第37話 ドリームランド探訪 ⅩⅩⅥ

「アーシェもこっちに来れたくま? 兄ちゃんと一緒に来れて良かったクマね?」


「えっとくまさん。今まで黙っててごめんなさい。ボク、本当はプレイヤーじゃなくて……」


「くま?」



 突然の告白。困惑するくま君。

 アーシェと名乗り出た少女に、アール君がいち早く反応した。



「知り合いか、マスター?」


「一緒のクランメンバーくまよ。同期、と言うより初期メンバーの1人くまね」


「その女から妙な気配がする。汝は何者じゃ」


「待て待て、敵じゃねーよ。そう鼻息荒く詰め寄らないでくれるか? こいつが怯えちまう」



 詰め寄るアール君を牽制する金狼氏。

 修羅場かな?



「|◉〻◉)そういえば金狼さんの魔導書ってなんて名前のやつですか?」


「あん? それって今そんなに必要か?」


「彼女の場合はそこからフォローしたいと考えたのでしょう。これから一緒に行動するかも知れない仲ですし、どうです?」


「まぁ、確かに隠しておく意味合いもないわな。良いぜ、教えてやる」


「マスター!」


「良いんだ、アーシェ。遅かれ早かれバレる。それにこの人達ならアーシェが何者であっても嫌ったりはしないだろう。俺を信じろよ。そして俺の認めた連中もな?」


「はい……」



 観念したのか、はたまた金狼氏に丸め込まれたのか。

 いよいよ彼女がなんの魔導書の幻影か判明する時が来た。



「屍食教典儀、って知ってるか?」


「あー、ゾンビを従える系の?」


「その屍食教典儀であってる。アーシェはな、その幻影だ。俺たちと出会った時はプレイヤーとして紛れ込んで居たが、きちんとNPCで、最近正体を明かしてくれるようになったんだよ。家族にも隠してたことだ」


「|◉〻◉)グラーキを従えてる現在ではゾンビなんて別に珍しくもなんともないですけどね」


「というか、絶賛放浪中ですし?」


【なんだったらこれから向かう先でゾンビの徘徊する聖典側の元拠点とか見かけるかも知れませんよね? 今更今更】


「いや、ここまですんなり受け入れられてるとは思わなかったが。なんだよ、だったらさっさと白状しちまえば良かったな、アーシェ」


「うん」



 さまざまな葛藤があったのだろう。

 先に情報を得た彼ゆえの悩みもわからなくもない。

 彼女もまた何かの悲願を達成するべくプレイヤーの働きかけたのだろう。

 いや、だとしても今のいままで黙ってた理由はなんだ?



「屍食教典儀……モルディギアンを祀る教典だったわね。普通ならもっと警戒するのだけれど、何故か彼女達からは悪意そのものが感じられないわ」


「兄ちゃんはくまの兄ちゃんくまよ?」


「そんな説明で何を信じろっていうのよ! タダでさえ気が抜けない魔導書よ?」


「良いんだくま。そこら辺は俺もコイツも理解してる。そしてうちの神さんがこれからどんなことを望むのかもまた、な?」


「ボクを信じてください、とは言い切れないけど。悪いようにはしません。ゾンビと言っても知性のある人間と変わりない存在です。でもやっぱり心臓は止まってるので肉体は腐り落ちてしまいますけど。それで毛嫌いされたらやだなって」



 ああ、この子はそれが心配で今まで言い出せなかったんだな?

 プレイヤーは生きてる人間だ。

 ゾンビといえばホラー対象。

 本来なら身近に接触する相手ではない。


 その幻影たる彼女もまた不死属性。

 不死というよりはもう死んでるからそのことで起きる弊害を逐一気にしていたのだ。

 良い子じゃないか。何よりも思いやりがある。

 うちの幻影なんかよりよっぽどね。



「落ち着きたまえアール君。君が詰るべき対象はここには居ない。そうだね?」


「そうね、あたしが一番信用できないのはあんただもの」


「おっと、言われてしまったな」


「とすると、俺たちはそこまででもないのか?」


「俄には信じられないけど」


「あんた達の正体を知ってから危険度は未知数に変わったわ。でもね、本当の意味で未知数なのはそこの魚人の王なのよ。まったく驚異を感じないのにも関わらず、上位の神格を前に平伏しもしない。そんな状況を何度も見たわ。そしてそんな奴を放っておく事がどれだけ惨事を招くことになるのかもよく知ってるのよ」



 語るじゃない。完全に不審者扱いだよこれ。



「|◉〻◉)言われてますよ、ハヤテさん」


「言わせておきなさい。わたしという人間はね、そんな気がなくてもそう思わせてしまうモノなのさ」


「ウチの親父もそんななのかね?」


「|◉〻◉)犬のじーじ? あの人は結構偏屈ですよね。何かと対抗意識を持ってるというか、ハヤテさんに負けっぱなしなのを許せないというか、変な人ですよね。素直に負けを認めれば良いのに、頑なにそれを否定して食いついてくるんです」


「私たちの世代ってそういう人多いよ? 探偵さんとかダグラスさんとか。師父氏なんかもそうじゃない? ああ、AWO飛行部の山本氏もそれの典型だよね?」


「あれと同じクラスって考えたらまー納得だな」


「父ちゃん、そこまで偏屈くま?」


「くまの前ではそんな態度見せないが、俺の前では極端だぞ親父」


「くまー」



 思い出したのか苦笑いを浮かべる金狼氏にびっくりするくま君。



「何かは知らないけど苦労してるのね、あんたも」


「いやー、ははは。ボクはこんな形なので正直人の前に出るのも億劫というか」


「|◉〻◉)もっと自信を持って。僕だってやれたんだし、君もやれるって」


「うん、頑張るよ。ありがとう」



 幻影同士は案外仲良くやれてるみたいだね?

 よし、相談事は無事解決だ。

 なんの事はない、彼女は自分の正体が露見するのを怯えていただけ。

 うちのスズキさんに比べたらどれだけ健全かいうまでもないよね。騙し打ちしてこないし人を嘲笑ったりしないもの。




 そんなこんなでやってきましたダン・ウィッチ村。

 触手が練り歩いてる姿を見て早速正気度を減らした金狼氏が、アーシェ君と一緒に身を寄せ合っていた。



「爺さん達、よく平気だな。あんな奴らの前で」


「こうなる前を知ってるからね。気のいい人達だよ? 顔の判別はできないけど」


【草】

【ようやく話に割って入れるようになったな】

【ほんそれ】

【なんかどぎつい修羅場が来るのかと思いきや】

【ちょっとした告白程度だったし】

【リリーちゃんほどのスキャンダルでもなかったし】

【スキャンダル言うなし】


「ん? なんだこのコメントは」


「あー、今配信中です。カメラあるでしょ、そこ」


「これ、カメラだったのか? 溶けて変形してるから原型一切なくて気づかなかったわ」


「それです。イ=スの民に魔改造してもらって、こちらでも配信できる強度に作り替えてもらったんですよ」


「相変わらず想像の斜め上を行きやがる爺さんだな。こっちの方の配信は爺さんが初じゃないのか?」


「多分そうでしょうね。あ、気楽な格好で結構ですよ。どうせこれ雑談枠ですし」


【雑談枠で手に入れていい情報じゃないのはお察し】

【金狼もその犠牲になるのだ】

【草】

【会話の中にしれっと旧支配者混ぜるのやめてもらっていいですか?】


「無理です。だって彼らが話の主題ですし?」


【どのみち通常のモブですら神格な件】

【それなぁ】

【これ、新規配信者のハードル高すぎない?】

【多分シェリルも無理だと思うぞ?】


「聖典側にも同じような存在いると思いますし、そのうちやるんじゃないですか? 彼女ああ見えて負けん気強いし」


【100%アキカゼさんの影響ですわ】

【それな】

【それな】

【それな】

【それな】

【ここまでリスナーの気持ちが一つになった事があろうか?】

【そんな一致団結見とうなかった】



 このいつまで経っても脇道に逸れていく感じ。

 雑談枠に相応しいと思わない?

 攻略だったらもっと考察が捗るけどね、たいした話をしてないから別にいいんだけど。


 スズキさんを翻訳係にして私達は近所に引っ越してきたと言うアザトースさんのお引越し先へと赴いた。

 そこはかつてヨグ=ソトースさんが召喚された山のようで、近づくたびに底知れない神気が強まっていく。



[よくぞ参った。ナイ、茶を人数分用意せよ。寛大にもてなすのだ]


[茶柱は添えて?]


[それを我に聞く程汝は愚かであるか?]


[御意に]



 そこではコタツで暖を取るわたしのそっくりさんが二人居た。

 なんでコタツ?

 あー、一回スズキさんのに入って気に入ったな、この人。

 それをアザトースさんに教えて気に入られた感じか。

 その主従関係、嫌いじゃないよ。



「ありがとうございます」


[此奴の仕入れてきた情報によれば、貴殿はこのスタイルが大層気に入ってると聞く。これだけもてなしたのだ。期待しておるぞ?]



 その期待が裏切りを意味するのならコタツでお茶しただけで裏切れと? そんな安い男ではないよ、私は。



【なんだ、この構図?】

【2Pカラーと3Pカラーの見本市のようだ】


[そこの者共、我が神の前で不敬であるぞ? 首を垂れるか、死人の如く黙っているか。どちらか選ばせてやろう]


【コタツに座っておきながらこの威圧!】

【なかなかできるもんじゃありませんよ?】

【余波で誰か死にそうだな】

【一気に視聴者数減ってね?】

【今日は死に際台詞集はないのか】

【なにそれ?】

【ぐえーー死んだンゴって奴】

【お前ら、死にたいのか?】

【マジで強制ログアウトくらった件】

【ニャル様お怒りモードやぞ】

【マジモンの粛清だったwww】


「あー、これは無視していただけると有難いです」


[ナイよ、其奴らは放っておけ。どうせ何もできん]


[御意に]


[して、要件であるが。無論、引き抜きの条件はこれだけではない。アレを用意せよ]


[ハハッ]



 別カラーの私がスナップを効かせた指パッチンをすると、2Pカラーのナイアルラトホテプが何やらコタツの下から木箱を取り出した。



【コタツの中から出すなwww】

【これコントだったっけ?】

【絵面で笑わせてくるのやめろ】



 その内側からはクリスタルのオーブ。

 ガラスのように透明度を誇りながら、その内側に何かを写し込んで居る。

 その配置に私の脳裏に蘇った記憶と一致するものがあった。



「これは……マップですか?」


[厳密には違うがな。そして詳細でもない。だが原理は、一度記憶した配置をもとに浮かび上がらせるというものだ。この世界の成り立ちは知っていよう?]



 その質問内容は自称GMが出すには些か不自然な点が多い。

 これは担がれているな?

 そもそも神格の一つがGMなどおかしな話だ。

 どこからどこまで知っているか次第で対応を改めなければな。



「はて? 非常興味深い要件ではありますが。これに手を出すと後が怖そうだ。それにヨグ=ソトースさんを裏切る事はできればしたくない。そこで一つこちらからも提案をしたい」


[我の案を受け入れぬか?]


「いいえ。ここで決を出すのは些か早計です。そしてアザトースさんのお眼鏡に適ったのは誠に光栄ではありますが一つ懸念があります」


[申せ]


「本当に私なんかでよろしいので? 待っていれば私よりも活躍するプレイヤーは来ます。何故そのように急ぎたがるかが不明です。長命種のあなたが、我々プレイヤーの選別を待てない理由がわかりません」


[ふむ、ちと賢すぎるのも問題か。ナイよ、選定を見誤ったのではないか?]


[いいえ。これ以上の素材はそうそう見つかりません]



 素材? 私は何かの儀式に扱われる素材としてかの神々に認識されている?



[口が過ぎたな、ナイ。この交渉は何時の軽率さでご破産だ。責任の追求は後ほど行う。ではアキカゼ・ハヤテ。くれぐれも早まった真似はしないように。これは我からの忠告だ]



 彼の言動からは温かみが伝わってくる。

 対してナイアルラトホテプからは強い怒りを感じた。

 そりゃ崇拝するレベルの人からの提案を蹴るまでせずとも断ったのだ。彼からしたらありえない事だろう。


 わざわざ人の知識まで得て配慮してくれたと言うのにね。

 これは結構な地雷を踏んでしまったか?



[貴殿には失望したぞ。我が神の意を疑うなど何度殺しても気が収まらぬ]


「えー、それ私のせいなんですかー?」


【明らかにニャル様が口をすべらせたようにしか見えない件】

【おま、言ってやるなよ】

【あーあ、人類粛清されたらお前のせいな?】

【ここにいるのは魚類だけどな】

【触手もいるよ】

【じゃあ触手と魚類】

【絵面思い浮かべて吹き出したわ】


「なんつーか、厄介な神様に好かれたな、爺さん?」


「ねー。なんで私ばっかり変なのに好かれるかな? 全くもって理解できないよ」


「父ちゃんに好かれるくらいくま。きっとアザトースも放っておけなかったくま」


【素材的な意味で】

【きっと相当の値打ちものなんだろうなー】

【レア厨かよ】

【実際レアリティって大事だぜ?】

【わかる】

【神様ですらお求めになるんだぜ?】

【つーか、ここの神様俺らプレイヤーのこと素材扱いしてるって事だよな? 怖すぎない?】

【アキカゼさんほど目立たなきゃ興味も惹かれないから】

【そう考えれば安全だな】



 他人事だと思ってコメントは言いたい放題である。

 それはそれとして、たしかになんでわざわざ引き抜こうと考えるのか疑問が浮き上がる。

 まるで陣営に与していてはそれができないような言い草であった。

 それは契約で縛られてるかのような……契約?

 私ヨグ=ソトースさんとそんな契約結んでたっけ?


 どうもそこらへんの記憶が曖昧だ。

 クトゥルフさんなら知ってるのかな?

 でもスズキさんのような秘密主義っぽいし知っててもはぐらかしそう。

 そう言うとこまで私に似ないで欲しかったな。


 謎はさらに深まり、そして宛のない旅路は金狼氏も加えて別大陸に向けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る