第20話 ドリームランド探訪 ⅩⅠ
「さて、お話はこの辺で。私はそろそろ行くとしよう」
情報量の多さに頭を抱え始めたとりもち氏を見下ろし、私はおろしていた腰を上げて足元を払った。
日陰で休んだことによって随分と楽になった。
でも、それ以上にここにいると厄介な存在を呼び寄せてしまうような予感がしたのだ。
「おや、もう行かれてしまうんですね。あまりお構いできずに申し訳ありません」
「いや、こちらも良い情報が聞けたからね。それにやることもできた」
トレンチコートを翻し、一歩進んだ先。
足元にジュッとレーザーが照射される。
とりもち氏ではない。
……どころか、これらを撃った相手は目視できる距離にはいなかった。
「あの人、どうやらこの場所をかぎつけてきたみたいですね」
とりもち氏も立ち上がり、開いていたシステム、陣営チャットを閉じていた。
どうやらそのチャットから場所を割り当ててきてしまったらしい。
ビーム照射ができる相手なんて限られてくる。
そしてとりもち氏のこの困った様子。
シェリルではない。新しく入ったもう一人か?
或いは……
「まったく、こちらは事を広げるつもりはないというのに。僕が援護します、アキカゼさんはその隙に撤退してください」
「いや、どうせ私が招いた事です。お相手しますよ」
「ですが、身内の不始末をそちらに取らせる訳には……」
「引き止め役ご苦労、とりもち氏。実にいい演技だった」
そこに現れたのはやはり探偵さんだった。
側にはスプンタ・マンユとアンラ・マンユが控えている。
もはやその姿は探偵というより悪役のようだ。
「君ぃ、突然現れて酷いね。私に何か恨みでもあるのかな?」
ハンチング帽を被り直しながら腰に挿したブーメランを構える。
「すいません、僕、こんなつもりじゃ!」
とりもち氏はスジャータの手を引き寄せて私から距離を取る。
「もちろん、今回はこの人の独断行動。君が関与してないのはわかっている。そしてこの場所で戦いもしないさ。さーて探偵さん、どうして君は私にこだわるのかな?」
「それは勿論、こういう機会でもなければ君と戦うことはできないからね」
その回答はあまりにも当たり前のように。
同じクラン、そして考察勢。
お互いにPVPは苦手だと言っておきながらこれだ。
「それが君の本音かな? しかし他人を巻き込むのは良くないな。今回の大戦も捨てる気かい?」
「いいや、ずっとチャンスを伺っていただけさ。リベンジも兼ねてね。いざ尋常に勝負と行こう」
「君のそういうところ、嫌いだよ。変に押し付けがましくて、自分よがりだ」
「それを君に言われるとは思わなかった。アンラ、プランβ」
「オッケーマスター」
砂漠の街、太陽光を反射させる屋根の上から身を翻す。
着地は鮮やか。その時点で人間技ではない。
アンラ君はその自己犠牲によって相手を縛り付けるデバフ効果があった。
そしてスプンタ君の攻撃はアンラ君に100%必中。
必要悪という役割をこのように仕立てあげるか。
探偵さんはと言えば。何かのリングをベルトに翳してカードを引き出す。そのカードをこちらに見せるようにして翳し、それをレムリアの器の拡張ケースに差し込んでいた。
その格好がいちいち変身ヒーローっぽいのがまた様になっている。
屋根の上でライダースーツ姿に変身し、控えていたスプンタ君がレムリアの器の拡張パーツへと変貌。
それは二つの銃を繋げて高威力の銃にする様なポージング。
そしていつの間にか姿を表したアンラ君が私の背後より近づき、そのままお腹に腕を回した。
そこへ狙いをつけたビーム照射。
普通ならそこで私は成す術もないのだけど、
「甘いよ。私がそんなものに当たるとでも?」
武器の属性がレーザーであるならそれは大量の水で屈折できる。目の前に展開した水操作。中に幾つか氷が混ざれば屈折率だって高まる。が、
その水を避けるように不意にビームが曲がって、いや、雨のように分散して、私に向かって収束する。
これはあれだ。事象の確定。
アンラ君に絶対に当たると言う原理を生かしたとってもシンプルな戦術だ。
「へっへ、観念するッスよ?」
「うーん、君はうちのスズキさんと仲良くしてくれたからあんまり倒したくないんだけど」
ちなみに仲間内のダメージは判定に入らず、私にだけダメージが通る。これは以前アーカムシティでも検証したので確かだ。
ならば──
「──〝掌握領域〟」
「領域展開もしてないのにそんなブラフに引っかかるなどっ!」
「誰がしてないなんて言いました?」
「そんな、とりもち君に遠慮して片付けたんじゃ!?」
確かにそのように言った。
彼は私の事をよくわかっているからね、相手がどう動くか考察を立てて、ここが襲いどころとどこかに潜伏していたのだろう。
何故こうもなりふり構わなくなったのか定かではないが。
私は薄く弱めていただけだ。
知ってる? 領域展開すらもまた、掌握領域によって取り込める事を。
私はその領域を元に戻しながら拡散したビームをクトゥルフの鷲掴みで握り込んだ。
侵食対抗!
ビームには浄化効果が載せてある。
私の侵食100に対して探偵さんの浄化は25載っている。
残念ながら浄化に対して侵食は貫通効果があるようだ。
ビームは私の侵食によって握りつぶされる形となった。
「ずるいぞ! 少年! インチキだ!」
屋根の上で必殺の一撃が決まらずに地団駄を踏む探偵さん。
まったく何がしたいのかさっぱりだね。
「突然襲ってきたそっちに言われたくないよ。文句があるならまず先にこっちに降りてきたらどう?」
「いや、辞めておくよ。そっちに寄ったら君のテリトリーに侵入することになる。それは流石に分が悪い。今日はただ顔見せに来ただけだよ。本気で戦うつもりもない。また会おう、ライバルよ。アデュー!」
それだけ言って探偵さんは颯爽と退散した。
いつの間にか背中に抱きついていたアンラ君も消えていた。
相変わらず逃げ足の速い。
本当、何しに来たんだろうね、あの人?
「良かった、大事にならなくて」
「悪いね、うちの同級生が」
「いえいえ、むしろこちらこそご迷惑をおかけしまして」
何故か二人で謝りあって、苦笑する。
どちらも悪くないのに、すっかり謝るのが癖になってて可笑しくなってしまった。
「まったく、あの人も自由すぎて困りますよね」
とりもち氏も同じ陣営だから余計に悩みが尽きないらしい。
「彼は昔からあんな感じだよ。自分が正しいと思ったら一直線さ。ただ60にもなって一向に収まる気配を見せないのはさすがと言うかなんと言うか。まぁ彼なりの茶目っ気なんだろうね」
「あれで茶目っ気!?」
驚愕に目を見開くとりもち氏。
信じられない気持ちもわかるけど事実だよ。
「私だからそう受け取れるのかもね」
【普通は宣戦布告されたって思うで?】
【ほぼ殺しに来てるんだよなぁ】
【アキカゼさんだから死ななかっただけッピ】
【顔見せで必殺シュート撃つ同級生とか嫌すぎる!】
【何気に幻影との絆値も上げてた可能性も微レ存】
【もう行動が支離滅裂じゃねーか!】
【正義とは一体……】
【聖典は別に正義じゃねーからな】
【それ、人類を試練を課す神様しかいねーし】
【知ってた】
【草】
さて、これ以上ここでイベントは無いよね?
再度領域展開を掌握領域で握り込んで圧を消す。
これ便利だな、霊樹に対しても通用すれば楽なんだけど、ダメかなぁ?
「じゃあ今度こそ私は行くね。クリアは急ぐ必要はない、君は君のテンポで進むといいよ」
それだけ言って私は軽いステップを踏みながら砂漠地帯を後にした。
街から距離をとって再び握り込んでいた領域を広げる。
やはり海はいい。
気だるい暑さも一発で解消されるし。
「|◉〻◉)ハヤテさん」
そんな時、私の影からニュッとスズキさんが生えた。
相変わらず唐突だね。
「やぁ、どうしたの? 寂しくなった?」
「|◉〻◉)いえ、ダンジョンが出来上がったので様子を見てもらいに来て欲しいんです」
「成る程」
私は周囲を振り返り、コメント欄に質問した。
「そういえば、ここ、どこ?」
【草www】
【砂地は特にマッピング殺しですからね】
【東西南北がわからん限りは】
【そもそもアキカゼさん方位磁石などは?】
「ないよ」
【開き直った!】
【この人今までどうやって探索してたんだ?】
【方位磁石も地図も無しに探索とか自殺志願者かな?】
そんな時、スズキさんが私の腕輪を引っ張った。
ああ、成る程。もりもりハンバーグ君は彼を使って目的の場所に辿り着いたらしいものね。
私にもそうしろと言うわけだな?
「と言うことで出てきてください、仕事ですよ」
[今留守中だ、後にせよ]
「|◉〻◉)つ凸ピンポーン、ピポピポピポピポーン」
【チャイム連打やめれ!】
【居留守使ってる方が悪いんだよなぁ】
【知ってるか? 今呼び出してる邪神、作品によってはラスボス張れるお方なんだぜ?】
【既にお笑いの才覚が芽生えてしまわれたからな】
[不敬であるぞ、人類め!]
【ぐえーー死んだンゴーー】
【粛清された】
【やっぱりご在宅じゃないですか】
【居留守見破られてて草】
[何用だ、アキカゼ・ハヤテ。我の呼び出しに回数の制限があるのを知らぬのか? 今日はもう働かぬぞ?]
【なんで駄々こねてるんやろ】
【きっと誰も敬ってくれないからだぞ】
【ここに来るとクトゥルフ様のホームやからアウェー感すごいんやろな】
【それかwww】
【神格がそんなに器量ちっさくてどうするんですかwww】
[もう面倒だ、口を慎め人類め]
【ぐえー死んだンゴーー】
【ぐえー死んだッピ】
【ぐえー】
【死に様バリエーション増えた!?】
【バリエーション言うなし】
【複数キルとは流石ナイアルラトホテプ様やで】
【恐ろしや】
[ふふん、そうだ。もっと恐れ慄け。我は誇り高き神格なのだからな]
すっかりコメント欄に敬われて、気を良くしたナイアルラトホテプが窓の向こうから現れる。
茶番もこなすようになって、すっかりお笑いの才覚に目覚めちゃってまぁ。
[来てやったぞ、アキカゼ・ハヤテ。それで、要件は何だ。つまらぬ要件であれば帰るからな?]
2Pカラーの私がふんぞりかえる。
これ、ただの拠点移動って知ったら怒られる流れじゃない?
結局怒られることはなかった。
それと言うのもダンジョンの発掘はナイアルラトホテプにもなし得ない事であるからだ。
ナイアルラトホテプ曰く、ダンジョンが増えれば増えるたびに魔導書に与する陣営の行動力が加算されるらしい。
聖典の霊樹と対を為す施設らしく、ナイアルラトホテプが直接関われない。
これらはプレイヤーが手をつける以外で増えることはなく、そして壊すのはナイアルラトホテプと同格の聖典側の神格でなければダメらしい。
つまり一度ダンジョンを作ってしまえば拠点を略奪される危険性がなくなると言うわけだ。
相手がナイアルラトホテプと同格の神格を連れてなければ。
まぁここら辺はシェリルも対策を練っている事だろう。
実際魔導書陣営と聖典陣営でどれだけの拠点を持っているかはわからない。
各陣営ごとにチャットは解放されてるが、イベント関連のチャット、掲示板などはないので情報を交換する場が限られていると言うのが問題だった。
しかしこれで一時的にも略奪の危機がなくなると言うのなら、魔導書陣営は拠点を増やす一方なのでは?
そう考えていると、
[それはできぬ相談だな。ダンジョン製作は一人頭で作れる上限がある。人数を揃えん限りは焼け石に水よ]
流石にそんな上手い話はないか。
しかしこの人何でも知ってるなぁ。
「つまりある程度は拠点の掠奪はありきで考えていたほうがいいと?」
[人類が増えぬうちは一進一退であろうな]
「|◉〻◉)で、僕の作ったダンジョンはどうです?」
[我に採点をせよと?]
階段の先、地上に置き捨てられたコタツを見てナイアルラトホテプが苦渋の表情を向ける。
その表情はそれ以前の問題だと言いたげだ。
通路の向こうではショゴスがひょっこり顔をのぞかせている。
たった一匹のショゴスがだ。
確かにその向こうは入り組んでいるが、それはナイアルラトホテプが思い描くようなダンジョンでないことは確かである。
[0点だ、馬鹿者め!]
「|◉〻◉)ひどい!」
この人、結構大人気ないところあるよね。
泣き叫ぶスズキさんと、それに縋り付くショゴ太郎。
なんか可哀想になってきたからスズキさんにショゴスを召喚するリングを貸してあげることにした。
また勝手に名付けとかするんだろうなぁと思いつつ、私はその場を後にした。
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