第54話 九の試練/追憶 Ⅸ

 私はその後語られたゲームマスターの質問に過程を述べていく。

 このパーティ中で翻訳できるのは私のみというのもあるが、いちいち質問ひとつにスクリーンショットを取るわけにもいかず、そういう方針で行くことになった。


 最初の質問は彼の手がけたゲーム。アトランティスワールドオンラインについてだ。


 古代人類の残したメッセージを紐解き、彼らの残した技術の断片を扱える。そんなテーマのもと発表されたこの作品。

 間違いなくここだけ切り取れば彼の作品と言っても過言ではない。


 けれど彼もまたこのゲームの中の住人である。

 私達がゲームにログインしているゲームの住民が作り上げたゲーム世界を表とすらなら、その奥もまたあると仮定する。


 何せあんな訳のわからない構造も未知の兵器がゴロゴロあるのだから、この程度作れてしまっても問題ない。

 そう話した所、非常に友好的な声色で回答してくれた。



『君とは非常に話しやすい。もっと疑ってかかられる事を想定していたが、どうしてそう思う?』


「それは九の試練を挑戦していれば誰でもわかる事ですよ」


『ほう? 例えば』


「この世界は私達に都合が良すぎた。世界の基盤をあなた達に合わせていれば、多分心も体も弱い私達は耐えられなかったでしょう」


『ははは、その通りだ。三戦目の私たちが本来のスタイルだ。ここにいる以上、どのように対処すればいいのか分かっているだろう?』


「無駄に争うことはせず、対話から始めます」


『だが中にはこちらを敵対視する者も居るぞ?』


「その時は武器を取りますよ。私たちも武力行使で成り上がってきた民族です。力を示せば対応も変わるでしょう」


『そうだな。それだけに留めておくのがいい。命まで取ると厄介なことになる。過激派の奴らはそこら辺の抑えが利かなくて要らぬやっかみを生んだ。バカな者達よ』



 このようなゆるいやり取り一つとっても終始ゲームマスターに合わせて広い視野で会話を広げる。

 ただの雑談に聞こえるかも知れないが、これでも考えて答えているほうだ。多少の当てずっぽうもあるが、今のところ口調の乱れは読み取れない。


 怒れば口調が速くなったり強くなったりするのは案外古代人も同じようだ。それが現状見受けられないのならばうまく事は進んでいると思っていいだろう。



『では最後に、君達が所属するなら何処の種族に類する?』



 こう来たか。私は今後戦う相手を見極めながら、それでもゲームマスターの立場を弁えてこう言った。



「もちろんアトランティス側で」


『道は険しいぞ?』



 それを知ってアトランティス側につくのか? と問うてくる。

 当然だな。古代アトランティス人は敗北の歴史を歩んできた。

 過激派の起こしたアクシデントは悪質で、多方面に飛び火している。所属国がアトランティスであるだけであらゆるトラブルに巻き込まれることは目に見えている。それでも……私は目の前の彼の気持ちを汲んでその場所に属することに決めた。



「元々我々にとって天空ルートは険しいものでした。それに問題が向こうからやってくるのでしょう? こちらとしては願ったり叶ったりです。元々武力には自信のない者達ですので」


『ふふふ。この試練をクリアしておいてどの口がそれを言う?』



 心底可笑しそうにゲームマスターは笑い、一笑い終えた後に真面目な口調で声を発した。



『宜しい、ならば君たちに陣営戦を解放しよう。まだ私達の世界に来るには早すぎる君たちに、次の舞台を用意する』


「並べられた言葉から察するに、まだあなたの管理する世界なのですね?」


『そうだ。そもそも我らの世界はとうに滅んでいる』



 えっ。それは初耳だ。

 では他の種族は?



『他の種族はどうしたかという顔だな? それは私にもわからぬ。もしかしたらレムリアの民は何処かで生きてくれているのかも知れない。そう思って過去の文献を漁りつつ、ああしてミイラ体から情報を洗い出していたのだ。それとムーの民は滅んでいるであろうな。奴らは長命種と言えど百年やそこらで寿命が尽きる種族だ。数は多いが、問題は時が解決してくれるとして私は精神生命体になった』



 待って、待って。情報量が多い。

 これは流石に私でもパニックを起こすよ。

 でも彼は言った。私は精神生命体になったと。

 では他の人達は?

 穏健派という派閥ができたほどだ。一人や二人では利かぬのではないか?



『ふむ。精神体のアトランティス人の少なさに驚いている様だな。無理もないことよ。単純に魂の摩耗に耐えきれなかった者達が私の手元にデータとして残っている。私達はデータ体として生き残る道を選んだ。しかしその道はあの地に残る以上に過酷で、脱落者を多く出した。魂とは器がなければ存在し得ない脆弱な物なのだ』


「器……と言うとこの武器は」



 レムリアの器を取り出しながら質問する。



『良い質問だ。それこそレムリアの民の魂を内蔵する兵器であり、本体を収める個室である。肉体を失った彼らは肉体の代わりになるボディを成形し、運用している。もし先ほどの陣営選択でレムリアの民を選ぶのならこのオープンワールドでならありのままの姿を見せるが、レムリアの領域では外骨格アーマーを身につけてもらう必要があった』



 さらっと怖いこと言ってきたぞ、この人。レムリアルートの道もあったと言いつつ、弱点の露呈までしてきた。

 でもこの武器って概念武装……要するにフレーバーの類だから破壊できないんだよね。霊装も同じく概念武装だ。

 行使回数は定められてるけど、阻止はできない仕組み。もしかしてこれらも古代の技術だったりするのだろうか?

 それはともかくとして、アトランティスの領域内での生活が気になる。



「アトランティスの領域ではどうなるんです?」


『特には何もないな。私のようになりたいと言うのならレクチャーしてやっても良いが、同類と同じ結果になることは目に見えているからやめておいた方がいいぞ。そうだな、やってる事はレムリアの民と変わらぬよ。専用の外骨格を身に纏う感じだ。しかしどうも色々させようと思うと巨大化してしまってな。レムリアの民ほど元のサイズ以内に収められなかったのだ。今データを寄越してやろう』



 そう言って目の前のホログラフに画像が映る。

 それを見た人達が揃ってロボットアニメを想起するデザインだった。人の形をしていて、ビーム兵器を用いる姿はそのままだ。

 多少の簡略化はされているものの、操縦者が精神生命体なればこその運用法なのだろう、コックピットらしいものは見当たらなかった。



「失礼、このデータは頂いても?」


『気に入ったのかね?』


「好きな人はたまらなく好きだと思います。現に許可も取らずに何名かが先走ってしまって申し訳ありません」


『それくらい大丈夫だとも。クリア報酬なのだ、多いに多用してくれ』


「ありがとうございます」



 勝手し始める同年代の男二人をよそに、私はゲームマスターと会話を続けていく。



『それでは陣営システムを公開するぞ。良いな?』


「公開というのはつまり?」


『ワールドアナウンスと言うやつだよ。予めセットしておいたシステムだが、ここまで至れたのだ。私手ずからやってやろう』



 そう言うとゲームマスターは巧みに何かを操作し、そして私達の脳内に聞き慣れた電子音が紡ぎ出された。

 この不思議な能力が目の前で展開されていた辺りはまさしくゲームマスターの所業。

 しかし彼の世界はすでにもうないと聞く。



「時にゲームマスター」


『なんだね?』


「貴方はこのゲームのマスターではあるが、運営ではない。そうですね?」


『ああ、違うな。仕事の依頼を受けて世界や調整を手がけたのは私だが、この世界に君達を呼び込んだのは別の存在だ』


「それはどなたです?」


『答えてやる義理はないな』



 いつになく硬い返答。まさしく塩対応と言うやつだ。



「失礼しました。どうにも気になる性分でして」


『いや、こちらも礼を失した。しかし運営の正体を知ってどうする? むしろそちらの方が詳しいのではないのかね?』


「運営会社=運営を担ってる人が同一とは限らないので。現に貴方もゲームマスターなのに運営はしてないじゃないですか。このゲームの運営はあまり表に出てこないので謎が強すぎまして、ずっと疑問だったんですよね」


『ははは、あ奴め、子供達に言われておるぞ』


「子供達?」


『なんでもない、こちらの話だ。それよりも陣営に渡る為のパスを教えなくてはな。何処に行きたいかは自主性に任せる。各陣営に一定数人数が行き渡ればシステムを解放していくつもりだ』



 なんとも情報量が多いな。

 しかし試練の奥にあるゲートの先が各陣営の領域だったとは。

 軽いネタバレをされた気分だ。


 そしてパスワードは、今まで私が必死になって集めてきたあの暗号達である。


 ゲームマスターの居る八の試練の中身だけが渡る陣営ごとに変わっており、それらを繋げて赤の禁忌内で発表する事で領域にわたることが出来るようだ。


 なお、陣営を変更する事は可能だが、今まで築いた情報と知識は渡った際にごっそり失われるそうだ。

 陣営に分けてる時点で戦争が起こる可能性もあるだろう。

 あとはどれだけ人を集められるかだな。


 このゲームはまだまだ遊べる幅が広いのだと思い知らされた。



「最後にゲームマスターに質問があります」


『何かね?』


「貴方の望みは何ですか?」


『ふふふ、ふふふははは。望み、私の望みときたか!』



 ゲームマスターはひとしきり高笑いしたあと、このゲームを創った理由を吐露し始めた。



『私の願いは一つだよ。かつて繁栄した我らの再興だ。最も、際限できるのはこの空間に限られるがね』


「そうですか。ならば私達はせいぜい貴方の願望に足りる成果を果たすだけですね」


『期待しているよ、アキカゼ・ハヤテ』



 その言葉を最後に私達は試練の外に出されていた。

 深淵の闇の底には希望が託されていたのだ。

 私達は拾い上げた情報を元にブログを書き記した。

 もちろん、ブログ以外にも配信の形でいち早くアトランティスの領域を披露する形で。

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