第19話 再起動


 ハイペリオン陣営、グランツらが苦戦する中、スペシオンの追手である高速宇宙巡洋艦チェイサーの艦橋から戦況を見守っている者がいた。


「レントよ思い知ったか? そうそう貴様の思い通りにはいかないだろう?」


 軍服で腕を組んでいる男は名をハイデルといい階級は准将、高速宇宙巡洋艦チェイサーの艦長だ。

 奇しくも彼はレントールとは士官学校では同期であった。


「ルーカスのパイロット達はいずれもエース級ばかり、しかも極秘に完熟訓練も進めていましたしあんな寄せ集め集団に負ける道理がありません」


「そう言ってやるなケルン、彼らとて生き残る事に必死なのだよ」


 ケルンと呼ばれた精悍な男はハイデルの部下である、階級は中尉。

 ハイデルの右腕として的確な判断や指示を出す事に定評がある。


「レントという男は優秀であったが特に昇進に拘らない奴だった、本気を出せば俺なんぞより上に行けたものを……」


「お言葉ですが私にはそうは思えませんね、現にスペシオン軍に反旗を翻す危険人物です」


「優秀だからこそ枠に収まらないのだよ、そうは思わないか?」


「そう言うものでしょうか」


「まあお前にも分かる時が来るさ」


 首を捻るケルンの肩を叩くハイデル。


「ハハハッ!! 様ぁないなぁ!! さっさとやられてしまえぃ!!」


 艦橋の正面の窓に張り付き興奮気味の太った男がいた。


「ファウザー殿、少しは静かにしてもらえませんか?」


 ハイデルの視線には侮蔑の感情が込められていた。


「はっ、これは失礼した、しかし儂をこんな目に合わせた奴らの惨めなさまを見届けてやりたくてな!!」


 エデン3から脱出ポッドで追い出されたファウザーはこの巡洋艦に救助されていたのだ。

 しかも立場を弁えずに艦内をハイデルの許可なく移動するなど好き勝手に振舞っていたのである。

 稀にあるのだ、宇宙空間を漂流した事による過度の不安とストレスによって精神に異常を来たす人間が、彼がまさにそれに当たる。

 目の前で展開する戦闘を見ながら一喜一憂するファウザーはまるで子供の様だった。


「宜しいのですか? あの者をこのままにして……」


「仕方があるまい、艦の運航に支障がない程度なら放っておけ……問題はもう一つの方だろう」


 ハイデルがそう言うのと同時に一人の白衣を着た初老の男が艦橋に現れた。


「艦長、先ほど収容した人物は死亡が確認された、ここから先は儂の好きにして宜しいかな?」


「いいでしょう、身元不明の遺体ですが解剖がてら実験に使うのを許可します」


「あんたは理解があって助かりますな、じゃがスペシオンの軍人にしては珍しくはないかね?」


「ダビデ博士、口を慎みなさい!!」


 ケルンが憤慨する。


「よいケルン、本当の事だ……君は怒るかもしれないが私はレントが羨ましかったのだよ」


「なっ、ハイデル艦長?」


「奴は奴で己の信念の為に行動を起こした……それならと私も心の中で少しだけ野心が首をもたげて来たのだよ、軽蔑するかね?」


「いえ……」


 目を伏せ口籠るケルン。


「ファッファッファッ……犠牲失くして科学の進歩は無い、任せておけ」


 不気味な笑い声を上げながらダビデと呼ばれた科学者は艦橋を後にした。


 戦闘はハイペリオン側が不利なまま未だ継続中であった。




「あれ……ここは……?」


 ミズキは病院の建物の様な場所で目を覚ます。

 そこは無機質な長い廊下で、待合の長椅子が壁に沿って並べられている。

 ミズキはこの場所に覚えが有る気がした……そう、ここには一度来た事がある。


「次の方、ミズキさんどうぞーーー」


 天井近くに備え付けられているスピーカーから若い女性の声がする、これも聞き覚えが有る声だ。

 周りを見渡すが自分以外誰もいないのでミズキはドアを開け中に入ろうとしたがドアノブを掴むことが出来ない。


「あれ? あっ!!」


 今更になって気付くがミズキには手が無かった。

 いやそれは正しくない、彼には腕どころか足も頭も胴すらも、人らしい体の部位が一切なかった。

 今の彼はただの輝く光の球体だったのだ。

 仕方なくそのままドアに身体を押しあてるとそのまま身体はドアをすり抜けたではないか。

 どうやら彼の今の身体には質量が存在しないらしい。


「あら、これは珍しいお客様ね、ではそこにお掛けください」


 病院の診察室然とした広すぎない個室、事務机を挟んだその先に若い女性が座っている。

 ミズキは軽くデジャヴを感じる、こんな体験、以前もした事は無かったか? そんな感覚が彼を支配する。


「ミズキさんで間違いないですね?」


「……はい」


「あなた、本当に珍しいですね、大体普通は前世の姿を保ったままここを訪れるというのに」


「そうなんですか」


 正面の女性を見れば見るほどどこかで一度会っている気がしてならない。

 しかしもう少しで思い出せそうなところまで行くのだが思い出せない……とても不快でもどかしい。

 女性は机上の書類に目を通していると、突然その手が止まる。

 何事だろうと見守っていると女性はすっくと立ちあがり、机を回り込んでこちら側へと移動、ミズキに詰め寄ってきた。


「もしかしてあなた、七瀬瑞基君!?」


「えっ……?」


「ほら!! 憶えていない!? 私よ、ジェニファーよ!!」


「うーーーん……あっ……!!」


 ここに来てミズキの今までのもやもやが一気に吹き飛ぶ。

 

(そうだ、僕は以前ここに来ている、しかもジェニファーと名乗るこの女性に会ったことがある……)


 ミズキは完全に記憶を取り戻す。

 ここは【異世界転生課】……前世で条件を満たした者だけが訪れる事を許される来世の転生を斡旋する場所。


「えーーーと、あなたがここに来たって事は二回目の転生人生も天寿を全うしたって事なのかしら?」


「どうでしょう……戦闘中に記憶がブツっと途切れてそのままなんですが……」


「そう、ちょっと調べるわね……」


 ジェニファーは再び書類の束に目を通し始める。

 何枚か捲った後にジェニファーの顔色が変わる。


「何てこと……あなた、まだ死んだ事になっていないわ」


「えっ? どういうことです?」


「こちらの事情で申し訳無いのだけれど、あなたの転生していた世界っていうのはここ異世界転生課で扱うのは初めての物件だったのよ、特にあなたはAIという無生物に転生したでしょう? だから転生システムが機能停止を死亡と勘違いしちゃったみたいなのよ」


「何だってそんな……」


「ごめんなさい、ちょっと上司に相談させて頂戴、あっ、もしもしマライア先輩? いまお電話大丈夫ですか?」


「おーーーい……」


 ジェニファーは取り出したスマートフォンで誰かと会話を始めてしまい、暫く待たされる羽目になってしまった。


「はい、はい、分かりました、お手数を掛けました、失礼します」


 どうやら話は付いた様だ。


「お待たせしたわね、では本題に入ります……ミズキ君、あなたにはいくつかの選択肢が与えられます」


「選択肢?」


「はい、まずはこのまま元の世界へ戻りこれまで通りロボット搭載のAIとして過ごす事、そして次はここでもう一度新たな異世界転生をして別の人生を歩む事」


「………」


 ミズキは戸惑った、普通ならここは元の世界へ戻る事を選択するだろう……しかしミズキには安直にその選択肢を選ぶことが躊躇われた。


「ジェニファーさん、ひとつ質問いいでしょうか?」


「何でしょう? 答えられる範囲でいいのならお答えしますよ」


「僕は前世、いえ前前世になるのかな、車に轢かれそうになった女の子を助けたんでしたっけ?」


「そうですね、ってどうしてそれを憶えているのでしょう!? 本来は前世以前の記憶は残らない筈なのに!?」


 ジェニファーは激しく動揺する。


「しかも助けたはずのその娘はそのまま死んでしまったんですよね……」


「そこまでご存じでしたか、前回は敢えて教えなかったんですが……」


「そんな僕に転生して新たな人生を歩む資格があるんでしょうか? やはり僕は転生なんかするべきではなかったんだ……」


「ミズキ君……」


 ジェニファーはいたたまれない気持ちになった。

 元々異世界転生に乗り気でない瑞基をなかば強引に転生させたのはジェニファーであった。

 そして何の因果か新たな転生先で前世の記憶を取り戻し罪の意識にさいなまれているのだ。


「第三の選択肢……魂の存在を消して二度と生まれてこない事には出来ませんか?」


「あなた、本気で言ってるの?」


 瑞基の消極的な提案にジェニファーは憤った。

 前回もそうだったが今回ばかりはジェニファーも口を出さずにはいられなかった。


「話しを聞いてあげていればグジグジグジグジといじけまくって何なのよ!? ちょっとは前向きに物事を考えられないのかしら!?

 記憶もリセット、境遇も人間関係も変わってやり直せるのに何を贅沢な!! 異世界転生は誰にでも起こるものでは無いのよ!? ふざけないで!!」


「ジェ、ジェニファーさん?」


 いきなりキレはじめたジェニファーにミズキは戸惑う。


「本当は私なんかにこんなことを転生者に教えるのは許されないんだけれど、あなたが殺してしまった娘はあなたと同じ世界に転生しているのよ!! もしその娘に悪い事したって思うならそっちの世界で罪を償うといいわ!!」


「まさか、そんな……?」


 ミズキは背筋に冷たいものが走った感覚を味わった。

 今のミズキには背中なんか無いのだが。


「という事であなたには選択肢を与えません、今すぐ元の世界に戻って続きの人生、AI生を歩みなさい!!」


 ジェニファーに指さされた途端、ミズキの意識が揺らいでいく。

 まるで酔っ払ったかのように。


「あーーーあ、これで私も異世界転生課をクビね……頑張んなさいミズキ君」


 ここでのミズキの最後の記憶はジェニファーの淋しそうな微笑であった。




『はっ……!?』


 次にミズキが目覚めたところは薄暗い場所であった。

 しかも激しい振動が伝わって来る、ここは何か乗り物の中なのだろうか?


「くそっ!! さすがに戦うためだけに生まれて来た子供たちだな、これはいよいよまずい事になりそうだ……」


 聞いた事のない男の声がする……ミズキが自分の周辺を確認するためにセンサーを作動するとようやく状況が分かってきた。

 ここは人型機動兵器のコックピットの中、しかも操縦者は筋肉質の大男。

 そしてこの機体にはもう二人、人が乗っているらしい。

 一人は男性で体温が感じられない、既に絶命している様だ。

 そしてもう一人、こちらは女性で体温は感じるが意識は無い。

 しかも彼女の身体的特徴はミズキもよく知るものだった。


『モニカ!?』


「何だ? AIが起動したのか?」


 パイロットの大男が話しかけて来た。


『あんたは誰だ?』


「俺はヴァイデス、リガイアの特務大佐だ、お前さんは確かミズキと言ったな?」


『何で僕の名を?』


「そこのお嬢ちゃんが教えてくれたんだ、まあ肝心のお嬢ちゃんの名前を俺は知らないんだがね」


『一体どうなっているんだ? 状況の説明を』


「おっと、悪いが今は無理だな、下手したらこの先も無理かもしれないが」


『何を言ってるんだ?』


「今は絶賛戦闘中でね、しかも相手は強敵と来ている、もう持たないかもしれない」


『そんな……』


 確かに先ほどから攻撃を受けたらしい振動が断続的に響いてくる。

 生き返った直後から再び命の危機、ミズキはこの状況をどう切り抜けるのか。

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