第27話 ドリームランド探訪 ⅩⅧ

「いやー、はっはっは」



 これは完全に迷ったね。もはや笑うほかない。

 本当にどこだろうか、ここは?

 あたり一面、見渡す限りの珊瑚礁。

 魚群が巨大な塊を維持しつつ何かを示すように回遊し、しかしスクリーンショットにも何も映らない。

 もりもりハンバーグ君は地層チェックをしつつ、何かのメモを記していた。

 メモをとりながら、トレンチコートの裾から伸ばした触腕を器用に操り周囲を泳いでいく。

 すっかりここでの生活にも慣れたのか、景色を模写する余裕もあるみたいだ。どうやって色をつけてるんだろうかと突っ込みたいところはたくさんあるが、私がそういうのに疎いだけかもしれないから言わない。



【今更なこと言って良い?】

【なんだよ?】

【海中でメモ取ってることか?】

【今更だろ】

【海中でお絵描きしてようと今更とか言いそうだよな】

【海藻生えるわ】


「|◉〻◉)おっかしーなー、僕のダウジング棒はこっちを指してるんですけどねー。急に調子悪くなったぞ?」


【その手元でクルクル回ってるやつか?】

【そもそも扱い方きちんと把握してる?】

【ヤディスちゃんはどこいった?】

【さっき向こうの海域に流されてったぞ】

【ここの幻影達自由すぎひん?】

【主人が主人だからなー】



 なんだか言われたい放題な気がするけど、それこそ今更だ。



「もりもりハンバーグ君、何かわかった?」


「そうですねー」



 明後日の方向を見つめ、模写を描いてた手帳を懐に仕舞い込み、触腕を徐に伸ばして地面に吸い付かせて海中を歩いてくる。



「ここの海域の生態系は非常に面白いということが判明しました」


「どういう事?」


「本来この深度では深海魚ぐらいしか見かけないはずなんですよ」


「うん」


「でも中層の海域のように魚群が形成されています。それってその魚類を脅かす上位種が存在するって事ですよね?」


「そうだね。でもそれの何が珍しいの? 深海魚だって生存競争してるでしょ。確かにこの海域で生活する以上、独特の進化は経ている。それでも弱肉強食の世界だ」


「ああ、はい。それはそうなんですが、そんなに魚群を作って自分を強く見せる代わりにですね、その上位種らしい存在の影も形も見つからないんですよ。不思議なことに」


「えっ」



 それは確かにおかしいね。

 もりもりハンバーグ君はメモを添えて私に逐一説明をしてくれた。



「その魚群を作ってる魚は多分この世界特有のモノだと思います。地球ではまだ未発見の、生物です。なんとなくこの生物、お義父さんのところのスズキさんに似てるんですよね」


「サハギンの始祖みたいなもの?」


「そうかも知れません。しかしあそこまで人に近い手足が生えてない。まだ魚の領域のままです」


「うん、それで?」


「そんな魚類の上位種みたいな存在が逃げ回る生物がこの海域のどこにも見当たらないんですよ」


「夜行性の可能性もあるんじゃないの?」


「その可能性も踏まえて陽光操作でチェックしてます。しかしそれらしいものは特に」


「じゃあ本当に謎の敵に怯えてるだけなんだ?」


「だからこそ我々が探してる神格の影がここら辺にあるのでは、と睨んでます」



 手帳を畳み、懐に仕舞う。

 その確信めいた物言い。やはり彼は探索者としても素晴らしい。前回は活躍の機会こそなかったものの、一緒に行動してこれほど頼もしい人物もいないよ。



「|◉〻◉)ハヤテさーん、こっちに来てください!」



 ちょうどその時、スズキさんからの掛け声。

 何かを見つけたようだ。

 スズキさんのダウジング棒が引力に引かれるようにその場所を指し示していた。



「ヤディス! スズキさんが何か見つけたようだ。そっちはどうだい?」


「匂いは確実に近づいてきてる。でもまだ姿が見えない」


「嗅覚ですか?」


「はい。本来鼻なんて持たない彼女ですが、幻影になった時に匂いという形で嗅ぎ分ける技能が生えたようです。ガタトノーア様の匂いは懐かしく、聖典側の匂いは鉄臭く、そして信仰の異なる神様はすえた匂いがするそうです」


「私は?」


「ノーコメントで」


【ワカメ】

【絶対磯臭いとかだろ】

【おい今ワカメって言ったやつ誰だ】

【海の中での草といったらワカメやろ】

【この人アキカゼさんのこと信頼はしてるけど信用はしてないよな】

【それwww】

【海藻=わかめは極論すぎるんだよなぁ】

【昆布!】

【海苔!】

【おい、コケ混ざったぞ】

【苔も草っちゃ草だろ】

【別物なんだよなぁ】


「なるほどね。それでスズキさんは何が見つかったの?」


「|>〻<)わかりませんー」



 スズキさんが引力に負けて引きずられてる。

 ダウジング棒が磁石かなんかだったの? ってくらい引きずられた。しかしそこには何もない。

 ただ虚空が広がってるだけ。そしてついに行き着くところまで行った結果。



「|◉〻◉)あっ」



 スズキさんの体がその場からパッと消える。

 いや、スズキさんの体だけじゃない。

 それ以外の景色も、空間ごとぽっかりと穴を開けていた。



「何が起きた!?」


「お義父さん、それよりスズキさんを!」


「あ、彼女なら残機無制限ですので。私が存在してる限り大丈夫ですよ。次のスズキさんは上手いことやってくれる事でしょう」


「|◉〻◉)前の僕はダメダメでしたが、僕はアレより上手くやってやりますよ。へっへっへ」


【なんかパラノイアじみてきたな】

【アキカゼさんがウルトラバイオレット様で昆布】

【ちくわ大明神】

【なんだ今の?】

【今回のリリーちゃん、ガラ悪くない?】

【性格設定までランダムかよ】

【当たりの性格出るまで突撃繰り返すのか?】

【アキカゼさんの普段の扱いがひどいのはこれを知ってたからか】

【それより原因不明の怪現象について考えようや】


「つまりあの怪現象に怯えてスズキさんの祖先は魚群を形成していた?」


「その可能性が高そうですね」


【しかし問答無用で食われたな】

【実際ホラーだろ、こんなの】

【身を寄せ合いたくなる気持ちもわかるわ】

【しかしああも問答無用だとまとまる方が危なくね?】

【その前の吸い込み攻撃でバラけても無駄そうだけどな】

【しっかし姿が見えず、吸い込み攻撃をしてくる神格なんていたか?】

【透明人間】

【アレは見えないだけで実態があるだろ】

【まず人間はあんなに手当たり次第食べないでしょ】



 それは確かにそうだけど。

 私たちはここにくる道中で何か見落としてるのではないか?

 そんな気さえする。



「ヤディス、奴のにおいはどれに属する?」


「うーん、懐かしくはないけど、どこか近い。すえたにおい」


「こちら側の神格である事は確定のようです」


【この幻影の能力差ときたら】

【リリーちゃん食われただけじゃない?】

【次はもっと活躍するから】

【見てろよ見てろよ】

【煽ってやるな。若干びびってるじゃんか】


「|◉〻◉)び、びびってねーし」


【本当に小物だな、この子】


「誰に似たんでしょうかね」



 私の質問にコメントは沈黙を貫き通す。

 NGワードが何かみんな知ってるようだね。

 さて、危険が迫ってるのもあるが、探索は続行する。

 だが問題はその暗さだ。


 先程までは確かに海底、それも深海とあって陽も当たらぬ真っ暗闇だったが、陽光操作を全身に纏って仕舞えば辺りはぼんやりと光を照り返す。


 

「流石お義父さん、この暗さに目が慣れてしまったので僕は気にしてませんでしたが。流石に足元まで暗いのは些かおかしいですね」


「ええ、深海は暗いのが当たり前ですが、さっきはここまで暗くなかったよね?」


【そうだっけ?】

【よく見てなかった】

【どこに注目すれば良いかは人それぞれだし?】

【いや、その観察力が問われるのがドリームランドだから】



 私が体に纏う陽光操作の出力を上げてる時だ。

 闇がそっと陽光を避けるように遠ざかった。

 なるほど?その闇が本体か。闇そのものが神性か?



「おっと、マヌケが尻尾を出しましたね」


「流石です。追い詰めますか?」


「どのみち放っておけば被害に遭うのは我々です。いずれにせよここで戦っておいて損はないでしょう」


「ですね」



 逃げる闇に対して私ともりもりハンバーグ君、そして失敗を返上するように参加したスズキさんによるさん方向からの陽光の照射で臆病者はついにその姿を表した。



<バグ=シャースが現れた>



 それは人間のような目と口に覆われたゼリー上の生物。

 先ほど見たように食欲旺盛で、数多の口から先程の魚影とスズキさんの足が見えていた。



「|◉〻◉)僕の仇ーー!」



 そこへ飛び込んでいくスズキさん。

 見えていれば怖くないのか、疾風迅雷の如き突き技がバグ=シャースに吸い込まれ、



「|◉〻◉)ぎゃぁああああ」



 そのまま食べられた。

 うん、だろうと思ったよ。



「お義父さん、アレはなかなかに近づけない相手のようですが」


「技を使うタイプではない。その上で食欲が武器になっている。消化器官の類は見当たらないし、私とも相性が悪そうだ。でもね、幻影がやられてハイそうですかと逃げるのも格好がつかないものだよ」


「ええ、僕も同じ思いです」



【バグ=シャースとかマイナーな神が出てきたな】

【神は神だろ】

【しっかし大食い系とか、ガタトノトーア様の下位互換?】

【これは侵食対決とみた】

【なんだその結果のわかってるバトル】

【それでも見つかったらしつこいやつで有名だぞ】

【近づいた奴絶対殺すマンやん】



 それでも地形を掌握領域で相手の前にワープさせて攻撃をいなしていく。

 戦っていってわかったことだが、バグ=シャースは物理攻撃が効かない。見た目でわかるものだが、無効じゃなくて物理的に接触したら食べられるという意味だ。

 その上遠距離攻撃の魔法もレーザーも通用せず、クトゥルフの腕も半分食べられかけた。

 とんでもない大食いだ。


 一方でもりもりハンバーグ君の侵食攻撃も効果が薄い。

 コメント欄では圧倒的有利との下馬評がついているが、難航してるようだ。

 そもそもそれはガタノトーアご本人の場合の下馬評。

 心を通わせているとはいえ、まだ私のように後継者として認められてない彼には荷が重いのだ。

 それでも古代獣を囮にしてる間に肉の芽を埋め込み、ようやく侵食開始。


 一つ分かったことだが、バグ=シャースは食事中は一切の攻撃が止まる。しかし食べる速度が尋常じゃないからすぐに臨戦態勢に戻ってしまうのだ。

 そこで規模が山二つ分くらいある山田家をスズキさんと合体させて分身アタックをけしかけている。


 スズキさんが突っ込む→食べられるの無限連鎖で時間を稼ぐ寸法だ。スズキさんの小さい体だと1秒も持たないが、これが山田家なら20秒は稼げる。


 そしてついに肉の芽がバグ=シャースの肉体制御を完璧に乗っ取ったところで戦闘終了。

 無数のスズキさん+山田家の残骸が海底を舞い、私たちのストレージにバトルリザルトが流れた。


 バグ=シャースの魂片×10

 シュブ=ニグラスへの手がかり1/10



「もりもりハンバーグ君は何貰えた?」



 この手の報酬は基本ランダムが多い。私はそれとなく教えるけど、彼は何を引き当てたのかなんとなく気になった。



「僕はダンジョン素材の魂片×10と、ニョグタの生息地へ至る手がかりでした。お義父さんは?」


「魂片は同じで、私はシュブ=ニグラスの生息地を記した生息地への暗号。それも同じようなのをあと9個集めないと場所が判明しない奴」


「あぁ、上位神格ですもんね」


「ニョグタだって上位じゃないの?」


「流石にそちらと比べたらまだ弱いですよ」


【この人らの基準の弱いが俺にはわからない】

【いずれ慣れてくるで】

【慣れる、のか?】

【慣れないと無理だろ、だってダンジョン素材だぜ?】

【ダンジョンが今から恐ろしくて仕方ないんだが……】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る