第21話 おいでよ!アキカゼランド Ⅰ
雑談を終えて一週間。
その間に週一で陣営に送る配信も開催したし、シェリル達が古代獣討伐戦を盛り上げてくれた。
私以外の古代獣発掘者も名乗り出ている。
ようやく楽しくなってきた。
そしていよいよ、私達のクランの企画が発動する。
まずはマナの大木の麓から頂上を繋ぐロープウェイ。
雲の上を走れるペダル式のカート。
赤の禁忌の停留所までついたら、横に三人まで乗れるリフトで直接赤の禁忌で乗り入れ、各試練で停車するモノレールに、各試練をジェットコースターのように走る乗り物達がお目見えする。
あれほど多くのプレイヤーが欲しがっていたクリア報酬をそんな簡単に入手させていいのかと思うのかもしれない。
けれど私はこれくらいなら誰が入手してもいいと思ってる。
これらを取れないだけで足踏みをするプレイヤーがあまりに多く、そして不平不満を漏らし続ける現実にピリオドを打ちたかった。
多少お金は貰うけど、楽しいだけじゃない、また来たいと思わせる仕掛けを施している。
そして決まった時間に陣営入りするための扉を開く。
それは多くのプレイヤーの念願が叶った瞬間だった。
もうゴールした気になってるプレイヤーの多くに言いたい。
ここはまだスタートに過ぎないよ、と。
ここからが本当のAtlantis World Onlineが始まるのだ。
GMに頼まれた義理はこれでようやく果たしたと言える。
彼の願望はゲームの中だけでもアトランティス人が賑わう事だ。
決して他陣営と血で血を洗う戦争をしたかったわけじゃない。
人で満ちていく陣営。シャッターが降りっぱなしの格納庫は今や閉まってる方が少ないくらいだ。
討伐戦もいろんなアイディアが出されてきた。
ジョブの固有能力に頼り過ぎず、培った派生スキルを駆使して討伐を果たすプレイヤーが出てきた。
やはり有名どころは名の売れてるプレイヤーが多くを占める。
「なかなかの盛況ぶりだねぇ」
「やぁ少年。ゴーカートに乗ってくかい?」
「空を飛べるのに?」
「これはそんなズルではなく純粋な勝負さ。足が速いだけでは一位は取れないよ」
「君はこういう乗り物得意だもんなぁ」
「ハッハッハ。桜町のスピードスターは伊達ではないよ」
暴走特急の間違えじゃないの?
「すいませーん。ゴーカートのチケット二枚ください!」
「はいはい。今行くよ。では少年、私は仕事に向かうよ。君もブラブラしてないでアキちゃんの売り場を手伝ってきたらどうだ?」
高笑いしながらおせっかい焼きの探偵さんがプレイヤーにゴーカートの貸し出しをしに行った。
ここはマナの大木の頂上から雲沿いの赤の禁忌停泊地。
つまりは雲の上だ。
赤の禁忌は都合上ずっとここに停泊させている。
ゆっくり時間をかけて登るロープウェイだと、ズル判定されないのか多くのプレイヤーが精霊の声を聞いたという。
こればかりは想定外の出来事だったが、赤の禁忌のヘイトを無駄に取らずに済んだと言える。
青の禁忌へはわざわざこっちへ寄せなくとも、赤の禁忌から直通で定期便を出した。
天空由来の称号が欲しいプレイヤーもいるだろうという配慮だ。
せっかく手にしてもAPを所持してないと使いようがないからね。
「あら貴方。散歩? 呑気なものね」
「そう言わないでよ。手伝いに来たのに」
「そう? じゃあ店番をお願いしようかしら。少しランダさんの所に用があるの」
「君も忙しないねぇ」
「だって初日でここまでお客さんが来るとは思わなかったんですもの。びっくりしちゃって、在庫とか全然ないのよ?」
赤の禁忌で天空人の服を販売している妻は、予想以上の来客に目を回していた。
普段ここまでプレイヤーが来ることはないからね。
けどここはイベント会場の入り口もいい所。
その一角にあるお土産屋さんだ。
「分かった。売り場は任せてよ。ランダさんによろしくね」
「ええ、少しの間よろしくね? それと、デザインのことについて聞かれたら、商品ケースの右にある棚にカタログがあるからそれを渡してちょうだい」
「分かった」
どこか私一人を残していくのか心配だったのだろう、妻は何度もこちらを振り返りながらランダさんのフードコーナーへと向かった。
「あら、母さんは?」
「いらっしゃいフィール。母さんならランダさんのところで作戦会議中だよ。どうも事前に仕入れた在庫が底をつきそうなようだ」
そこで真ん中の娘が店に顔を出した。
妻に用があったのだろうか?
キョロキョロと周囲を見渡してその姿を探している。
「用があるなら個人コール繋げようか?」
「あ、ううん。平気。そう言えばルリが父さんのこと凄いって褒めてたわよ。あの子があんなに感情を顔に出すのは初めてだからびっくりしちゃった」
どうも妻を探しているというよりは、妻に聞かれたくない話をこれからするから用心しているようだった。
「あの子は歳のわりにしっかりしてるけどね、まだまだ子供だよ。だからって親の言うことを聞きなさいと上から縛り付けてると萎縮してしまいがちだ。認めてあげて、自由にさせてあげるのがいいのさ。その上で頼ってきたら力になってあげなさい」
「父さんにはなんでもお見通しか。あの子、夫には懐いてるけど私には全然で」
「君は自分に厳しいからね。それを周囲にも敷いている。もりもりハンバーグ君は柔軟に対処できるけど、子供にそれを解れと言うのは酷だよ? 現に君は同じように家に帰れない私を呪っただろう?」
「ゔっ……それは、その」
「別に怒ってるわけじゃない。君も同じ体験してるから、子供のことはもっと理解できるはずだよ? 嫌いだった私の真似をしていたと自覚したのなら仲直りしてきなさい」
「はい……」
「あ、ちょっと待って」
とぼとぼと帰路につく娘を呼び止め、トレードでとあるアイテムを渡す。
アトランティス鋼だ。その数50以上。
これはそこまでレアなものじゃないけど、九の試練の二戦目の対アトランティ人以外では採掘できない貴重な品だ。
レアハンターの彼女なら、それをどのようにでも扱えるだろう。
「えっと?」
「君が周りにガミガミ言うのは功績を焦っているからだろう? 気持ちに余裕が生まれれば、君も素直になれる。私からはこんなものしか与えられないけど、君はあの子に慕われるような母親になってあげなさい」
「うん、ありがとうね父さん。でもタダで貰うのは怖いから、そのうち何かでお返しするから」
「何もいらないよ。孫の笑顔が見れればそれでいい。君まで私のようにならなくていいんだ。それが叶うのなら、それくらい安いものだ。どうせ私には過ぎた素材だし」
「そっか。じゃあ近いうちに家族揃って顔を見せに行くわ」
「うん。楽しみにしてるよ」
それからも顔見知りが顔を出してくれる。
話し相手には事欠かず、見知らぬプレイヤーからはサインを強請られる。
こんな年寄りのサインをもらってどうするんだろうね。
しかしサービス精神は旺盛なのでサインぐらい書いてやるかと二、三練習してから上手くいったやつを手渡した。
私のサイン入りの妻がデザインした天空ファッションは飛ぶように売れ、ついには在庫が切れた。
せっかく用意してもらったのに、カタログを使う暇もなかったな。
赤の禁忌の上空ではAWO飛行部がアトランティスの最新アーマーで空を飛んでいた。
そろそろヒーローショーの時間か。
妻が帰ってくるのを見計らい、私はすれ違うように広場に向かう。
「あら貴方、お出かけですか?」
「うん、ヒーローショーを見に」
「そういうのは子供向けのものでしょう? いい加減に卒業したらいかがです?」
「脚本は現役小説家の探偵さんが書いてるんだよ? その評価をしにね、彼からも頼まれてるんだ」
「そう、そう言うことだったらわかりました。では店は一時的に閉めて、裏で生産してますね」
「分かった。周囲のプレイヤーにも満員御礼と伝えておくよ」
「そこまでしなくていいです」
少し怒ったような声色の妻の言葉を背に、私はくつくつと肩を揺らした。
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