レシピ1 出会いと忍びよるメシマズの影

 俺の名前は入月いりづき 裕仁ひろひと25歳の社会人。まあ何処にでもいるサラリーマンだ。

 そして隣に座っているのが彼女の黒羽くろは 夢弓ゆめみ


 付き合ってまだ2ヶ月、お互い嬉しくて幸せ絶頂、いわゆるハイになっている状態だ。

 周りから見たらちょっと痛いカップルかもしれない。そんな視線をものともせず無敵状態の俺らが最近決めたのはお互いの呼び方。

「ひろくん」と「ゆめ」だ。何の捻りもないけどそれが良いのである。


 そんな俺らの出会いは至って普通で会社の先輩(女性)からの紹介。

 高校時代の後輩として紹介された。

 紹介されて何度か2人で会う内に自然に引かれ合い付き合うことになった。


 さてそんな俺らは今、公園のベンチでお昼を食べている。

 俺は平日休みで、ゆめはお昼休憩中だ。


「今度休みが合うのって来週の土曜日だよね。何しよっか?」


 ゆめがベンチに広げたお弁当を美味しそうに食べながら次の休みの予定を考えている。因みに俺のお昼はコンビニで買ったパンだ。ちらっとお弁当の中を見る。

 小さな入れ物の中に色とりどりなおかずが所狭しと並んでいる。


「ゆめのお弁当って小さいけど足りるのか?」

「ちょっと物足りないかなぁ、でもねちょっとお腹空いているくらいが午後から眠くならないし、体も重くならないから良いんだよ」


 なるほど腹八分目ってやつか。利点を聞いて納得する。

 お腹一杯食べると午後から眠くなるのは学生時代からの課題であるが、ゆめによって解決策の一つが提案された気がした。

 でもついつい食べ過ぎてしまうんだよなぁ。お腹一杯の方が幸せな気分になれるし。


「量は少ないのに種類は多いんだな?」

「ほとんど冷食だよ。最近のは凄いんだ、レンチンしなくても自然解凍で食べれるのもあるし便利な世の中だよね」


 改めて見てみる。春巻き、ほうれん草のお浸し、蓮根の金平、鳥の照焼、これらは冷凍食品だろう。それにミニトマトとブロッコリーが色を添えて玉子焼きが黄金に輝いている。


「その玉子焼きは手作りだよな?」

「え! あ、うん……そうだよ。玉子焼きの冷食もあるんだろうけど近所のスーパーには無いからこれは家で作ってるよ」


 ふむふむ、歴代彼女のことが頭を過る。いや彼女ではなく歴代玉子焼きが過ったのだ。


 めんどくさがった結果、熱したフライパンの中に直接玉子を落とし味付けが間に合わずかき混ぜ途中で固まった故に調味料が地雷のようにまだらに埋められ、尚且つ殻も入ってるし、もはや巻いてもいない『ドキドキ地雷のカリカリ玉子焼き』


 味? そんなことより好きな色はピンク! ピンクこそが正義! 紅生姜の絞り汁で玉子を染め上げ、ピンクは甘くないといけない! とのこだわりからホイップクリームを一緒に巻いてピンクと白の共演見た目可愛い『紅色ホイップ』


 健康? 体に良い栄養素を摂取するならサプリがお手軽で確実。食べやすいようにフードプロセッサーで玉子と混ぜる手間は惜しみません!

 7つの栄養素を効率良く取れる何故か英語の『セブン ヌートリオン イン オムレット』

 直訳は『7つの栄養素が入った玉子焼き』そのままです。


 知ってる? 玉子の隠し味にコーヒー、カレー粉、ケチャップ、砂糖、ウスターソースなんかを入れるんだって。じゃあ全部入れたらもっと美味しくなるよね!

 全部投入して焼き上げたコーヒーの色に引っ張られ黒光りするちょっと格好いい『ザ 隠し味』


「おーーい、ひろくんどうしたの?」


 ゆめの声で現世に戻ってくる。


「あっ、あぁごめん、考え事してた」

「変なの、それより玉子焼きジーーと見てたけど食べる?」


 欲しくて見てたわけではないのだけど、昔の玉子焼きとは言え、元カノのことを思い出してましたとか失礼極まりない事を言えるわけがない。


「美味しそうだなぁってついガン見してしまった。なんか催促したみたいでごめん」

「いいよ、いいよ、っとえーーほら口開けて」


 ゆめに言われるまま口を開けると玉子焼きが震えながらやって来て口の中に転がりこむ。

 箸を持ってちょっと恥ずかしそうにするゆめが可愛いとかバカップル満載な事を思いながら口の中の訪問者を租借する。


 柔らかな食感と鼻に抜けるだしの香り。

 噛むとじゅわーっとだしと玉子の上品な甘味が広がる。


「美味しい! だし巻き玉子って難しいんじゃなかったっけ?」

「え、あうん、そ、そうでもないかなぁ。だしの素取ってさささーって、玉子をがーーってやってジューーで出来るよ」

「へぇーーなんか凄いなぁ」


 これだけ美味しいものを簡単と言ってしまうゆめに感心する。


「そう言えば、ひろくんの好きな食べ物ってカレーだよね」

「あぁ何だかんだでカレーが1番好きだな」


 ゆめが口に手をあて空を眺めて何かを考えている。


「あのさ、今度の土曜日だけど、ひろくんのアパートでカレー作ろうか? 一緒に食べるってのはどうかな?」

「えっ? 本当に!?」


 ゆめの提案に小躍りしそうなテンションで喜ぶ俺。

 手を握り感極まる俺にゆめが目を合わせてくれないのは、はずかしがっているのだと思った俺は恋に盲目状態だったのだろう。


 ────────────────────


 ひろくんと別れて職場に戻る私こと夢弓の足取りは重い。


 なんで見栄張っちゃたかなぁ。料理苦手なんだよねぇ……


 カレーなら作れそうとか思ったけどよく考えたら1人で作ったことないなぁ。いつもお母さんかお姉ちゃんが作って私は野菜の皮を剥く係りだし。


 お母さんも、お姉ちゃんも私1人で作ることを許してくれないんだよね。

 理由は分かってる。私が作ると空回りして変な料理が出来るからだ。

 だが今は悩んでる場合ではない。来週の土曜日までにカレーを作れるようにならないといけないわけである。


 その日の夜、私は環季たまきお姉ちゃんに電話をかける。


「お姉ちゃん、お願いがあるちゃけど聞いてもらえる?」


 電話越しにも私を警戒する雰囲気を漂わせる姉のプレッシャーに負けず話を続ける。


「えっとね、今度彼にご飯ば作るちゃけど、作り方教えてもらえんかな?」

『はぁーーん? ゆめ! あんたばかと? なんでそげん約束すると!!』


 そんな大きい声で言わなくても聞こえるのにぃぃ、姉の声に耳がキーーンとなる。でも負けるわけにはいかない!


「バカなん分かっとーけん、お願い! 教えて!」


 電話の向こうで大きなため息が聞こえる。

 渋々OKを出してくれる姉の言葉に私は希望を見出だす。


「待っとってひろくん! 美味しいカレー作ってみせるけん!」


 気合いを入れる私の手元で通話の切れていないスマホがため息をつく。

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