露出狂ファンタジア
煎田佳月子
プロローグ 現代
とある男が、夕暮れに染まる街中を一人、黙然と歩いていた。
細身だが筋肉の引き締まった長身に、すれ違う女性の多くが振り返るであろう、端正な顔立ち。
そんなイケメンの彼は今、一着のコートを
くすんだベージュ色の、年代物のトレンチコート。
そしてそのコートの下には、なにも身に着けていなかった。
男は裸にトレンチコートだけを
そう。男は、いわゆる「
芸術的バランスで構成された自らのボディラインを、日々の鍛錬で研ぎ澄まされた
自分がいつから露出という行為に目覚めたのか、彼はもう覚えていない。
気付いた時には、己の裸体を他人に見せびらかさずにはいられない、ハタ迷惑な危険生物に成り果てていた。
男が露出行為のメインターゲットにしていたのは、十代
特に熱を上げていたのが、フレッシュな輝きに満ちた、
身体は成長してきたものの、日頃から学校や家庭の厳しい規律に縛られて、異性に関する性知識はまだまだ未熟な少女たち。
そんな少女たちが将来、薄汚れた社会で悪い男に捕まり、その純潔を
それこそが自分に与えられた最大の使命なのだと、男は確信していた。
一人で勝手に確信して、己の変態行為を正当化していた。
自分の裸を目の当たりにした瞬間、頬を真っ赤に染めて恥じらう乙女たちの表情。
それに続いて発される、ハイトーンの
そのうぶな反応は、露出を生きがいにしている男にとって、最高の贈り物だった。
あまりにトチ狂った使命感で少女たちにトラウマを植え付けまくった男はやがて、「
その露出から逃走までの手並みがあまりに鮮やかだったため、警察も彼を逮捕することはできず、男は自らの正体を看破されぬまま、我が世の春を
そして、そんな変態男は本日も夕空の下に繰り出し、
……さて。今日はどの少女に、性の素晴らしさを教授してくれようか。
鋭い眼光で辺りを見回した男は、道端でおしゃべりに興じている、数人の主婦のグループを発見した。
小さな輪を作り、けたたましい声で笑い合う主婦たちの周りでは、その子供とおぼしき幼児たちが、キャーキャーと
……ふぅむ。子連れの主婦相手では、露出の興奮も薄れるな。
幼女と人妻のちょうど中間くらいの年頃なら、
などと
追いかけっこをしていた幼女の一人が勢い余ってか、歩道スペースから車道の方へと、真っすぐ飛び出してしまった。
そしてその正面に迫る、巨大な運送トラック。
……マズい‼
トラックの運転手が驚愕してクラクションを鳴らすより先に、男は走り出していた。
全速力で車道へと駆け出し、疾風の
その動きがあまりに俊敏だったため、身に着けていたトレンチコートは綺麗にはだけ、車道に到達した男は、完全なすっぽんぽん姿になっていた。
すっぽんぽん男は幼女を掴み上げると、歩道脇の植え込みに向かって素早く、しかし可能な限り丁寧に、その小さな身体を放り投げた。
次の瞬間、男の全身に猛烈な衝撃が襲いかかった。
急停止の間に合わなかったトラックが、全裸の男と正面衝突。
巨大な質量+運動エネルギーをモロにくらったモロ出し男は、数メートル近く吹き飛ばされ、そのままアスファルトに裸体を叩きつけられた。
やや遅れて周囲から、多くの悲鳴と喧騒が巻き起こる。
「事故だ! 人が
「やべえよ‼ トラックに正面からぶつかったぞ‼」
「なんだ、子供を
「いやああっ‼ なんで裸なのお⁉」
そんな人々の混乱をよそに、車道に倒れ伏した全裸男は、ぼんやりと思考を巡らせていた。
いかん、やってしまった。
身体が……動かない。
あの子は……あの幼女は、無事だったのか?
瀕死の状態で頭を動かすと、男が助けた幼女が、顔を真っ青にした母親に抱きしめられている姿が映った。
「ママー。見て、おしりー。あのお兄ちゃん、どうして裸なのー?」
泣きもせずケロっとした様子の幼女が、男を指差して無邪気に笑った。
「ダ、ダメよ‼ あんなもの、見ちゃいけません‼」
母親は焦って叫びながら、娘の目に自らの手を覆いかぶせた。
……おやおや。娘の命の恩人を「あんなもの」呼ばわりとは、ひどいじゃないか。
こっちだって、必死だったんだぞ?
幼女よ。君を助けた男の雄姿を、よく覚えておくといい。
まだまだ性の目覚めには
もはや言葉を発する力も残っていなかった男は、我が身を
……なんだか、身体が冷たくなってきた。
全裸でアスファルトに寝そべるのは初めての体験だが、中々どうして、ヒンヤリして気持ちいいじゃないか。
だが、もう……限界みたいだ。
まさか、警察にも一度も捕まらなかったこの俺が、こんなアクシデントで命を落とすことになるとはな。
まあ、これはこれで面白いのかもしれん。
人それぞれの生、それぞれの全裸だ。
せめて、これまで俺の裸体を目撃してきた多くの乙女たちには、よりよい幸福が訪れんことを……
そこで、男の意識は全裸のまま、完全に途切れた。
冷たいビル風が地に伏した男の裸体に吹きつけたが、彼がそれを知覚して、「おお……股間が涼しいぃ‼」と叫ぶことは、もう無かった。
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