第33話 私にいい考えがあります

 壁の中では何かの担当をしている者たちが怒号を飛ばしながら慌ただしくしている。

 まさに未曾有のパニック状態。

 今回のイベントの舵取りをしていたクランは矢面に立って対応をしていた。せめて顔だけでも出しておこうと思ったが、忙しそうだ。

 後に回そうと近況報告をジキンさんに尋ねる。


「モンスターの出どころは判明したんですか?」


「まだですね。いったいどこから来たのか皆目見当もついてないんです。倒すのは容易ですが、何しろ数が多い。骨が折れるってやつです」


「なるほど」


 肩を竦めるジキンさんから詳しく説明を聞けば、今回のイベント自体不明な点が多いのだとか。

 まず今までの大型レイドに比べてあまりにも大規模。そしてモンスターの進化は前回のサードウィルの時よりも強いとされた。

 苦戦こそしないが、数で来られると面倒な相手だという。

 そして時間の制限。これが一番大きい。


「え、このゲームってログインに制限があったんですか?」


「あるんですよ、厄介なのが」


 それが1日3回までのログイン制限。

 それを超えると日付を超えるまで関与できなくなるというのだ。

 そしてリアルの1日はこの世界では6日に相当する。

 その中でプレイヤー一人に権限があるのは3日分までとされていた。

 普段何気なく過ごしている中でも時の移り変わりは早いものだ。

 しかしその全てに関われないというツケが今ここに出ていた。


 エネミーの強襲。

 安全地帯と思われた街の中は外と変わらず戦闘フィールドと化した。

 中には私のように戦う手段を持てないプレイヤーだっている。

 だからこそのパニック。


 だが問題はそこじゃない。

 大型レイドはいったい何を狙ってこの街を襲ったのか。そこが一切わからないのだ。その狙いがどこにあるのかわからない限りは防衛も何もない。

 過去の経験から学んだことも、結局何を守ったのかも知らされずにクエストが終わっていたことが判明している。

 街に隠されているナニカ。

 それを見つけるまでプレイヤーはエネミーの攻撃に踊らされる一方だ。


「あ、お爺ちゃん!」


 美咲が私の顔を見つけて手を振って駆け寄る。


「ユーノは?」


「セカンドルナの門で別れてこっちに向かってるよ。私はワープゲートで来たんだ」


「ああ、違う場所にいたんですね。じゃあここが戦場になってるなんて知らないわけだ」


 私の説明にジキンさんが納得したように相槌を打った。


「そういう事です」


「???」


 その通りだと答える私に孫は意味がわからないとばかりに首を傾げている。順を追って説明をしてやるべきか。


「ああ、ええと。私がここを戦闘フィールドだと知らずに歩いていた時にジキンさんに助けて貰ったんだよ。お陰で死なずに済んだんだ」


「そうだったんだ。ありがとう、犬のおじちゃん!」


「おじちゃんか。多分だけど僕は君のお爺さんと同年代だよ。ですよね、ハヤテさん?」


 そうなの? とマリンが訪ねてくるので頷いてやった。

 彼女には一度説明したはずだったけど、あの時は興味なさそうだったもんなぁ。聞いてるようで聞いてない。そんな雰囲気だった。


「じゃあ犬のじぃじ!」


「じぃじか。孫以外にそう呼ばれたのは初めてだな」


 満更でもなさそうだ。ジキンさんは嬉しそうに顎をさすっていた。


「ところでマリンはお母さんに呼ばれたんじゃなかったのかい?」


「そうだった! 哨戒任務を受けてたんだ」


「気をつけて行ってきなさい」


「うん! 行ってきます」


 そう言って重い扉を開けて出ていくマリン。

 

「元気なお孫さんですね」


「自慢の孫ですよ。少しばかり甘えん坊ですが」


「実に羨ましい。うちは息子達が過保護すぎて僕のところに連れてきてくれないんです。信じられます? たまに送られてくる画像でしかその姿を確認できないんですよ。僕としては色々構ってあげたいと言うのに」


 ジキンさんはぐちぐち言いながら私の環境を羨んでるようでした。

 けどね、どこも一緒です。私だって年甲斐もなく登山しに行って腰をやってなきゃ同じ環境に居たんだから。

 娘から送られてくる画像だけが余生の楽しみだったんですよ。


 それを話したらジキンさんたら「僕も山登り行こうかな」とかいうんです。やめてくださいよ?

 私は会社を辞めたから良いものの、あなたまだ現役ですよね?

 むしろ会社のトップとして病気もできないレベルで忙しいらしいじゃないですか。


「何を仰る。お孫さんとはゲームの中で会う事だってできるんでしょう? 確か同じパーティだったと聞きましたよ?」


「そうなんですけどね、全く会話についていけないんですよ。じぃじは頭が硬いからダメって言うんですよ? 酷いでしょ」


「私もそんなものです。普段は娘に対して偉そうにしてますけどね、実際のところは話についていけないんですよ。お恥ずかしい限りですが」


「どこも同じですか。僕も何か趣味でも見つけようかな?」


「そうした方がいいですよ。どうです、ブログとか?」


「そうやって同じ沼にハメようとしてますね?」


「おやバレましたか」


「バレバレですよ。ハヤテさん、ポーカーフェイスがヘタクソですもん」


 酷い言われようです。けど、なんでしょうねこの居心地の良さは。

 娘や孫とは違う、スズキさんとも、ユーノ君とも違う。

 やはり同年代特有の馴れ合いとでも言うのかな?

 そういった気を遣わない間柄が一緒にいてワクワクとする。彼と一緒ならなんでも楽しく挑戦出来る。


「それで、これからジキンさんはお暇ですか?」


 何をするでもなく、ただ尋ねる。


「お、何かするんですか? 付き合いますよ。どうせ戦闘では戦力外ですし」


「実は面白いスキルを手に入れましてね、その検証を兼ねてゴミ拾いでもしようかと」


「ほうほう、この乱戦時に正気ですか?」


 街のフィールド内で行われるミニゲーム。

 もちろん戦闘フィールドと化した場所でも当たり前のように開始されるだろうことは予測がついている。だからこそ彼は正気かと尋ねてきた。


「どうせ私達はここに居ても足手まといでしょう? だったら出来ることをやろうかと思いまして」


「全くもって同意しますが、だからといって被害を増やすだけでは許可は下りませんよ?」


 チラリと背後を見やる。

 そこには私と彼の子供達の頑張る姿があった。

 なまじイベント開催クランのトップの父親達。

 より向けられる目は厳しくなるだろう。

 それにこの緊急時に独断行動をしようものなら余計心配を招く、か。


「ならそうですね、ここは一つ巻き込んでみますか」


「何か作戦があるんですか?」


「ええ。切り札となるかは別ですが、秘匿している情報はいくつかあります。それを出汁に商談を持ちかけてみましょう」


「お手並み拝見させて頂きましょう」


 ちょっと、傍観者決め込んでるんですか。あなたもこっちきて説き伏せてくださいよ、全くもう。

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