第41話 大地(ガイア)に立つ


 『モニカ、モニカ、聞こえるか? モニカ』


「うっ……う~~~ん……はっ!?」


『やっと目を覚ましたかモニカ』


「ここは? えっ!? 今どうなっているの!?」


 気絶から目覚め混乱気味のモニカ。


『残念ながら未だ大気圏の中だよ』


「ええっ!? でも何であたしこの高温の中で無事なの!?」


 コンソールの温度計は80度を超えている。


『それは後で説明するよ、それより今はこの状況を何とかしきゃね、このままじゃ機体の方が持たないからさ』


「どうするのよ!?」


『取り合えずこの足にしがみ付いている敵の機体を利用しようと思う』


 ミズキがオロチの残骸にアクセスしナノマシンに分解し始めた。

 オロチの原形が見る見る崩れていく。

 それはさながら泡の様であった。

 そしてその泡状のナノマシンでレヴォリューダーの周りを囲ったのだ。


『これを断熱材にして大気圏を突破するまで耐え凌ぐよ』


「ちょっと、大丈夫なの!?」


『計算上はギリギリね』


 言っている傍から泡の囲いはどんどん蒸発していく。


「はぁ、分かったわよ、これまでだってミズキはその色んなひらめきと工夫でピンチを切り抜けて来たものね……あなたを信じるわ」


『ありがとう』


「あら、いつになく素直じゃない、あたしが気絶している間何かあったの?」


『まあ色々ね……』


 ミズキは自身がミズキ2号であり、実はモニカはミズキが彼女の脳内の記憶から疑似的に人格を再現していることは黙っておこうと決めていた。

 但し、今のミズキは所詮ミズキの限りなく本物に近いコピーであり、どこまで似せようとも機械の範疇を超えられない。

 それ故に人間に具体的な質問を受けた場合嘘を吐く事が出来ないのだ。

 なるべくその時が来ないようにとミズキは願った。


 二人が会話をしている内に徐々にではあるが機体内の温度が下がってきた。

 そして数分後、二人の乗るレヴォリューダーは大気圏を突破、惑星ガイアの空に突入した。


「わぁ……本物の空ってこんなに綺麗なんだね……」


 透き通るような青空にモニカは目を輝かせ溜息を吐く。

 太陽が目に眩しい。


『そうか、君はスペシオン出身だから惑星ガイアには来たことがないんだね』


「うん、コロニーでも部屋の壁紙に自然の景色を投影したりしていたけどVRだったからね、やっぱり本物は違うわ……こんなに綺麗な世界なのに地上には人が住めないなんて信じられないわね」


 視線を足元に移すと鬱蒼とした緑が地面を覆っており、広大な森が広がっているのが分かる。

 惑星ガイアから総人口の約半数の人類が離れた理由は依然述べた通り未知のウイルスが原因であるがこれは人間にしか感染しない。

 人の手が入らなくなったことによって開発による環境破壊が激減、ガイアの自然は回復し地表は植物が豊富な上動物も多数生息している。


『人はどこに住んでるんだ?』


「リガイアは地下にある国家よ、スペシオンの潜伏組織も地下に居るはずね、ただ肝心のハイペリオンの本部がどこにあるかは分からないわ……まさかあたし達だけが単独でガイアに降りるとは想像もしていなかったもの、こんな事になるのなら予めレント隊長あたりから聞いておけばよかったわ」


『そうか、おっと、そろそろパラシュートを開かなきゃな』


 レヴォリューダーの両肩のハッチが開き、2つのパラシュートが開く。

 腕は両方とも破損していたが、パラシュートの格納してある肩部が無事だったのは不幸中の幸いである。

 もしもの時はミズキが何とかしただろうが。

 ゆっくりと下降していく機体、地表近くに接近した折、樹々をなぎ倒しながら森林内へと着地した。

 その際に野鳥が一斉に飛び立った。


「あらら、面倒な所に落ちたわね」


 レヴォリューダーは樹々に絡まった状態の上、背面から地面にめり込んでしまい自力で起き上がることが出来ない状態になっていた。


『仕方ない、レヴォリューダーは置いて行こう』


「今までありがとうレヴォリューダー……あれ……?」


 労うようにそっとレヴォリューダーの頭部側面に手を触れるた途端、自然に頬を伝う涙に戸惑うモニカ。

 その様子を見ていたミズキも何とも説明できない感情に囚われていた。


「いま非常用パックを用意するわ」


 非常用パックとは僅かばかりの水と携行用の食料、その他懐中電灯、着火剤等などサバイバルに必要な物が入ったバッグである。

 これはシート脇に常設されている物でまさに現在の状況にうってつけの装備品だ。

 コックピットハッチを開き、それを肩にかけモニカは機体外に降り立った。

 ミズキもコンソールからキューブの身体を外し、ケーブルの足を器用に使ってモニカの後を追う。


「問題は酸素がどこまで持つか……酸素の切れ目が命の切れ目ってね」


 地上はウイルスが充満しており、感染を防ぐためには酸素ボンベ付きの外装無しでは行動できない。

 もちろん地上には普通に大気が存在するがそれを使えないのは実にもどかしい。


『今の君はヘルメットを取っても大丈夫だけどね』


「はぁ? そんな訳ないでしょう? どうしてそんな事をいうの?」


『さっきモニカは何故高温なのに自分は無事なのか知りたがったよね?』


「うん」


『それは……』


 ミズキはモニカに彼女の身体をナノマシンで造り替えた事を話した。

 無論初代ミズキが犠牲になったことを伏せて。


「えっ!? 何でそんな事になっているの!?」


『ゴメン、君の意識が無かったから同意を取らずにやってしまった、でも分かってくれ、そうしなかったら君は今を生きていなかったんだよ』


「そう……じゃあ仕方がないわね……」


『あれ、もっと落ち込むかと思っていたんだけど』


「だってしょうがないでしょう? 命には代えられないしもうなってしまったものは戻らないんだし」


『それはそうだけどねぇ』


 モニカの予想外にドライな反応にミズキは苦笑した。


「そうだ、せっかくだから試してみようか」


『えっ?』


 モニカは首元に手をやり留め金を外す。

 そして徐にヘルメットを上に挙げる始めた。

 もしウイルスに感染した場合はすぐに呼吸困難に陥り激しく咳込む症状が出る。

 構造上モニカの身体は病原菌の感染はしないはずだが流石のミズキも固唾を飲んだ気になって見守るしかない。

 緊張の一瞬……。


「ぷはぁっ!! ふぅ……」


『はぁ……』


 ヘルメットを完全に外し顔を振って髪を靡かせると汗が飛び散った。

 その水滴が日光に反射して輝き、モニカの整った顔をより魅力的に引き立てる。

 その様子にミズキはドキリとした。


『………』


 素顔を晒し数秒経つがモニカには何の異変も認められない。

 やはり今のモニカにはこの驚異のウイルスですら撥ね退ける強靭な身体が備わった様だ。


『……ほら言った通りだったろう?』


 とはいえ内心ドキドキものだったミズキ。


「ええ、空気が美味しいってこういう事なのね、コロニーの空気とは全然違うわ……これならもしもの時の為の酸素を節約できる」


 ヘルメットを首の後ろ、背中側にぶら下げボンベの栓を閉める。


「じゃあ行きましょうか、手掛かりを探しましょう」


『そうだね、取り合えず廃屋でもいいから建物を探そう、まだ端末が生きているかもしれない』


「OKミズキ、あなたと一緒ならきっと何とかなるわ、頼りにしているわよ相棒」


『うん、これからも宜しく相棒』


 二人はガイアの大地に新しい一歩を踏み出した。


 だが二人は気付いていなかった、遠くの空から一機の小型ドローンがこちらを監視していた事に。

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