリーシアと同い年。遠い国の出身だという小柄な少年だ。緑の髪に、白い肌には全身入れ墨をしていた。

 揃えて切った前髪の下から、睨めつけるようにアリーシアを見る。

 アリーシアは15歳になっていた。

 少女らしく柔らかく伸びた髪は美しい金髪で、後ろで束ねて巻いている。エメラルドグリーンの瞳は、今は興奮で輝いていた。

「何、ラルフ」

 アリーシアは城の中庭で乗馬の練習をしていた。

 アリーシアとラルフは、話し相手もいない城内で、友達のような関係の主従となっている。

 今も気軽に呼び止められて、アリーシアは黒い駿馬を走らせていたのを止め、地面で腕を組んで立つラルフを振り返った。

 相変わらず城の外では、空は薄暗い。地面もジメジメとしていたが、これでも雨が降らないだけマシだった。

「何、じゃありませんよ。全く。アンカーディア様はアリーシア様に甘すぎます」

「そうかしら」

 ラルフに近寄って、アリーシアは馬上から見下ろす。ラルフは見下されるのを嫌そうに首を振った。小柄な彼はアリーシアと同じくらいの背丈を恥じているので、いついかなるときでも見下されるのを嫌がった。

「そうですよ。その馬も、アンカーディア様からの贈り物でしょう?」

「そうよ。城の中にいても運動不足だし。婚礼の時には一緒に領内を駆けてみたいっって言ったら、許嫁殿にって、これを贈ってくださったの」

 当然、とアリーシアは腰に手を当てた。

 8歳から今日まで。

 アンカーディアは礼儀正しく紳士で、アリーシアを大切にしてくれていた。

 ときには本当の兄のようにアリーシアが感じるほど、優しく接してくれている。

 領内には、こことは別にアンカーディアの城があったが、ほぼ毎日彼はアリーシアを訪っていた。アリーシアが寂しくないように、アリーシアが暇をしないように。

「別に止めはしませんけどね……本当に、ご結婚なさるんですか?」

 ラルフが聞いた。

 正直、実感はなかった。けれど、その先に死が待ち構えているにしても、アンカーディアがアリーシアを優しく扱っているのは本当だった。アリーシアはそれに報いたいと思っていた。

「するわよ。……多分」

 迷いがないと言えば嘘になる。けれど、これは運命なのだ。呪いだ。最初から決まっていたこと。

 そう考えるたびに、幼い日に一度だけ出会った青年。漆黒の髪と褐色の肌を持つ青年をなぜだかアリーシアは思い出すのだった。

「まあ、分かりますけどね。アリーシア様のお寂しさも。アンカーディア様と僕しか、……僕らと竜のグレンしかここにはいませんからね」

 ラルフが言って、高い塔を見上げた。3つの塔の真ん中、その天辺の空中庭園に、漆黒の竜がいた。

 声が聞こえたとでも言うように、竜は長い首をもたげて、こちらをちらりと見る。

 真っ黒な瞳を見るたびに、アリーシアは恐れではなく親しみを感じていた。

「そうよ。あなたとグレン、アンカーディア様しか私にはいないもの」

 アリーシアも塔を見上げた。

 アンカーディアが騎乗する、漆黒竜グレン。側に寄ったことはないけれど、いつもアリーシア達を見張っている。けれど、その目はとても慈悲深い目をしているとアリーシアは感じていた。

「アリーシア様……」

 自分で話題を振っておきながら、ラルフが声を落とした。アリーシアは元気づけるように言った。

「さあ、あなたも付き合って。アンカーディア様に笑われないくらいの腕前になりたいの」

「……分かりました」

 ラルフとアリーシアは馬の練習に戻った。

 竜は一度城外をぐるりと見渡すと、また元の姿勢に戻りアリーシア達を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る