第78話 ゲーム内配信/図書館巡りツアー Ⅴ

 現れたゲームマスターに対し、私とスズキさんは旧友にあった軽い感じで歩みを進める。

 しかしそれに対してアンブロシウス氏とセラエ君は臨戦体制を取って数歩下がった。

 この態度の違いは一度会ったことあるかどうかによって変わるよね。

 だって彼の見た目ってすごく怪しいもん。



「待って、アンブロシウス氏、この人害はないから」


「害があるとか無いとかの問題では無い! そこに居るのはなんだ!? 深淵そのものだぞ!?」



 あれ、そう捉えちゃうんだ。

 私はゲームマスターやスズキさんに向き直って肩をすくめて見せた。



[無理もないことだ。私もまた魔導書で顕現する存在だからね。故にこの世界において最高位に位置している]



 へぇ、それは初耳。

 しかしスズキさんは知ってたように頷いた。



『君は知ってたっぽいね』


『あの子がビビリ過ぎなのですよ、マスター。しかしマスター程胆力に優れたヒトもまた稀です。それでこそ我らが主人に相応しい振る舞いです』



 この子もちょいちょい持ち上げるね。

 しかしだ、お互いにこの状態ではあまり話が進展しない様に思う。



「質問しても宜しいでしょうか?」


[手短に頼むよ。あまり長居するとプレイヤー達に悪い]


『マスター、恐怖耐性のないプレイヤーにとってこの方のお姿は目に毒です。一度配信を切ることを愚申いたします』


『仕方ない、放送事故ということにしておこうか』



 私は配信を切り、説明を兼ねてゲームマスターとアンブロシウス氏とセラエ君に語りかけた。

 暫くのうちは会話そのものが成り立たなかったが、やがて正気に戻ったのか、ひどい悪夢を見た様に憔悴し切ったアンブロシウス氏と彼に付き添うセラエ君が出来上がる。


 頭の中で理解が追いついてないのが理解できた。



「しかしゲームマスターが旧支配者だとは知りませんでした」


[異なことを言う。我らが三種族が君たちの祖先だぞ? とは言ってもこの世界に限るが。旧人類の支配者という枠組みでは該当されて然るべきだろう?]


「それもそうですね。じゃあ彼女達の存在もまた知られていたのですね?」



 スズキさんを見ながら話を進める。



[知恵あるものの一族だな。趣旨の違いから互いに手を取り合うことはなかったが、気持ちはわかるよ。彼らもまた自らの存在意義を主張していた]


『そもそも存在していた時代が違いますもの。手を取り合う以前の問題ですわ』



 それは知らなかった。

 人類にとっての敵以外の認識がなかったからね。

 大昔という共通認識しかないからね。

 明確に区別まではしてないものだ。



「ほら、アンブロシウス氏も質問するなら今のうちだよ?」


「アキカゼさんはアレを前にしてよく平気でいられるな」


「一応彼、このゲームのマスターさんですよ? 怖がる方が失礼だと思いますし、それにゲームです。多少超常的な存在が出てきたからとリアルに問題はないんですよ。それをいちいち驚いていては疲れてしまいませんか? だったら私は敬意を払って仲良くする様努力しますよ。多少自分の作業を優先する人ですが、会話は通じますし質問にも答えてくれますから」


[貴君程私をみて驚かない人類も初めてだけどね。長く生きてみるものだ。偶に驚かされることが起きるから面白い。普通はそこの彼の様に跪いて思考停止してしまうのがほとんどだからね]



 ゲームマスターが肩をすくめる様な動作をして戸棚に一冊の本を片付けていた。



「そう言えばここに来るにはまだ早いと言うさっきのセリフの意図をお聞きしても?」


[ふむ。私も呼び出される身だから詳しくは知らないが、魔導書と魔術師には段階が刻まれると話を聞いている。魔導書はページを、魔術師は深淵を覗く事で成長する。ここに至るにはフェイズⅡに至っている必要があった。魔導書の発見からこの段階に移行するまでもう少し時がかかると思ったのだが、思いの外今回の持ち主は運が良いらしい]



 運が良い。

 その言葉に先程アンブロシウス氏が見せた焦燥を思い出す。

 この力はあまり使いたくない。そんな言葉が脳裏に蘇る。



「やっぱりこの力って結構運が絡んでくるんですか?」


[人有らざるものに体を貸すのだ。自分を取り戻すか、取り込まれるかの二択を常に迫られる。そこまでするメリットは私にはわからないが、それを用いてでも倒したい相手がいるのだろう。そのために用意されたものだと聞いているよ]


「別に使わなくても良いんですね」


[そうだな。使わなくてもなんとかなるなら使わなくとも良いだろう。それにそこの彼女は率いてくれるだけで満足してそうだぞ? 随分と慕われたものではないか。そこの種族は我らアトランティスと縁があってな。やはり貴君は面白い存在だ]


『マスターの為人は側で見て存じ上げていますから。多少の困難も大勢を率いて見事打ち砕いてくれる事でしょう』


[彼女の口からそれを引き出させた手腕、期待しているよ。さて、私はそろそろ戻らねばならないが。他に何か質問はあるか?]



 私はアンブロシウス氏に向き直り、何か質問があるか聞いてみた。しかし首を横にブンブンと振って否定を示す。

 無いならないで無理に引き止める必要もないか。



「いえ特に無いみたいです。こちらの質問に答えてくださりありがとうございます」


[うむ。我が一族の恩人だ。それくらいのことぐらいは構わないよ。此度のイベントも楽しんでくれてる様で嬉しい。あのいがみあっていた三種族が手を取り合っているなんて夢でも見ているみたいだ。その中心には必ず貴君が居た。感謝してもしきれぬな。だが時はあまり私が道草を食っていることを許してくれぬらしい。そろそろお暇しよう。さらばだ]



 腕に巻きつけた銀のブレスレットに手をかざすと、その姿がホログラフだったかの様にかき消えた。

 先程までの圧倒的な存在感は何処へやら。

 そこにはただ静寂だけが残っていた。



「行っちゃったね。彼も忙しいらしい」


『いつになく饒舌でしたね』


「そうなのかな? そう言えば八の試練で出会った時に比べて言葉に親しみが込められていた気がするね。前はもっと格下に話す様な威厳に満ちていたのに」


『それだけあの方のお眼鏡に敵ったと言うことですよ。それを含めてわたくしはマスターのお側に馳せ参じたのです。この方ならわたくし達の救いになってくれるだろうと』


「君は私を持ち上げすぎだよ。私は自分のことに一生懸命なだけの普通の年寄りだよ。ただ勤続中は娘や妻達に寂しい思いをさせてしまったからね。その分の償いを今まとめてしてるんだ。ほら、そこまで聞けば私が大した人間でないと分かるだろう?」



 私はあえて自分を低く語った。

 あまり持ち上げられるのは好きじゃない。

 楽しく、仲良くできればそれで良いんだ。

 偉ぶりたいわけじゃない。

 なぜか周囲は勘違いして私を上におこうとするんだよね。

 そこがいまだに納得できない。



「さてさて、一波乱あったけどここが目的の図書館でいいんだよね? セラエ君は自分の好みの本は見つけたかな?」


「僕、僕はこれが気になります」



 スズキさんがその鯛のボディをぴょんぴょん跳ねさせながら上の方にある本に手を伸ばすが、届きそうもない。

 だが十中八九それはルルイエ異本の断片なのだろう。

 その必死さから私を困らせようとする気持ちが透けて見えた。



「スズキさんには聞いてないんだけど」


「そんな〜」



 あのゲームマスターからして使わない方がいいと言われてるものを使わせないで欲しいよね。

 涙ぐんで縋り付いてくるスズキさんを引き剥がしながら、アンブロシウス氏の手を取り引き起こす。



「お加減は如何ですか?」


「まだ頭がふらついているよ。あんなモノを間近で見て発狂しないアキカゼさんの方が恐ろしく見える」


「たしかに少し威圧的だし、見たものに畏怖を与えてきますけど、話せば気のいい人ですよ?」


「まずそこまで踏み込もうとしないんだが」


「ハヤテさんはそこらへんの危機意識が希薄ですから。目に見えるバリアがあってもどうやって中に入れるか考えて動く人ですよ。入った後のことは考えてないんです」


「それはまたなんとも。参考にして良いやら何やらわからぬな」


「プロフェッサー、真似して早死にされたら私は悲しいです」



 セラエ君が彼の腕に抱きついて見上げた。

 そんな彼女を引き寄せて頭に手を置く彼はやはり親子以上の情愛をその魔導書に傾けている様だった。



「ハヤテさん、僕達もああ言う関係が望ましいです」


「無理」


「ひどい〜〜。あーんまりだー」



 即答してやると、その場で膝立ちになって床をどんどんと叩く悔しがるスズキさんの姿が写った。

 それをすかさずスクリーンショットで写してやる。

 良いね。あまり地上に出てこないサハギンの悔しがる姿はスクープに違いない。


 いろんな角度から撮っていると、背後から呆れた様な声がかけられた。



「アキカゼさん、彼女に何か恨みでも?」


「ちょっと心臓に悪いサプライズをかまされたのでその仕返しですね。彼女はちょっといたずら心が強すぎるので、偶に鞭を与えてます」


「私にはできそうもない」


「セラエ君はここまでヤンチャしませんから羨ましい限りですよ。そして鞭の後にはすかさず飴をあげるんです。ほら、これが欲しかったんですよね、スズキさん」


「わぁい!」



 先程欲しがっていた本を取って渡してやると、その場で泣きながら喜んでくれた。

 そんな私達を、四つの瞳が滑稽な生き物を見る様な視線を向けていたが、私達はあえて気にしない。

 これが私とスズキさんの在り方だからだ。

 

 またオイタしないように釘を刺しておかないと、この人際限なくやってくるからね。



 そのあと鯛の身体がかき消えて、リリーの身体が現れる。

 ページを吸収する時は依代では衝撃に耐えられないそうだ。

 カメラ回すのをやめてよかった。


 彼女にはいつまでも私の配信の賑やかし役の『魚の人』をやっていてもらいたいからね。



 さらりと内側にまとまって伸びた真っ赤な髪が、タコの触腕の様に蠢いた。

 セラエ君がマントの内側から触腕を大量に吐き出す様に、リリーは髪を膨張させてから一気に吐き出し、そして恥ずかしそうにそれを引っ張り込んで収縮する。

 先ほどまで髪に見えていたそれは、艶めいて光る触手なのだと理解した。そんな触手が髪だけでなく身にまとうドレスにまでまとわりついては収縮する。

 それはつまり着ているドレスも例外なく触腕ということであり、つまりは……全裸と言うことになる。

 なんだい、スズキさんの時と何ら変わってないんじゃないか。



「リリーのそれってドレスっぽく見えるだけで全部触腕だったんだ?」


「マスターの前でだけお見せするんですよ?」



 能面の様に白い肌を朱に染めながら、リリーはもじもじしだす。全裸かどうか指摘しただけなのに、あまり恥ずかしがらないのはスズキさんの時と一緒か。



「ここにはアンブロシウス氏も居るんだけど?」


「すでに意中に決めた魔導書を持つお方はどうだって良いのです!」


「君がそう言うんなら良いんだけどね。じゃあカメラ回すからスズキさんに戻って」


「ええ! せっかくこの姿に戻ったのにですか!?」


「知らないよ。こっちは配信中で放送事故を起こしてしまった身だよ? 復旧させないと有らぬ批判が飛んでくる」


「そんなもの、言わせておけば良いのです!」



 今日のリリーはいつになく強気だ。

 


「でもその姿を私以外のプレイヤーに見せるのは望ましくないんでしょ?」


「それはそうですが」


「じゃあ利害の一致じゃない。後で自由時間作ってあげるから。それで妥協してよ。ね?」


「じゃ、じゃあ少しだけですよ?」



 ちょっとツンツンした態度を軟化させ、リリーは私の命令に従ってくれた。


 放送事故は、ゲームマスターの存在が強すぎてカメラがダウンしたと言うことで決着がついた。

 アンブロシウス氏は、今回はこれまでで大丈夫だと言ってくれた。

 まさか出会ってすぐにページが二枚埋まるとは思いもしなかったと過去を振り返りながら独白する。



 さて、彼女には色々と聞きたいことがあったんだ。

 スズキというNPCがなぜ初対面のマリンに好意的に受け入れられたのか。そのトリックをね。

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