第23話 超AI(ミズキ)の能力(ちから)


 「これはどうしたっていうんだい……」


 戦艦セインツの格納庫内、ミズキたちが持ち込んだ人型機動兵器グリズリーを調査していたガロンが驚愕する。

 手で触れたグリズリーの装甲が触れた所から砂の様に崩れ去り床に積もる。

 その粉末を手に取り擦り合わせるとまるで良質の小麦粉の様な滑らかさであった。


「おい、こいつを原子顕微鏡で調べててくれ、後で俺も行く」


「はい」


 若い整備士に集めた粉を入れた缶を渡す。

 整備士は急いで走っていった。


「おう、慌てて転んで粉をぶちまけるんじゃねぇぞ!!」


「はい!!」


 整備士をに発破をかけ再び機体に向き合う。


「もしやこいつもあのAI小僧の仕業なのか? やってられねぇなぁ……」


 やれやれと頭を振り、ガロンは深い溜息を吐くのだった。

 ただその顔は少し楽しそうでもあった。




 「モニカ、気を強く持って聞いて欲しい……今、現実世界での君の身体は医者が匙を投げた程の絶望的な状況にある」


「嫌っ!! 聞きたくない!!」


 ミズキの呼び掛けにモニカは両耳を押さえ頭を振る。

 自分の手遅れである告知など聞きたくなかったからだ。


「耳を押さえても無駄だよ、今は僕の身体も君の身体もただの概念でしかないからね、どうしても伝わっているはずだ」


「うぐぐ……」


「まあ聞いてくれ、医者にできなくても僕には出来る事がある、気にを助けることが出来るんだ」


「本……当……?」


「ああ本当だ、寧ろ医者ではできない発想と能力が今の僕にはあるんだよ、その為に僕は君の脳内までやって来たんだ」


 不安げなモニカの肩を軽く叩くミズキ。

 モニカの表情が僅かに和らぐ。


「モニカは以前、蛇野郎と戦った時アヴァンガードが発熱したのを憶えているかい?」


「ええ、巻き付いていた敵の機体の装甲を溶かしたよね、しかもその後物凄く強くなった」


「そうだ、あの現象が何なのか僕にも始めは分からなかったんだけど、君を連れヴァイデス大佐と敵艦から逃亡中に追手と戦った時、またその能力が発動したんだ

 その時は乗っていた機体の形状すら変える力が現れた……その時に分かったんだ、僕は物質に働きかけ極少の粒子に変換して別の物質に変換し、新たな能力を付加することが出来るとね」


「えっ?」


 モニカはきょとんとしている。

 それはそうだ、唐突にそんな事を言われて理解できるはずもない。

 ミズキも苦笑いするしかなかった。


「えっと、説明するより実際にやってみた方が早いかな、恐らくそれで君の破壊された脳細胞や神経細胞は修復されるはずなんだ」


「ちょっと待ってよ!! その力ってロボットに、無機物相手に起こった事でしょう!? 人間である私に使って大丈夫なの!?」


「不安なのは分かるよ、でもこのまま何もしなければ君は二度と目覚める事はない、それでもいいのかい?」


「……それは嫌」


 モニカの不安は当然だ、ある意味これは命懸けの博打である。

 しかし選択肢は既に存在していないのだ。

 散々悩んだ挙句、顔を上げモニカは決意する。


「……分かったわ、やって頂戴」


「OK、じゃあこれで一つ貸しって事で」


「なっ……それはズルいわよ!!」


「あははっ冗談だよ、出来れば現実世界あちらではこれまで通り仲良くやろう」


「分かったわ、でもあくまでこれは休戦よ、栞を見つけるまでのね」


 モニカは赤面しながら口先を尖らす。


「それでいいよ、じゃあいくよ!!」


 ミズキは目を閉じ意識を集中する。

 すると彼の身体が発光し拡散、周りが見えなくなるほどとなった。

 当然、日本の街並みも次々と消え去っていく。


「お願い……!!」


 眩い光の中、モニカは手を握り締めひたすら祈った。




「おおっ!! これは……!!」


 医務室で目の前で起こっている現象に思わず声を上げるダンテ。

 ミズキのAIボックスが明滅を繰り返すと彼とモニカを繋ぐケーブルが脈を打っていく。

 その様子はミズキ側からモニカ側に何かを送っているように見える。


「一体何が起こっているんです?」


「分からん!! しかしこれは現在の医療を根底から覆す医療行為が行われているのは確かじゃ!!」


 レントールの心配そうな表情とは対照的にダンテの表情は歓喜に満ちていた。


『僕の構成素材をモニカの体内に送り込み変質させ、欠損した脳の機能を補う……』


 モニカの体内に入った金属組織がグニグニと蠢き線虫のような形状を取った。

 それは血管内や細胞内を遊走し脳内の死滅した細胞に取り付き貪食を開始、そのままその細胞の代わりにその場に置き換わっていく。


『よし、上手くいった……』


 その現象が全ての細胞の損傷を復元したのを確認したのち、ミズキはケーブルをモニカから切断、モニカの延髄部分に接続端子を残した状態で施術は終了した。


「どうじゃ!? 上手くいったか!?」


『やれるだけの事はやったよ、後はモニカが目覚めてくれればOKだ、レント隊長、ちょっと呼び掛けてやってくれませんか?』


「分かりました、モニカ、聞こえますか? モニカ?」


「……うっ……う……ん……」


 ゆっくりと見開かれていくモニカの瞼。


「あれ……あたし……どうして……」


『フゥ……』


 モニカが目覚めたことに安堵しミズキはほっと一息つく。


「凄いぞ君!! これはナノマシン医療の大革新じゃぁ!!」


『ナノマシン? そうか、確かに……』


 自身の能力にはっきりとした定義付けが出来なかったミズキだったがダンテの一言にハッとなる。

 ミズキは能力は金属をナノマシン化し自在に操る能力があるのだと改めて理解するに至った。

 アヴァンガードやグリズリーの機体が変貌したのはまさにその能力の発現によるものであり、装甲の発熱はナノマシンが超高速で振動した事によって起きていたのだ。

 整備士長のガロンが見た装甲の粉末は役目を終えて機能を失ったナノマシンだったのは後程発覚することになる。


「君、ミズキ君と言ったかね、これから儂の研究に付き合わんか!?」


『それはまた今度で、今はモニカを診てくださいよ』


「おっとそうじゃったな」


 浮かれていたダンテは気を取り直しモニカの目を手で開き手で持つ小型ライトで瞳孔の確認をする。

 それからもいくつかの確認をし、モニカが正常であることが判明したのであった。




「失われてしまった記憶があるものの身体には特に影響は無いようじゃな、暫く休ませておくが良かろう」

 

「ダンテ、ありがとうございます」


 医務室の外の廊下でレントールは深々と頭を下げる。


「いやいや、儂は何もしておらん、礼ならミズキ君に言い給え」


「ミズキ、モニカを救ってくれて本当にありがとう、君がいなければ正直どうなっていたか分からない……」


『一か八かの出たとこ勝負でしたよ、自分でやっておきながら何ですがもう奇跡としか言いようがありません……ところでこの船は何なんですか? レント隊長の服装もスペシオンのものとは違うようですが』


「ああ、その辺の経緯を君は知らないんだったね……」


 ミズキは彼とモニカが不在中にあった経緯をレントールから聞かされた。


『なるほど、そんな事があったのですね……ではこれからの行動はどうするのです? 僕とモニカの救出という目的は達したのでしょう?』


「まあその辺はみんな揃った時にでも説明しますよ、ところでミズキ、君は陣営が変わった事には特に何も思わないのですか?」


『えっ? そうですね、僕は人間同士の勢力抗争に特に興味はありませんから、僕は僕の目的さえ達成させてもらえればどこに所属していようと関係ありません 

 それにこちらには気心の知れた仲間がいますからね、問題ありません』


「そうですか、それを聞いて安心しました……では、その目的を聞いても?」


『申し訳ないですが今は言えません、恐らく言ってもモニカ以外には誰も理解できない筈なので』


「分かりました、こちらとしても君が我々と敵対しないのであれば何の問題もありません、これからもよろしくお願いしますよ」


『こちらこそ』


 ミズキは短いケーブルの腕をもたげ、レントールと握手をした。




 戦艦セインツ内、営巣。


「お疲れ様」


「これは艦ちょ、いえ船長」


「ちょっと中の人に聞く事があるの、会わせてもらえるかしら?」


「はい、お待ちを」

 

 見張りの青年によりドアのロックが解除された。

 ヴァイデスが収監されている営巣の一室にエリザベスが訪れたのだ。


「この艦は実にアットホームだな、暴行も受けないし飯も悪くない」


 エリザベスに背を向け、窓の外の宇宙空間を眺めながらヴァイデスが皮肉を言う。


「私達ハイペリオンは軍隊ではないですからね、その辺は緩いんですよ」


「うん? 尋問に女性が一人で来るとはね、ますます平和惚けが……」


 振り向いたヴァイデスの目が徐々に見開かれ、驚きの表情になっていく。


「お前は……エリザベス!?」


「えっ? 何故私の事を知っているのです? って、パパ!? どうしてここに居るの!?」


「馬鹿者!! それはこちらの台詞だ!! 『自分探しの旅に出ます、探さないでください』と書いた置手紙を残して家出をしおって!! 今までどこで何をしていた!?」


「それはその……あの後ハイペリオンに入って今はこの戦艦の船長をしてるわ」


 ヴァイデスの物凄い剣幕にたじたじのエリザベス、これではどちらが尋問をしているのか分からない。


「……呆れてものが言えん、母さんも心配していたぞ」


目まいがしてベッドに座り込むヴァイデス。


「それについては悪かったと思っているわよ……捕虜の名前がヴァイデスなんてどこかで聞いた名前だなと思っていたらまさかパパだったなんて驚きだわ」


「こっちも驚いたよ、よくそれで艦を一隻任されているな、ハイペリオンとやらは本当に大丈夫なのか?」


「余計なお世話ね、でもパパだっていうなら話は早いわ……ねえパパ、私たちの味方にならない?」


「何だと?」


 実の娘エリザベスからの唐突な申し出にヴァイデスは困惑するのであった。

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