第38話 ドリームランド探訪 ⅩⅩⅦ

「あの話、蹴っっちまって良かったのかよ?」



 ダン・ウィッチ村からアーカムシティに向かう道中、金狼氏が思い出したかのようにアザトースさんが持ちかけた案を振る。

 話というが、裏切りの提案だ。おいそれと決められるものじゃない。



「流石にアザトースさんの意見だけ聞いて裏切るのって後味悪くないです?」


「俺はヨグ=ソトースも悪意の塊だと思ってるんだが。と言うか、そんな超常的な相手に気後れしない時点で爺さんのやばさが窺えるんだが?」


「え、普通にお話ししてるだけで?」


「俺やくまは脂汗たっぷりかいてたぞ?」


「まぁそこら辺は場数を踏んでもらうとして。そう言えばスズキさん」


「|◉〻◉)はいはい」


「この街、アーカムシティだったよね。ミスカトニック大学とかあったりする?」


「|◉〻◉)あー、あの図書館ですか?」


【図書館?】

【ぜってーやべー文献眠ってる蔵書行く気だこの人】

【決めつけるなよ、まだそうだと決まったわけじゃない】


「あれ、大学だよね。今図書館になってるの?」


「|◉〻◉)はい。誰も何も学びませんから。オリエンテーション広場兼図書館ですよ、あそこ」


【おい、この町の識字率どうなってるんだ!】

【経済も破綻してそう】

【言うて経済必要か? 住んでる奴ら奉仕種族だろ?】

【王様の命令には絶対とか楽な政治だな】


「へぇ、統治者が変われば歴史も置き去りにされたりするんだね。じゃあそこに案内してもらっていい?」


「|◉〻◉)はーい5名様ごあんなーい」



 スズキさんの案ないのもと、町のそこかしこで寛いでるスズキさんにそっくりなサハギンを眺めつつ、例の図書室へと足を向けた。

 禁書の類が大切に封印されてると噂の場所までやってくる。



「爺さん、今更こんな場所で正気度削りかよ」


「ああ、いえ。ここなら世界の明確な地図とかないかなって」


「マップか。まだ判明してないのか?」


「してないですねぇ。現代とあまりに違いすぎて場所の特定ができてないんですよ。だから少し拝借して、そこへ逐一書き足していこうかなと。私もアーカムやダン・ウィッチ村の発展を止めてしまった以上、そこから先はこちらで引き受けないといけないですし」


「まぁな」


「よくわからないけど、神格を拠点に据えると歴史は止まるくま?」


「止まる、と言うよりは人類として築いてきた歴史は終止符が打たれますよ。以降、その神格と奉仕種族の時代が生まれますので人間の頃のようにいかなくなりますよね。言うなれば発展し続ける世界から置いていかれることになる。人類の進化とは真逆に進むわけですからね」


「つまり、ここに来た目的は歴史的蔵書の回収?」


「そう捉えてもらって構いません。発展途上ではありますが、ダン・ウィッチ村から比べれば随分と近代的ですからねアーカムって。きっと多くの役立つ文献が転がってることでしょう」



 すぐ隣でトランプで競うサハギンを横目にしつつ蔵書を漁る。

 なんで大学の図書館でトランプしてるんだろう、この子達。

 姉がコタツでくつろいでるから今更か。

 思考を放棄して図書館の禁書庫で反応のあった蔵書を取り上げることにする。



「お、これとかどうです? 正気度ロールがビンビン反応してますよ!」



 手に取った書物は不思議な感触のするカバーがかけられたものだった。



【その書物、人皮でカバーされてません?】

【触ると手が焼け爛れるやつ!】

【ルルイエ異本かな?】


「|◉〻◉)僕?」


【ご本人がおった!】

【そう言えばそうじゃん、御大がいるじゃんここ】

【随分と見慣れちまったからなー】

【もはや正気度減る可能性なくないか?】

【いや、ワンチャン水神クタァトの可能性も】

【今更そんな中ボス出されたって】

【うるせー、グラーキも中ボスだろ】


「はいはい喧嘩しないの。言語は……アトランティス言語ですね。水神クタァトについて書かれた文献のようです。一冊持っていきましょうかね。大丈夫ですかね、スズキさん」


「|◉〻◉)ハヤテさんが持っていくならお咎めなしですねー」


「第三者だとヤベーのか?」


「|◉〻◉)そりゃ泥棒したら僕の妹達が黙ってませんよ」


「妹ってさっきそこでトランプしてたサハギンくま?」


「|ー〻ー)あれは警備ですね」


【警備ザルすぎない?】

【ビーチでくつろいでるのはそのままの通りで、図書館でトランプしてるのは警備とはこれ如何に】


「|ー〻ー)あれは偽装です。真剣勝負をしてるフリをして見知らぬ御一行を注視してるんですよ。ふふふ」


「でもさっきご飯食べに行ったくまよ? 図書館はくま達以外もぬけの殻くま。負けた子の奢りだそうくま。警備してたんじゃないくま?」


「|◉〻◉)こ、交代の時間ですから!」


【リリーちゃん必至じゃん】

【いや、あんなにドヤった後にただ遊んでただけなんて言い出しづらいだろ】

【それより地図は見つかりました?】


「それっぽいものならあったよ。ほら」


【らくがきで草】

【これ、どこを示してるんですか?】

【それをマップとして扱ったら迷いそう】



 古代言語で描かれた地図はあまりにも古すぎて地殻変動が起きる前の地球を示していた。

 今現在の地図というよりは太古の地図の書き写しと言った感じ。使い道なんてあるわけがない。



「ふん、こんな蔵書焼き払った方が世のためじゃない? ここは悪意が強くて気分悪いわ」



 アール君が表情を顰めながら鼻をつまむ。

 そんなに嫌悪感剥き出しにしなくても良いじゃない。

 ほら、アーシェ君が縮こまってるよ。

 それを金狼氏が慰めてる。



「|◉〻◉)無断で焼き払ったら袋叩きにしますけどね。その覚悟があるならどうぞ」


「冗談を真に受けないでよね。性格悪いわよ?」


「この子の場合素なんですよね。性格が悪いのは褒め言葉ですよ、ね? スズキさん」


「|>〻<)僕は性格悪くないですー」


【どの口がそんなこと言うんですかねぇ?】

【飼い主から見放されてる幻影がいるってマ?】

【金狼と比べりゃ一目瞭然だよなぁ】


「|>〻<)うわぁん、みんながいじめます」


「よしよし。でも今回はスズキさんも悪いからね? ごめんなさいしてきなさい」


「|◉〻◉)あれ、これ僕慰められてなくないですか?」


【自業自得乙】

【あの状況でアキカゼさんが救ってくれるわきゃあない】

【大丈夫?】



 そんな茶番を挟みつつ、禁書庫を分担作業で手分けして探していると……



「ここ、懐かしい感じがする」



 アーシェ君が一冊の本を手に取った。

 正気度を削りながらも金狼氏が読み込んだものは……



「あ、これ断片だわ、ページ数増えた。正気度は少し減っちまったが」


「え、こっちにもあるの?」


「そうみたいだな。俺はもう必要ないが、これって後続のために使えないだろうか?」


「だったら市場で卸してみたら? こんなに住民から必要とされてない図書館、いつ壊されてもおかしくないし」


【市場、開拓出来てたんですか? 聖典側だけのものだったはずじゃ】

【出来てるよ、お義父さんが開拓したんだと思う】

【今どんなものが並んでる?】

【僕が出した素材か、お義父さんの出したステータスポイントぐらいしかないよ。断片とかおいた方が賑やかしになるんじゃない?】

【まぁそうそうためになるアイテムを取得できるやつとかいないしな】

【ハンバーグさんやん】


「確かに見慣れない項目あるくま。市場なんて普段から使かわないから頭から抜け落ちてたくま」


「俺にも見えたな。ここに登録すれば場所が違くても流通できるのか」


「そうだと思います」


「あれ、でも断片は突っ込めねーわ。なんでだ?」


「|◉〻◉)一応それ、貸し出しものなので。取引するなら所有主になる必要があるんじゃないですか?」


「そうか、じゃあアキカゼさん、頼む」


「頼まれました。題名はどうしましょう?」


「題名なんているか?」


「間違って買ってしまう人を減らすための売り文句ですよ」


「じゃあ【断片】屍食教典儀で」


「シンプルですね、お値段は?」


「値段も決められるのか?」


「と言っても、ここでは素材の物々交換、それに準ずる情報、割り振ってないステータスポイントのやり取りだけが判明してます。後続に受け取りやすくするためにどれを選択するかですね」


「じゃあ情報だな。受取人はどうせ爺さんだろ? だったらその情報をうまく扱える人物に渡った方が得だ」


「ついでに私の方でも情報を売りに出しておきましょうかね。求めるものは素材でどうかな?」


「素材なんてそうそう見つかるか?」


「なんだって良いですよ。???の鉱石でも、得意分野の人に渡せば判明しますし、そうやって色んな人の手を伝って文明は作られるもんです。情報だって一人で抱えてるより拡散した方がいいに決まってますって」


「爺さんに言われるとそう思っちまうな。だからってみんながみんなそういう考えじゃねーって覚えておいた方がいいぜ?」



 金狼氏が意地の悪そうな笑みを貼り付ける。

 今までの経験上、クラン同士での揉め事とかもあるんだろうね。心得ているさ。



「もちろん、言われっぱなしの私じゃないよ。ただ私の場合、掲示板に顔を出すことが稀でね。こうやって情報提供をしているつもりだけど、どうしたって漏れが出てくるんだ」


「そのための配信だったか。で、漏れとはなんだ?」


「私の配信って、魔導書陣営以外には砂嵐にしか見えないらしいんですよ」


「魔導書の後続育成にはこれ以上ないくらいのもんじゃねーか。聖典側に情報がいかない安全策でWin-Winじゃねーのか?」


「それだと平等ではないでしょ? 私の配信は魔導書や聖典も分け隔てなく見てもらいたい。そういうのを心がけてるよ」


「爺さん……親父以上に変わりもんだな!」


「兄ちゃん、言い過ぎくま」


【良いこと言ってるのにこの言われよう】

【MMOだと正直もんはバカを見るからな】

【秘匿してなんぼなところは確かにある】

【そんな奴らにそれをやれってのは酷でしょう】

【金狼とかAWOじゃ古参だもんな】

【古参ならシェリルだってそうだろう?】

【古参がポッと出のアキカゼさんに先越されりゃ、クるもんがあるのは分かる】

【ただのゲームにムキになりすぎ】

【ゲームは遊びじゃないんだよ!】

【遊びだぞ】

【言い合いになってて草】

【この議論ばかりは平行線だからしゃーない】



 取り敢えず頂ける物は頂きつつミスカトニック大学を出る。

 水神クタァトにまつわる蔵書の他に、アーカムシティの周辺地図、そこに空撮したダン・ウィッチ村の風景を掌握領域で一つにまとめてみる。



【力技of力技】

【そんな技使えるんならさっさと使っておけばよかったじゃないですか】

【これ、空ルートまた来るか?】

【この前変なの引っ掛けなかったっけ?】

【バックベアード様かな?】

【そう、それ】


「爺さん、またとんでもなくなってねーか?」



 金狼氏の呆れ声に、苦笑するリスナー達。

 もはや配信では見慣れた状況になるつつある掌握領域だが、初見だとこうも反応が新鮮なのは良いね。

 ついつい余計な動きを取り入れて披露したくなる。



【アキカゼさんの配信見てたらこれぐらい普通だよな?】

【もっととんでもねーことしてるし】

【雑談枠ってなんだっけっていつも思うもん】

【普通なら大見出しついててもおかしくないネタを雑談ですますのがアキカゼさんだし?】


「実際雑談でしょ? アザトースさんやナイアルラトホテプとの会談もあったけど」


【それだけで視聴率爆上がりなんだよなぁ】

【なんでもない風にいうのやめろ】

【それが出来ない子もいるんですよ!】

【それ以外のことスルーしすぎなんよ】

【さらっと市場開拓してるし】

【これ、後続が来ても目立たないまま終わるのでは?】

【ありそう】

【今からそっち行くのが怖くなってきたぜ】

【まずベルトが現れないことにはな】

【それ】

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