第53話 クランメンバーズ Ⅴ

 翌日、クランルームへと赴くと、妻を中心にクランメンバーが集まって談笑していた。

 その話に私が入っていくと、どうやら自作のお菓子を振る舞っている様だった。



「あらあなた、ちょうどいいところに」


「やあアキエ。今日はなんの話題で盛り上がってたんだい?」


「そうね、色々あるけれど。まずは自作のお菓子をつまみながら一服していかない?」



 そんな誘いに乗って、私やジキンさんランダさん、ダグラスさんが妻の用意してくれたお茶やお菓子を口に入れる。

 最初はその不思議な味わいに驚きつつも、食べ進めていくウチにどんどん病みつきになる。



「これ、どんな素材を使ったの?」


「昨日あなたに言って見せたじゃない? あの素材よ。あれから総司と一緒に考えて、これなら提供しやすいかなってそう思ったの」



 あ、察し。

 一人だけ感づいた私。

 ジキンさんが何かいいたげに私を凝視するのが目に入り、そして次第に変化していく様を目の当たりにした。

 垂れた犬耳から、次第に鰭が生えていくではないか。

 犬耳の根元に深いエラが刻まれ、なんとも滑稽な生物が生まれていた。



「なんですか、人の顔を見て訝しんで。失礼な人だなぁ」


「鏡を見ることを推奨しますよ? 今最高に面白い姿をしていますから」


「美味い! 美味いなこの菓子。なぁカーチャン?」



 そう言ってアキエの菓子を大量に食べ進めているのはポナペ教典の幻影であるイマシュー=モの化身君だ。

 女性陣は幻影に母親呼びさせるのが流行っているのだろうか?

 そこはまるで託児所の様に、子供自慢をする母親の姿が写った。



「だからって全部食べていいってわけじゃないよ!」


「イデェ!」



 躾に慣れてるのか、鉄拳制裁を脳天に直撃させている。

 ランダさんにとっては6人目の息子だからか、容赦がない様だ。



「シーラは、ああはなってはダメじゃぞ?」


「はい、師匠!」


「うむ、良い子じゃ。ではお前の成果を見せてやりなさい」


「はい、師匠に比べたら不出来ではございますが私の技術の粋を集めた結晶がこちらになります!」



 ダグラスさんところの幻影はシーラ君というらしい。

 シーラ君はロープの内側から触腕をいくつも取り出し、粘液に塗れた金属をテーブルに置いた。

 体内に隠していたかの様にそれを触腕で掴んだハンカチで磨き上げ、ようやく真の姿がお目見えする。



「これは?」


「ワシは共鳴石と名付けた。同族、同陣営の者が近くによると色が変わり震え出す。シーラの技術によってこの世に生まれた逸品じゃ。いくつかワシにも理解できない点もあるが、さすがセラエノ図書館の化身と言ったところじゃな。ワシの炉心にも火がくべられた思いじゃわい」



 そう言いながら弟子の品を誇らしげに翳すダグラスさん。

 その無骨な感じが、ダグラスさんとは程遠いが、出来に関しては文句のつけようがないと大絶賛している。



「こちら、距離が近いおかげもあって震えて色も変わっていますが、元の色は黒く、淡い光を宿しています。師匠はこれを更に加工してネックレスにしてくれました」


「飾り細工はしとらんが、この無骨さを光らせるにはこのケースが最適じゃろう。本当は穴を穿って括り付けたかったんじゃが、ワシの今の技術力でこの金属に穴を穿つことは出来なんだ」


「師匠にもいつかできる様になりますよ。私は信じてます」


「おお、シーラ!」



 そこには確かな絆が生まれていた。

 残るはジキンさんだ。

 あれ? ジキンさんが手鏡を持って震えている。



「なんですかこれは!」



 僕のチャームポイントが異形化してる! 

 と慌て出すジキンさんだったが、妻の自作した菓子は元のドリンクを加工したことで効果が薄まったのか十数分後には元の犬耳に戻っていた。残念。

 


「まったく、脅かさないでくださいよ。原因はこれですか?」



 つまみ上げたのは綺麗にラッピングされた菓子の袋。

 クッキーの間にはしょっぱいクリームと甘いクリームが二層になって挟まれた妻持参のお菓子である。

 それを指摘されても妻は悪びれもしない様にぺろっと舌を出した。

 その振る舞いがチャーミングで、私の心が鷲掴みにされた様だ。ヴッ、これは彼女のクトゥルフの鷲掴みの効果か!?


 私のは直接掴むが、彼女のは視界を共有して爆発的にその範囲を広げる恐ろしいチェイン技になっていた。


 これはきっととんでもない事になるぞ。

 よもや母性の強さで威力を上げてくるとは、とんでもないライバルの登場に私は足元が揺らぐ気さえした。



「なーにをバカな事をやってるんでしょうねぇ、この人は」


「うちのマスターには効果覿面ならそれでいいじゃないの」


「うふふ、惚れた弱みってやつよ。ね?」


「うん、そのようなものだ」


「アンタの子は何か特技の一つでもできるようになったのかい?」


「|◉〻◉)果たして僕の宴会芸を上回ることができますかね?」



 スズキさんがノリノリで出張ってくる。

 勝負と聞いて古い血が騒ぐようだ。



「こっちの魚に張り合ったらどんな判定も覆してきますでしょうが、やっぱりね。教えられることなんて僕の得意分野しかないよ」


「へぇ、何を教えたんだろう。気になるなぁ」


「何、ちょっとしたマネジメントくらいですよ。うちのカーシャは優秀だからね」


「もったいないおことばですわ、かいちょう」



 この人は幻影に何を教え込んでいるんでしょうねぇ。

 こんな小さな子に。



「あ、小さいからとバカにしてますね? カーシャ、このダメなおじさんにお前の能力の末端を見せてあげなさい」


「はい」



 カーシャ君はにんまりと笑って軽い経営トークを語り出す。

 本当に幻影にマネジメントを教えちゃってるよこの人。

 最終的には統率者としてのなんたるか、人の心理をついた動かし方まで熟知している奇才っぷりが彼女の内側から透けて見える。

 まだ幼く、たどたどしい語り口から紡がれる議論は多くの人に誤解と混乱を生み出すことだろう。

 最終的には金狼君より優秀だと持ち上げていた。

 流石にそれは金狼君、泣くよ?



「じゃあ最後にランダさんのところのお子さんを紹介してもらったら解散にしようか?」


「|◉〻◉)僕は!?」


「これ以上私に辱めを受けろというんですか?」


「|>〻<)歌、歌がありますから!」


「こんな狭苦しい場所でどうしろと……」


「いっそコンサートでも開きます? 次のクランの催し物として。僕のカーシャのマネジメント術が活かせる場所といったらそういう規格くらいですからね」


「|◉〻◉)カーシャちゃんも一緒に歌う?」


「いえ、わたしにはうらかたがおにあいです。ね、かいちょう?」


「決まりだね! ナツ、アンタも出な!」


「ゲェ、俺におままごと押し付けんなよカーチャン!」


「アタシから見ればアンタもクソガキである事には変わりないよ。そこで色々学んできな。いつも偉そうな口聞いてるんだ、もちろん大差で結果を残せるんだよね?」


「くぅ……出来らぁ!」



 ここの幻影は安請け合いして身を滅ぼすタイプかな?

 ナツ君か。この跳ねっ返りがどのような成長を遂げるかはスズキさんに託された。


 託して大丈夫だろうか?

 急に不安になってきたぞ。


 ちなみに妻の開発した菓子と、シーラ君の作成した共鳴石のネックレスはセットで販売された。

 魔導書陣営が持つと震える能力、一時的に水中内で呼吸が可能な菓子はいつか向かうであろうドリームランドで役に立つこと間違いなしとされている。

 菓子の方はドリンク単体より飲みやすく、効果も短いことから詰め合わせの要望が殺到するほどだった。



「|◉〻◉)こうやって僕たちの眷属が増えていくんですね」


「私達だけではなく、妻や総司君と協力しての成果だ。もちろん君の歌があってこそだけどね?」


「|///〻///)ヾ照れます」


「君たちの次のコンサートも考えなければね。何かいい案はあるだろうか?」


「|◉〻◉)でしたら……ごにょごにょ」


「なるほど」



 スズキさんの次なる手は、魔導書陣営を巻き込んでのイベントと言うことだった。

 以前強制参加させた時、満更でもない反応を示したセラエ君やサイクラノーシュ君。

 彼女達を誘ってチームグリモワールを結成するのも面白いんじゃないかと言うことだった。幻影は所持者の性別によっては変わっていくので、ゆくゆくは男性ユニットもできるのではないかということだ。

 しかしナツ君と総司の相性は最悪とのこと。



「でしたらわたくしにいいかんがえがありますわ」



 そんな私達にマネジメントの申し子、カーシャ君がアイディアの提供をしてくれた。

 そのアイディアとは……?



「んっで、俺がんなことしなきゃなんねーんだよ!」


「僕も、できるか心配です」



 二人にソロでどちらがファンの心を掴むことができるか競走させるというものだった。

 お互いの能力をわかりやすくファンからの売上で示すというものだ。

 これらの狙いは自分の本当の魅力を知れるのと同時に、相手の実力も知れることを意味する。


 ジキンさんの肝煎りとは言え、咄嗟にそんなことを思いつく幼女に私達は戦慄させられた。

 そして一人悪い顔をするスズキさん。



 こうして開かれた我がクランの催し物に三名のエントリーが入る。俺様系暴力アイドルナツと、才女系童女カーシャ、甘えん坊ショタ総司の三名だ。



「きいていませんわーー!」



 一人自分は裏方と言って聞かない童女に「大丈夫だから、これも経験だから」と言って聞かせ、なんだかんだ場数を超えたらノリノリで歌い出すカーシャ君の姿がそこにあった。



「ちょっとちょっと、うちのカーシャに何させてるんですか!」


「デビューCDをたくさん持って、説得力ないですよジキンさん」


「|◉〻◉)すっかりファンの一人ですよね?」


「やっぱりアイドル稼業が信仰を稼ぐ手っ取り早い一番の近道だと思うんですよ」


「僕のマネジメント術がぁ……」


「そのマネジメント術+歌って踊れる才能を活かして頑張ってくださいよ。はい、これ今のところの集計結果です」



 ボードに記された結果は……

 総司君が45%

 ナツ君が30%

 カーシャ君が25%

 という圧倒的な結果だった。



「こうしちゃいられない! もっとたくさんの人達にうちのカーシャの魅力を宣伝しなくては! 僕はこれで失礼するよ!」



 そう言ってジキンさんはクランルームを後にした。



「|◉〻◉)やっぱりマスターって親バカですよね」


「うん、私がそうだったようにね。みんな自分の幻影大好きだから」


「|///〻///)ヾヘヘヘ」



 照れるスズキさんを横に、私はこれから巻き起こる時代の渦を密かに見つめていた。

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