第32話 妖精の導き

 ログイン後、ユーノ君と合流して目的地に向かう前にあれこれと買い込む。

 行く前はただの木登りだからとあまり準備せずに赴いたのが仇になった。あの時もっとしっかり買い込んでおけば……

 しかし一度体験したら話は別だ。私の中であの木は登るべき木であると同時にもっと特別なものになっていた。

 非常食が5つに水筒が2つ。方位磁石に長めのロープ。

 上層の方は冷え込むだろうと予想し、上着を一枚予備で道具袋に放り込む。


「ずいぶん買い込みましたね」


「うん。行く前はまさかあそこまで大きな木だとは思わなかったからね。でも一度体験したから平気だよ。今度は登頂してくるから」


「お土産話期待してますね」


「ありがとう、それでは行ってくる」


「行ってらっしゃーい」


 元気いっぱいの孫とそのお友達に見送られ、私は木登りを再開させた。前回ログインした時に吊るしたロープはまだ残っていた。これは助かる。それを腰に巻き付け、スイスイとロープのある場所まで登っていく。楽は楽で良いのだが、気を逸らせ過ぎてしまったようだ。

 時間的にはその場所へ早くついたのだが、昨日登った時よりも疲労が溜まっていた気がする。心臓が暴れ、呼吸は乱れる。

 浴びるように水筒を呷り、心を落ち着けた。


「ふぅ、登る時は命綱がないほうがいいな、これは。却って邪魔だ」


 なんてことはない。命綱をつけたことで慢心が生まれてしまった。

 慢心が油断を産み、その油断がペース配分を乱した。それだけのことである。


「さて妖精さんはどこにいますかね?」


 キョロキョロと周囲を見回すがそれらしいものは写らない。

 試しに何枚かスクリーンショットを撮るも、こちらも反応はしなかった。


「遭遇イベントを何度か踏む必要があるのかな?」


 何にせよ、私がやれること木登りくらいだ。

 妖精については二の次にして、エネルギーを補充してから己の限界を天秤にかけた。




「ひぃ、ひぃ、ひぃ」


 一切油断はしていなかったが、途中から手触りが変わって何度か落っこちそうになっていた。

 運良く【命中】が仕事してくれて命からがら助かったが、足は何度か踏み外している。ゲームに来てまでこんなに怖い思いをしたのは初めてだ。


「ふぅ……ぐっ、あともうちょっと」


 そう思った時にピコンと電子音。

 余計に焦りながら体を硬らせる。ここに来るまでに何回かなったが、正直もう少し空気を読んで欲しかった。


「余裕ない時のスキル獲得は心臓に悪いな」


 ひとりごち、大きく息を吐いた。

 呼吸を整え、スタミナを回復させてから意識を木に向ける。

 正直、スキル確認なんてことをしている余裕がない。


 それから三十分の格闘の後、ようやく上層と思しき場所についた。

 頂上まで後少し。しかしこれ以上掴める場所はなく、ただ幹が大きく天に向かって伸びているだけだった。


 ピコン、と何度目かの電子音。

 足場を確保して、意識をスキルに向ける。すると……


【パッシブ:18】

 ┣『持久力UP』━━ ST消費軽減:15/70

 ┃ ┣『持久力UP中』

 ┃ ┃ ┗持久力UP大:4/30

 ┃ ┗持久力維持:1/4

 ┣『木登り補正』 ━━┳『垂直移動』

 ┃ ┣『クライミング』┫ ┗重力無視:1/100

 ┃ ┗『壁上り補正』━┛

 ┣『水泳補正』━━┳『水中内活動』

 ┃ ┣『潜水』━━┫

 ┃ ┣『古代泳法』┫

 ┃ ┣『水圧耐性』┫

 ┃ ┗『海底歩法』┛

 ┣『低酸素内活動』

 ┃ ┣『木の呼吸』

 ┃ ┗『水の呼吸』

 ┗『命中率UP』

   ┣『クリティカル』

   ┗『必中』


【称号】

『妖精の加護』『木登りマスター』



 なにやら色々と増えていた。

 それと変化しているスキル名がいくつかある。

 水の呼吸ってなんだろうか? 入手した時は確か水中呼吸だったはずだ。そんな風に一人でモヤモヤ悩んでいると、声をかけられた気がした。風に揺られてシャラシャラと葉が鳴らされる音かもしれないが、もしかしたら件の妖精かもしれないと声をかける。


「どちら様ですか?」


 ただし返事は返ってこない。

 周囲は先ほどよりも明るくて、何やらある場所へと誘われているような気がした。


「ついてこいって事かな?」


 一歩その枝に足を乗せると、今まで行手を塞ぐようにして覆われていた木々が解かれて道になった。私に合わせて手摺りまでつけてくれる心遣いに感謝する。

 

「こりゃいい。今までの悪路が嘘のように快適になった」


 落ちたら即死する高さ。それでも意識は前へ向いた。

 木でできた階段の先には、地平線が広がっていた。

 いや違う、これは……


「雲の上?」


 そう、その場所は地上とは違う天上の世界が広がっている。

 だが惜しいかな、私がその場所に入ろうと一歩足を踏み込もうとするも、恐ろしいほどに足の裏に感触がなかった。

 ここを歩くには体が重すぎたのだ。

 つまり今のままでは絶対にその場所を探索できない。

 目と鼻の先に素晴らしい光景が広がっているというのに、私はなんて無力なんだ。


「だがこの景色は素晴らしい」


 地上だって幻想的な景色がたくさんある。

 だがここにある風景は何故だかワクワクとする。

 自ずと手はスクリーンショットの形を取っていた。

 目から手を離して縮小、近づけると拡大。

 

 その背景の向こう側には蜃気楼のように揺れる城が見えた。

 もし妖精が私をあの場所に導きたいのなら、あそこが妖精達の本拠地なのかもしれない。


 パシャリと連続でシャッターを押していく。

 自分の無力さを歯噛みしながら、その映像を収めていく。

 そこで何かがフィルターに映り込んだ気がした。

 それは風に揺られて形を変える……


「ねこ……?」


 しかしどことなく見たことのあるシルエット。

 毛玉に生えた猫耳とふさふさの尻尾が、キャラクタークリエイトの時に出てきたネコ妖精のミーを思い出させた。

 確かに、あれも一応妖精なのだろう。自称だと思っていたけど、まさかこんなに早く出会えるなんてね。


「今はまだそちらに赴けないけど、近いうちに会いにいくよ」


 遠い場所から「待ってるにゃーん」と聞こえた気がした。

 





「ただいま」


「おかえりなさい、アキカゼさん」


 久しぶりの地上の感触を味わっていると、ユーノくんが声をかけてくる。肝心のマリンの姿が見えない。


「あれ、マリンは?」


「先ほどパープルさんからコールがあって出かけて行きました。何でも力を貸して欲しいって」


 娘が直通で救援要請を寄越してきた?

 それって結構ピンチって事だろうか。

 もしかしてこんなところでのんびり木登りしてる場合じゃなかったんじゃないか?


「大変じゃないか。ユーノさんは行かなくていいのかい?」


「アキカゼさん一人置いていけないですよ。それにマリンちゃんに頼まれたんです。お爺ちゃんを街まで送ってやってくれって」


「分かった。それじゃあ急いで街まで帰ろう」


「はい!」


 ユーノ君は力強く返事をし、向かってくるモンスターを蹴散らしながら街へと爆進した。

 本当に見た目じゃ強さがわからないよね、このゲームは。

 こんなに可愛らしい子が孫のマリン以上の強さを持ってるなんて誰が思うのやら。


「それじゃあ私はここで」


「うん。マリンにもよろしくね」


「はい」


 セカンドルナの門で別れ、私もファストリアにワープゲートで転移する。だが街の中は閑散としており、普段より人の気配が少なく見えた。

 建物の隙間から、何かが動く気配があった。


「危ない!」


 見知った声が私の背後から飛びかかり、目の前に迫っていた脅威を追い払う。そこには懐かしい顔があった。


「ジキンさん!」


「何呑気に戦闘フィールドを闊歩してるんですか。死んじゃいますよ?」


「戦闘フィールド? ここは街の中でしょう?」


「ああ、もしかして避難警報を聞いてないんですか? ならしょうがないですね。モンスターが街の中に侵入してきたんです。息子たちが指揮をとって善戦してますが、ジリ貧ですね」


「そうだったんですか……街のみんなは?」


「ハヤテさんも良く知ってる場所に避難してますよ」


「よく知ってるって、もしかして?」


「壁の中ですよ。さ、みんな心配してます。案内しましょう」


 こうして私はジキンさんに連れられて娘たちが率いる作戦本部へと保護された。

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