1−1
馬車は一日半をかけて疾走した。
不思議と大きく揺れることはなく、眠気も空腹もアリーシアは感じなかった。
ただ、窓から次々と移り変わる景色を眺めていた。
向かいの青年は、あれからは一切喋らなかった。
無表情で窓の外を見続けている。
アリーシアは何度か話しかけたが、全て無視されてしまった。
アリ―シアは美しい褐色の肌を持つ青年の、端正な顔を眺めた。
(嫌われているのかな……でも、さっきは慰めてくれたし)
馬車は暗い森を抜けて、広い街へ出た。
今は誰も住んでいない旧アルゴン国。
家々には蔦が絡まり、空はどんよりと曇っている。
家畜も道を歩く野良犬さえいない。
木々の葉は落ち、道端の草花は茶色く濁って枯れていた。
(こんな国に、私は住むの……)
動物や植物たちが大好きなアリーシアは不安にかられた。誰もいない街。何もない街。
ここで、見たこともない魔術師アンカーディアと暮らす。
「大丈夫だ」
今まで一言も喋らなかった青年が、アリーシアの心を読んだかのようなタイミングでふと喋った。
そう言えば、最初の話してくれたときも自分が不安がっていたときだと、アリーシアは思い出す。
青年はちらりとアリーシアを見た。
「世話係の少年と、おそらく会えはしないが……城には俺もいる。もちろん、アンカーディアも」
青年の声を聞くのは一晩ぶりだった。
「あなたとは、会えないんですか?」
アリーシアは青年が喋ってくれたのが嬉しく、思わず訊ねた。できれば、もう一度喋りたい、城でも会いたいと思った。
青年はアリーシアの返事が意外だったのか、目を見開いた。そして表情を悟らせまいとするように、すっと目を逸らす。青年が纏ったマントの下では甲冑の音がカチャカチャと鳴った。
「俺は、……アンカーディアの護衛だからな。あとは、あんたが……逃げないように見張っている」
「見張り……」
「そうだ」
そうだった、とアリーシアは俯いた。この国で、自分はずっと暮らすのだ。呪いによれば、二四歳の終わりまで。その後は死があるのみだ。
普通なら逃げても不思議ではない。
「私は逃げません」
アリーシアは前を向いて青年へ答えた。心は決まっていた。
「逃げたら、私の国は、今のアルゴン国は滅んでしまうんでしょう? アンカーディア様の手によって」
「それは……」
幼い少女の凛とした物言いに、青年が言葉を濁す。
アリーシアはにっこりと笑った
「だから、私は逃げません。大人になったらアンカーディア様のお嫁さんになって、ずっと、その日が来るまでこの国で暮らします」
青年は黙ってアリーシアの言葉を聞いていた。
「そういう運命だと、聞かされて育てられましたから」
青年が息を呑んだ。そして、ハっと苦く笑う。
「あんたは……その運命しか教えられなかったのか。周りは、抗うことを教えなかったのか」
漆黒の瞳がアリーシアを捉えていた。
「え?」
アリーシアは聞き返す。
しかし青年は、もう黙ってしまった。
先程までと同じように窓の外を眺めている。あとはもう、何を訊ねても青年が答えてくれることはなかった。
馬車はアリーシアの運命を乗せて走り続けた。
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