第1話 あらまし その2写真
「犯人……」と三津木は呟いた。
「そこなんです。これはこれまで事件ではなく事故として扱われてきたんです。われわれ世間に対してはね。
もちろんこれは殺人でしょう。
犯人は常磐尚美です。
犯行の経緯はこうでしょう、
吹雪の中二人は山小屋に閉じ込められた。暖房器具はない。寒い。
そこで山崎忠男が提案した、裸で抱き合って暖め合わないか?と。
常盤尚美は薄着でならといったんは承知し、おたがい肌着のかっこうになって抱き合った。
が、山崎はそれ以上を求めた。常盤尚美は驚き、拒否し、そのまま小屋を飛び出した。山崎は慌てて彼女を追い、常盤尚美は、外に走り出した時にぶつかって折ったつららを抱え、追いかけてきた山崎に突き出した。それは山崎の胸に深々突き刺さり、山崎はひっくり返って動けなくなった。
常盤尚美はパニックに陥り、防寒着だけ引っかけて雪山を下りだした。
そしてようやく吹雪が収まってきて、捜索を開始した捜索隊に保護された、
と、そういうことでしょうね。
別の第三者の犯行と絶対に言えなくはないですが……、まあないでしょう。
犯人は常盤尚美です。しかし彼女は病院で回復後も遭難してからの記憶をすっかり失っていて、自分が何をしたか、をまるで覚えていないんです。
それにねえ……、可能ですか? いくらシャツ一枚とはいえ、つららで人間の胸を貫くなんて?」
「できちゃったんでしょ?」
「できちゃったんですけれどね。納得しますか?」
「さあ?」
紅倉は肩をすくめた。芙蓉はつららという物がどの程度の強度を持つのかさっぱり分からない。雪山を舞台にした山岳アクション映画ならありそうなネタだが、まるでマンガみたいだ。
「実際そういう状態で殺されているわけですから、殺人は明白なんですが、しかし、出来過ぎてますでしょう? 実際起こってしまったわけですが、それも偶然の事故、と言えるんじゃないか?と、まあ警察の方でも煮え切らないんですね。それでわれわれマスコミにはただ『事故』としか知らされていなかったわけですよ。
この本が出るまではね」
と、三津木は改めてその記事のページを開き、芙蓉の方に向けた。読め、ということだ。
「『吸血雪女の恐怖!血を吸う氷の杭!』
………三津木さんの番組のタイトルみたいですね?」
「先を越されましたね」
と三津木は芙蓉の嫌味をはねのけて笑った。
「この記事で山崎忠男の死因がつららを凶器とした刺殺であると暴露されてしまったわけです。先ほど先生もおっしゃった、高いところから大きなつららが落下してきて頭を殴打されて大けがを負ったとか死亡したとかいう事故ならあるわけですが、突き刺した、では事故じゃ済まないですからね。それに……わたしどもの興味というのはこっちの方でして……」
三津木は見開きページの上半分を占める写真を示した。問題の山小屋の全体が写った写真。なるほど木の板を張っただけの小さな小屋で、下半分が雪に埋もれ、せいぜい二メートル半くらいの高さの屋根からその雪に突き刺さりそうに長く太いつららが、まるでノコギリの刃かティラノサウルスの歯のように伸びている。扉が内側に開き、そのドア枠にもすでに三十センチくらいのつららが数本伸び、扉の軸=
その開いた扉の軸の氷から吹き出しが伸び、その部分の拡大写真が載っている。
女の影、に見える。
奥の暗がりに立ち、氷のレンズを通して写っているようにも見える。また氷の表面に映像が投影されているようにも見える。
長い黒髪の女の横顔だ。うつむいて、足元を見ているようにも見える。肩から胸の辺りで氷が斜めに切れている。色はない。だから、偶然光と影がそのような姿に映り込んでいるだけだ、と常識人なら説明するだろう。
「どうですか?」
三津木は実に嬉しそうにその女の影を指でクルクル囲って言った。
芙蓉はチラッと先生を横目に見て、自分もその写真をじいっと見てみた。
芙蓉に心霊写真を鑑定するほどの霊視能力はないが、悔しいことに、
本物だ、と思った。
「先生、これは……」
「どうやらそのようね。でもねえー……」
紅倉はあまり乗り気ではない。
「こんなのはどこにでもいるしい……」
芙蓉はもう一度写真に集中した。幽霊独特の偏執的な強い思い込みが感じられるような気もする。
どこにでもいると言えばどこにでもいる幽霊なのだろう。これだけはっきり姿を見せているというのはかなり自己主張が強いが、それでもこの程度の心霊写真などごまんと見てきた。しかしここで人が死んでいるとなると、何故先生が積極的な興味を持たないのか芙蓉には合点がいかない。
紅倉はもう飽きてしまったようにつまらなそうな顔でそっぽを向いている。
その様子に三津木もガッカリしたように乗り出していた身を引いた。
「興味ないですかあ。じゃあ……
岳戸というのは紅倉先生のライバル……と本人が思い込んでいる女霊能師だ。と、芙蓉は評価している。芙蓉はこの女が大嫌いだった。
三津木が週刊誌を回収しようと手を伸ばすと、紅倉がピシャンと本の上に手を置き、むっつりと、
「どうするの?」
と訊いた。三津木は上機嫌に説明した。
「いつも通りです。現地を取材して……
紅倉はため息をついて背もたれに身を沈めた。
「そのくらいならかまいませんけど」
三津木はすかさず、
「何かありましたらアドバイス、よろしく」
とニコニコ言った。この馴れ馴れしさが芙蓉は許せないのだ。
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