第54話 クランメンバーズ Ⅵ

「カーチャン、どうだった? オレのステージは」


「及第点、てとこだね。なんで総司君に負けてんのか何にもわかっちゃいない。あんたはツラの良さだけで売れてるが、もうちょっと応援してくれる相手のことを考えないと、カーシャちゃんにさえ抜かれるよ?」


「なにぃ!? オレの何が間違ってるって言うんだ! 全部カーチャンの指示通りだぜ?」


 

 幻影達がアイドル業界で鎬を削りあって1週間が経過した。

 そんなある日、クランルームへ赴くとランダさんとその幻影がいがみあっている場に遭遇する。


 話の内容から察するに、アイドル活動の問題点の洗い出しといったところか。

 別のソファに座り、スズキさんの出してくれたお茶と、妻の手製の菓子を摘みながらその話題に耳を傾ける。


 と、そこへ。

 ジキンさんとカーシャ君がやりきった顔で戻ってきた。

 競い合ってる同士で待合室が同じって問題ない?

 私の思惑通り、後ろから背中を負う立場のカーシャ君がナツ君に余裕の笑みを流した。



「おい、お前!」


「なぁに、おれさまげんえい?」


「ちょっと追いついたくらいで勝ったと思うなよ?」


「べつに、あなたにかったくらいでしょうぶにかっただなんて おもってない」


「カーシャ、相手にすることないよ。君の戦略眼は間違ってない。ナツなんて直ぐ追い抜けるさ。でもそうだなぁ、もう少し歌は勉強しようか」


「はい、かいちょう」



 一方が鞭オンリーなら、もう一方は飴オンリー。

 男に対する時と女に対する時でジキンさんの態度違くない?

 カーシャ君もジキンさんの言葉に従順に頷き、何故か私達の席の真向かいに腰掛けた。



「なんでこっち来るんです? ガソリンを撒き散らすのはやめてくださいよ。ただでさえ発火性の高い燃料が近くにあるんだから」


「まぁまぁ良いじゃないですか。あなたプロデューサーなんでしょ? うちのカーシャのダメな点を指摘してってくださいよ。僕はどこも悪くないと思うんだけど、客からの反応がイマイチなのが気になってね」


「|◉〻◉)まぁ、伝えたい思いが固定化されてないうちは難しいんじゃないですかねー。あ、粗茶ですけど要ります?」


「君のお茶はしょっぱいから無理」


「ええ、こんなに美味しいのに」


「このプレイヤーにしてこの幻影ありと言わんばかりの典型だ。結局この子がこうなったのはマスターに問題があったんじゃないですか?」


「失礼な。この子は出会った時からこうだったよ」


「そうなの?」


「|◉〻◉)どうでしょうか。ハヤテさんならなんでも拾ってくれるので素を曝け出しやすくなったのは事実ですよ。僕の本気を受け止めてくれるのはこの人しかいない! そう思ったらこの状態まで真っ逆さまです。まず最初にこの素体に抵抗なかったのが最初の難問でしたけど、わざわざフレンドになりましょうって言ってくれましたし。ね、ハヤテさん?」


「あれ、その馴れ初めってスズキさんのものだったんじゃ?」


「ああ、この子NPCだから。現実には居ないよ」


「え、なんでプレイヤー名乗ってんの? ちゃっかりクランにまで参加してるし!」


「そっちは別のスズキさん。ルリーエが心を通わせたプレイヤーの方だね。今は産休でログインできてない状態なのは知ってるでしょ?」


「|◉〻◉)ふふふ、まんまと僕の戦略にハマりましたね! そう、僕の名はルリーエ! クトゥルフ様復活の足掛かりにプレイヤーと接触し、見事復活を成し遂げたルルイエからの刺客だったのだ!」


「今はもうだいぶ昔の話だよね、それ」


「マスターは真実を知ってもマスターだなぁ。普通そんな誇大妄想信じますか?」


「信じる信じないっていうよりね、この子の頑張りを応援してあげたいと思ったのさ。正体を明かしたときはそれはもうびっくりしたものさ。でも、この子がどこの誰だろうと、今まで付き合ってきた過去が変わるわけでもない。だったら打ち明けてくれた真実に向き合おうと思っただけだよ」


「ウチのカーシャにもそれがあると?」


「さて、どうだろうねぇ」



 お茶を一杯啜り、添えられた茶柱を揺らしながら物思いに耽る。



「それはカーシャ君次第だよ。その人になら全てを打ち明けても大丈夫だ。そう認めさせるところから絆は育まれる。君のところにその子が遣わされたのは連綿と繋がれたフレーバーあってこそ。もはや運命と言って差し支えない。私はそう思うんだ」


「そうなのか、カーシャ?」



 口にはださず、頷くことで返事をするカーシャ君。

 ナツ君だって粗暴な態度を取っていても、ランダさんなら打ちのめされることなく向き合ってくれるだろうから姿を表してくれたと思っている。

 そんな事実を聞いて、ランダさんも少し目を細めていた。

 ほんの少しだけど素直に感情を表せない事情を察せたようだ。


 と、そこへ。

 満面の笑みを浮かべた妻が幻影と共に現れる。

 ほっこりしていた空気へ特大の火種がぶち込まれた。



「よくやったわ総司。お客さんのハートはがっちり掴めたわね! 母さんも鼻が高いわ!」


「はい、僕なんかでも思いを届けることができるんだって実感しました」


「そりゃできるに決まってるじゃない。君のお姉さんだってできたのよ? 同じ信仰である以上、ルリーエちゃんのファンは総司のファンでもあるのよ。なんてったって信仰が同じだもの」


「それ、凄いのは姉さんのおかげじゃ?」



 萎縮する総司君を他所に、負けっぱなしの幻影達の視線が総司君に突き刺さる。



「オイ! その話はマジかよ!」


「ききずてなりませんわ!」


「ほらアキエ、言葉が過ぎるよ」


「あらアナタ。でも本当のことでしょう?」



 なんの悪びれもなく私の横に座り、スズキさんから差し出された粗茶をいただく。

 すっかり塩気の強いお茶の味にも慣れたように、飲み干してはホッと一息ついていた。


 それが事実だとしたら、向かう先は信者獲得の原点。

 過去改竄の極北。ド・マリーニの掛け時計を載せた探偵さんの機関車である。

 しかし今現在アキカゼランドは閉鎖しており、今は探偵さんが個人所有している。


 当然魔導書陣営に貸してくれるかは怪しい。

 そもそも君たち過去に渡れるほど神格と思い繋いでないでしょうに。

 その為の幻影との絆をつなぐ段階。

 勝負に勝ちたいのもわかるけど、急いては事を仕損じるよ?



 そんなタイミングを見越してか、偶然にも我がクラン内の聖典メンバーがやってくる。

 どちらも既にクリア者の余裕の笑みを讃えてどこか下界を見つめる神様のようなオーラを放っていた。



「何やら君達、僕達に黙って面白いことしてるみたいじゃない?」


「やめろ、探偵の人。俺を巻き込むな」


「良いじゃないかどざえもん氏。これは僕達聖典陣営にだって旨みのある案件だ。そのアイドル勝負、僕達も参加させてもらうよ?」


「待て、ウチの涅槃はまだ参加するなんて一言も言ってないぞ! それに俺はそっちの業界には疎い。なんのアドバイスもしてやれない」



 一人否定を繰り返すどざえもんさんへ、それは無理だよと促す探偵さん。

 何故ならば、実際にドリームランドをクリアした者の幻影と戦う機会を得た幻影達から力強い意志を感じたからだ。


 今まではどうしたって仲間内での歪み合い。

 だがそこへ敵陣営が参加した。

 ナツ君に至ってはなりふり構ってられない現状である。



「|◉〻◉)じゃあ僕も参加しようかな?」


「ルリーエちゃんはダメ! 普通にアイドルランキング上位じゃない。新人に花を持たせなさい」


「|ー〻ー)ぶえー、アキエさんがいじめるー」


「よしよし、スズキさんは個人的に頑張ろうか。そうだ、マリン達とのコラボ企画をうけとってたよね?」


「|◉〻◉)そう言えば! ウチのメンバーの他にもサイちゃんやセラエちゃんも誘って一大事業にしようって言ってました」


「うんうん、じゃあどっちが注目を集められるか勝負しよっか?」


「|⌒〻⌒)はい!」



 そんなやり取りをしてる裏では、クランメンバーが一丸となって突如現れたラスボスに一矢向けるべく作戦を練り合うかつての仲間達がいた。

 何さ、そんな急に仲良くなっちゃって。

 ナツ君に至っては背に腹は変えられねぇとばかりに聖典と手を組まんとしている。まだ涅槃君も了承してないというのに。



「あなた、全面戦争を仕掛けるとは良い度胸ね? 勿論、ウチの総司だって負けてないわよ」


「頑張ります!」


「戦争だなんて大袈裟な……ねぇジキンさん?」


「良いや、マスター。あなたはそんなつもりはなくてもですね、ウチのカーシャにとって今や超えられない壁となった。その事実は覆せない」


「かちます!」


「やれるね、ナツ?」


「あたぼうよ、目にモノ見せてやるぜ! 俺の本気のライブ、魂を込めるぜ!」


「だ、そうだよ少年?」



 作戦通りと言わんばかりの探偵さん。



「吹っ掛けたあなたがなんで偉そうなんですかねぇ?」


「そんなもの、そっちのほうが面白いからに決まってるじゃないか。なぁ、スプンタ、アンラ?」


「それが信仰につながるのなら、我が身耐えて見せましょう!」


「スプンタちゃん、硬ーい」


「なんかそういう事になってしまったが、やれるか? 涅槃」


「マスターの仰せのままに」


「との事だ。俺のログイン率は相変わらずなので誰か指示してくれる人が居たら助かるが……」


「わたくしがうけおいましょう! ひかりとやみがあわさってさいきょうにみえる、とかいちょうがおっしゃっていました」


「ジキンさん……」


「い、良いじゃないですか! 誰だって一人くらいは抱えてるものでしょう?」


「そうだね、探偵さんが体現者だ」


「なんのお話?」


「男のサガって奴さアキエさん」


「いつもの病気ね、気にしない事にするわ」


「なんだか知らないけど面白くなってきたね!」



 ランダさんが拳を掌に叩きつけて気合を入れる。

 ナツ君が全く同じポーズで気合を入れてるのを見て、やはり幻影はプレイヤーに似るのだなと思った。

 チラリとスズキさんを振り返る。



「|◉〻◉)なんです?」


「いや、なんでも」



 側から見たらこの子も私にそっくりなのかと思うと、少し考えを改める必要がありそうだ。

 

 クランメンバー達に意図せずやる気を出させてしまった私達は、のほほんと構えて普段通りの活動を続けた。

 正直、勝負なんてあってないようなものだ。


 負けたからって何かが失われるわけでもないしね。

 ゲームなんだし、楽しくやりたいモノだよ。

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