第7話 そうだ、撮影旅行にいこう Ⅳ

 赤の禁忌から風操作で距離を測り、傘をパラシュートがわりに開いて優雅に降り立つ。


 場所はファストリア中心地から少し外れた場所。

 街をぐるっと囲う壁の一部。

 ヘビーの卵を発見した物見櫓ではなく、巡回警備用の一般通路だった。

 

 この場所から見下ろすファストリアも絶景だ。

 ただ時間が悪く、逆光が強い。別アングルから数枚シャッターを切り、先に街に降りてたスズキさんと合流。

 リードを手放すなと周囲の人から苦情を受けつつ、街を練り歩いた。

 そんな時、見知った顔を発見する。



「おや、もりもりハンバーグ君じゃないか」


「あ、お義父さん。ご無沙汰してます」


「確か五の試練攻略後以来だったよね。フィールは元気してる?」



 もりもりハンバーグ君はリアルのウチの二番目の娘の旦那さん。出会った当時は知らなかったけど、娘と和解してから紹介されて、その時改めて自己紹介を交わしたっけ。



「相変わらずですよ」


「そうか、あの子は誰に似たのか我儘でね。苦労をかけてないといいけど」



 会話の途中でスズキさんにブーメランを引っ張られる。

 何? 今お話し中だから後にしてくれる?



「ははは、もう慣れたものですよ。それよりお義父さんはこの街に何用で?」


「ああ、私は趣味でね。時間が悪くて絶景とまでは行かなかったけど、せっかく暇になったんだし、普段見えない街の風景なんかをとっておこうと思って」



 そう言いながら先程シャッターを切った風景をもりもりハンバーグ君へと手渡す。普通ならメール越しに送りつけるけど、そこまで用心する情報はこの画像には含まれてない。



「拝見いたします。ああ、上空からはまた違う風に見えますね。この街にくるのは久しぶりだけど、いつも見上げてばかりで息が詰まりそうな感じを受けていましたが、こうして上空から見ると守られてるのだなと言う気がするから不思議ですよね」


「そうなんだよねぇ、古代獣の卵を見かけた時の場所もいい景色が撮れたけど、そっちは情報過多でお蔵入りしちゃってるし、本来私が自慢するための画像とは乖離しすぎてしまってね」


「わかります。特にこのゲームはフレーバーがフレーバーしてないですから」



 ははは、と快活に笑うもりもりハンバーグ君。



「そう言う君こそファストリアには何用かな? ここに赴くのは久しぶりという辺り、何か用があってこちらにきたのだろう」


「実はこっちの案件で」


「ああ、ベルト関連」


「です。お義父さんもそっちの方ではずいぶんと進んでいる様ではありませんか」


「進んでいるというより、進みすぎて後に引けなくなったというか進退極まってるよ」



 スズキさんがまたブーメランを引っ張った。

 だから何? 私の発言がブーメランだって言いたいの?

 悲しくなるからやめてよ。



「なるほど、進みすぎても問題があるというわけですか。僕はどうしようかな。いえね、妻からそんなものよりクラン活動第一と言われてきてますので。どうしたものかな、と」


「フィールは束縛系だからねぇ。それとも有能なもりもりハンバーグ君を失うのは惜しいと考えてかな?」


「後者だと嬉しいのですが、僕が出動できないと子供達に皺寄せが行くというので板挟みで困っているんです」


「なるほど。つまり断片探しに時間をあまりかけられないと?」


「はい。それに最寄りの場所に来てみたのはいいんですけど、時間をかけて赴いても、手がかりが全くない場合もあるのでしょう?」


「そうだねぇ、ウチの幻影がそこのところ明かしてくれないから詳しくは知らないけど。多分そう」


「そういえばお義父さんの幻影って形あるんですか?」


「あるよ? 呼ぶ?」


「お願いします」


「ルリーエ、きなさい」


「はい、マスター」



 スズキさんはいつもどおり操作したまま、影からするりと現れたリリー……もといルリーエ。

 見目麗しい姿と完璧なカーテシーが相まって幻想的なイメージを想起させる。まるで物語から現れたお姫様の様な動作である。

 もりもりハンバーグ君もさぞ驚いたことだろう。



「あれ、この子って」


「ルリーエと申します。以後お見知り置きを」


「彼女は一応スズキさんの中の人、という事で通している。アイドル活動もその一環だ」


「……なるほど、よくリアルの彼女は納得してくれましたね」


「ははは、意外と共通点が多くてね、彼女も納得済みなんだ」



 元々プレイヤーじゃないと言うことはあえて伏せておく。

 そもそもウチの孫と彼の娘はよく遊ぶ仲だ。どこから情報が漏れるかわからない関係上、多くを語る必要性はないと判断する。



「納得いたしました。じゃあこっちの幻影も紹介しておきましょう。おいで、ヤディス」


「おはようございます。マスター」


「おはようヤディス。彼らは僕と志を同じくする方でね。宗派こそ違うが仲良くして欲しい」


「マスターが言うなら」



 ウチのルリーエがお姫様の出立ちであるのなら、彼女は影が形を持って存在するような褐色肌を持つ幼児だった。ボロ布の様な衣服を纏い、その布の白さがよく目立つ。

 幼児虐待ではないかと勘繰られそうだが、それ以外着たくないそうだ。


 ( ͡° ͜ʖ ͡°)氏のサイクラノーシュ然り、アンブロシウス氏のセラエ君然り、あまりマスター以外に心を開かない印象が強い。


 ウチのスズキさんがおかしいのか、はたまた神格復活までいたれた私にも原因があるのか、幻影同士が仲良くするイメージがあまり湧いてこない。



「無理強いはするつもりはないよ。しかしもりもりハンバーグ君も既に断片を4枚も獲得しているなんてやるじゃないか」


「え? 僕はまだ二枚ですよ」


「あれ? 幻影は断片を四枚獲得してようやく姿を見せるものだと聞いてますよ」



 だったよね、スズキさん?

 リードを勢いよく引っ張る。


 スズキさんがその場でズシャァッと大袈裟に転んだ。

 ルリーエが少し焦った様な表情でこちらを見上げた。

 


『魔導書は四枚からです。あと向こうの制御は立つだけでやっとなので、急に引っ張るのはやめてください。膝を擦りむいちゃうじゃないですか!』



 念話で小言が入る。おっとこれは失礼。



「どうやらこちらの勘違いだった様だ。魔導書は四枚からと彼女に教わってね。聖典もまた四枚からだと思い込んでいた」


「なるほど、そんな違いがあるのですね。やはり幻影の表情が豊かなのは断片の枚数に起因しているからでしょうか?」


「さて、そこまでは私にもわからないよ。ただブログにも書いたけど、次のイベントは正気度が重要な鍵だと私は思うんだ。今必死になって侵食度を上げるより、どの様にして正気度を減らさないかが肝だと思うよ。そういう意味では断片獲得は正気度が減るよね?」


「確かに減りますね。現在二枚で正気度が80になってしまいました」


「私は70あるよ」


「4枚取得だと60じゃないんですか?」


「そこは抜け道があるのさ。正気度を消失せず、侵食度だけ上げるギミックがあるんだ。これを見つけられるかどうかで次のイベントを生き残れるかどうかが決まるだろうね」


「思ってた以上に奥が深いですね。参考にさせていただきます」


「うん、周囲に装備すると外せない武器やアイテムが寄ってきたら注意しなさい。それはきっとベルト関連だ。かくいう私もこんなものを手に入れてしまってね」



 ポンと腰から提げたブーメランを叩く。



「流石はお義父さんだ。既にいくつもフラグを踏み抜いていますね?」


「ある程度進むと向こうから寄ってくるんだ。不可抗力だよ。私はただ趣味に没頭したいだけなのに放っておいてくれないんだ」


「心中お察しいたします。僕も断片回収以外の道を見つけるべきかなぁ」


「目の前に見えてる情報だけが道筋ではないからね。果たして断片を集めるだけが正解か、これをまず疑った方がいいよ」


「確かにそうですね。枚数の最大数が表示されてるからとそれを埋めるのに躍起になっていましたが、違う攻略法もあるとお義父さんから聞いて考えさせられました。もっとよくこの子とお話しして決めようと思います」



 もりもりハンバーグ君は幻影の求めに応えて行動していた様だ。尊師様、だなんて敬われてれば無理もないことだと思う。

 彼女の娘さんが特に表情乏しい系だしね。

 娘がもう一人で来たみたいでついつい要望を叶えてしまうんだろうな。


 そんな彼らと別れて私達はセカンドルナへと足を向ける。

 そんな時、スズキさんから念話が入った。



『ハヤテさん、ボクを普通の幻影と一緒くたに考えちゃダメですよ?』


『やっぱり?』


『そもそも彼女たちと違って僕がハヤテさんと一緒に行動した年季が違いますから。出会って数週間と一年。どっちが濃密な時間かは言わなくてもわかりますよね?』


『君の正体を知ったのはつい最近だけどね?』


『それでも僕を裏切らなかったです。正体を明かして、それでも僕を僕として認めてくれました』


『裏切れないよ。なんだかんだとお世話にはなってるからね。それに、それだけ近寄ってくる理由もなんとなく理解できたから』


『えへへ、ハヤテさんのそういうところ好きです』


『その姿のままくっつかないで。孫に誤解されるから』


『ちぇー』



 ルリーエはすぐに私の影の中に入ると、意識をスズキさんへと写し込む。

 そして先ほどと同じ様にくっついてきた。

 顔がボディに突き刺さる感触。

 そう、サハギンの姿で抱きつく事は骨格上無理なのだ!

 どうしても顔より腕が前に出ないから。

 かろうじて手のひらが出るが、それだけだった。



『あーん、手が届かないです。こんなに愛おしい気持ちなのに、抱きつけない。なんて生殺し!』


『それで満足して欲しい所だけどね』


『うわーん、ハヤテさんが意地悪するー』


『今日私に迷惑をかけた罰ですよ。これからプレイヤーの皆さんに迷惑をかけないと誓えますか?」


『う、それは……』


『誓えたら元の姿で抱きつくことを許可します』


『じゃあやめます!』


『ちなみに約束を破ったらもっとひどい罰が降るからね?』


『うぐっ』



 それ程までにプレイヤーを揶揄いたいのか。

 彼女の行動理由が少しもわからない。


 そうこうしてるうちにセカンドルナが見えてきた。

 すぐ横には雲を突き抜ける巨大なマナの大木も見えてくる。

 

 そういえばここでも特に撮影してなかったよなぁ、と居住まいを正した。

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