第8話 そうだ、撮影旅行にいこう Ⅴ

「どこから回ります?」


「気になっているのはマナの大木だけど、先に街を回ろうか。普通の銀鉱脈が近くにあるらしいけど、そこも行ったことないんだよね」


「行くところがたくさんあってお得ですね!」


「普通に遊んでたらこうはならないはずなんだけど、私たちにとっては都合がいいか」



 街に入る前にカメラのシャッターを切る。

 もりもりハンバーグ君も言っていたように、下からの景色も残しておいた方が後で比べた時などに違いがわかりやすいからね。

 空からの景色に見慣れている分、下からの景色は貴重になりつつあった。


 そして街に入る前、見知った物体が門の前でだらけていた。



「あれ、アキカゼさんくま?」


「やぁくま君。散歩?」


「くまー、ちょっと正義のヒーローごっこしてたくま」



 そこにはジキンさん家の三男坊の森のくま君がが街の門の前で日向ぼっこ(?)をしていた。


 そしてその目がスズキさんを捉えてじゅるり、と唾液を垂らす。口調こそは気さくでありながら、スズキさんに送る視線が肉食獣のそれへと変貌している。



「この子はうちの身内なので食べちゃダメですよ?」


「残念くまー。美味しそうな香りがするくま。お腹が空いてきたくまー」



 今のスズキさんはサハギンスタイル。

 だからかどうかは知らないけど、私の背中に隠れるようにして、袖にしがみついていた。

 そういえばムッコロさんにも苦手意識持ってたような?

 プレイヤーの野生種には何か秘密でもあるんだろうか?

 

 それはさておき、話をスズキさんから離すべく話題を振る。



「そういえばくま君はPK活動してたんでしたっけ?」


「厳密にはPKKくま。レッドネーム以外には優しいくまさんくまー」



 その場でガッツポーズを取って見せるくま君。

 しかしリアルそっくりの彼が愛嬌よく語ったところで怖さは微塵も隠せてない。子供が目にしたら泣きそうだ。



「君の厳つさの前には子供も泣き出すんじゃないかな?」


「痛いところを突かれたくま。お陰で娘はまだ呼べそうもないくまね。リアルと違いすぎてギャン泣きされそうくま」



 いや、君のリアルは知らないんだけど。

 ジキンさん曰く優男らしいけど、こっちの姿しか知らないんだよね。リアルのジキンさんは狸親父だけど。



「それがいいよ。しかしヒーロー活動とはね、その腰に巻かれたベルトも関係してるのかな?」



 そこには魔導書の系列らしきベルトが巻かれている。

 毛皮の中に埋まるように、しかし太陽光を弾き返すベルトは禍々しい気配を漂わせていた。



「全く見に覚えがないくまけど……きっと正義の心に反応してると思ってるくま」


「ベルトが巻かれただけでは参加資格になりませんからね」


「そうくま?」



 スズキさんが補足を入れる。

 くま君自体は特に興味なさそうにしている。

 イベント云々より、ごっこ遊びができれば満足らしい。

 これ以上身内で参加されたら、スーパー身内合戦が勃発してしまう。彼には諦めてもらうように諭そう。



「確か神格召喚してやっとなんだっけ?」


「ゲートキーパーから認知されませんといけませんからね」



 ゲートキーパーと言うと、ミ=ゴの民か。

 確かにあの人達と出会って削れないほどの正気度、恐怖耐性は必要だもんね。



「よくわかんないけど、くまの正義活動の障害にならないんならいいくまね」


「君は誰かの正義に踊らされるより、自分の正義を貫く方がお似合いだよ」


「くま! やっぱりアキカゼさんはわかってるくま!」



 その通り、と言うようにくま君は立ち上がり、森の方へ四足歩行で駆けて行った。

 流石野生種。動きに人間らしさがまるでない。

 でもああいう無駄な行動している人に案外フレーバーが蓄積したりするんだろうね。

 そんな気がしてならない。



「ふー、生きた心地がしませんでした」



 スズキさんがコートが皺になるくらい強く握りしめていた手を離した。

 いまだに肌を震わせている。そんなに怖かった?



「ああ見えていい子なんだけどね」


「僕を見る目は捕食者のそれでしたよ?」


「多分本能的なやつなんだろうね」


「当分森には近寄れそうもありません」



 テュポーン戦では自ら捕食されに行ったのに、何が違うんだろう? テュポーンとくま君。前者と後者では前者の方が圧倒的に怖いのに、何故か彼女はくま君に怯えた感情を示した。

 プレイヤーとNPCで何かあるのだろうか?

 ともあれ怯える彼女を押して森に行く必要はない。



「そうだね、森は後回しにしようか」


「それがいいですよ!」



 元気になったスズキさんに引っ張られながら私達は歩き出す。

 街のバザーで銀製品を大人買いしたり、魚類にならないかの勧誘をして断られたりしながらあちこち撮影していく。


 隣ではソフトクリームを手にしたスズキさんが美味しそうの頬張っている。その絵面が面白いので思わずカメラを向けてしまったが本人は気にしてないようだ。

 もしこれがルリーエの姿だったら様になるが、マリンに注意されかねないのでそっと胸の内にしまっておく。



「さて、街の中は特にこれといった風景はなかったね」


「領主邸の奥は行かないんですか?」


「以前行ったからね。それよりも私たちの尾行をしている人達に出てきてもらおうか」



 くるりと後ろを振り返り、先程から私達の後ろをついて回っていた下手人に出てくるように声をかける。

 そこで出てきたのは……探偵さんと見知らぬプレイヤーだった。



「やぁ少年。奇遇だね」


「初めまして。僕はこれこれこう言うもので」



 名刺のようなものを受け取り、拝見する。

 そこにはこう書いてあった。



 >>0001の人、と。

 意味がわからないので尋ねてみると、探偵さん曰く彼は聖魔大戦の掲示板に初書き込みをした人で、情報をまとめているプレイヤーらしい。

 本人もベルト所持者で、探偵さんに押しかけて話を聞いてる時に私の姿を発見して悪いとは思いつつも尾行をしてたとかなんとか。



「だったら普通に声をかけてくれたらいいじゃないの。私そこまで無碍にしないよ?」


「僕はそうした方がいいと提言したんだよ? けど彼が少年は放っておいた方が大発見をするだろうからついていきましょうと言うんだ」


「それはありますねぇ」


「だよね?」



 何故かスズキさんが話に加わり、私をディスりはじめる。

 君、どっちの味方なの?



「それより少年はセカンドルナまで何をしに? 今週は配信はお休みなのかな? 僕としてはそれを楽しみにしてるところもあったのに」


「そう言う探偵さんだって乗り物の管理はしなくて平気なの? サブマスターが人が来なさすぎてやけ食いしてたけど」


「ああ、うん。セーブ枠が増えて乗り物枠とは別にパワードスーツを開発運用しててさ。その性能テストも兼ねてこうして古代獣を巡っているのさ。彼はその時に声をかけられてね」


「顔見知りというわけじゃないんだ?」


「初見だよね?」


「です! 機関車の人から直々にお話が聞けて大変参考になりました」


「はぁ、全くしょうがない人達だ。私はただ撮影旅行がしたかっただけなのに。カメラを作ってくれたプレイヤーさんの為にも、趣味の撮影に注力できると思って配信は一旦辞めてるんだ」


「あ、そういう企画?」


「それじゃあ邪魔するのも悪いですね」


「まぁ、こちらが探さなくても向こうから怪異が寄ってくるからね。丁度いい、君たち肉盾になってくれない? その間私は撮影に集中するから」


「そんな誘いで乗ってくるプレイヤーが居るとでも?」



 探偵さんは嬉しそうにハンチング帽を目深に被り直す。



「そうですよ、普通は辞退します」



 >>0001氏も居住まいを正してにこやかに向き直る。

 なんだろうね、この開き直りの良さ。

 ベルト所持者ってみんな変わり者ばかりなのかな?



「そう言いつつ二人とも乗り気じゃないですか?」


「そりゃ、ねぇ? こんな好機逃す方がどうかしてますよ」


「何しろ僕たちは普通じゃない。ベルト所持者だからね。どんな怪異でもどんとこいだ!」


「何でもかんでも来られたら困りますけど、向こうから寄ってくるのなら手間が省けるというものです。アキカゼさんの探索能力、拝見させて貰います!」


「こっちはただ写真を撮影したいだけだからね。何も出なくても文句言わないでよ?」


「はいはい、素振り素振り」


「なんでスズキさんも向こう側の肩持つの?」


「すでに二つも地雷踏み抜いた後ですからね。持ってるってわかってますから」



 探偵さんと>>0001氏の表情がニヤニヤとした気がする。

 ほらー、変に興味持たれちゃったじゃないの。

 これ以上厄介なことなんて懲り懲りだよ?

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