第7話 そのAIは推理する


 逃げ惑う人々………響き渡る悲鳴……轟く銃声……。


 そんな市街地の最中、少女は青年に腕を引かれながら必死に走っていた。

 しかし少女が突然立ち止まってしまう。


「ハア……ハア……ハア……ゴメン……もう走れない……」


「もう少しでシェルターだ、頑張れ!!」


 青年の励ましをよそに地面に膝を付き、そのまま四つん這いになってしまった。

 少女はもう限界だった、喉が張り付き嗚咽をし脇腹も痛む。

 足も前に出ず、これ以上走ることが出来なくなっていた。


「私を置いて行って……もう○○の足手まといにはなりたくない……」


「何を言っているんだ!! 君を置いて俺だけ逃げられるわけないだろう!! さあ行こう!!」


「あっ……」


 青年は少女を助け起こし、両腕に抱え上げる。

 彼は少女に比べれば体力に余裕があるだろうが人ひとり抱えて移動する程ではないはずだった。


「無理だよぅ……」


「大丈夫だ、任せろ」


 微笑む青年であったが額に脂汗が浮かんでいる。

 それでも彼は足を止めない。


「あっ……あったよ!! シェルターだ!!」


 前方に地面に空いた四角い穴、その中には地下へ通ずる階段が見える。

 穴の四隅に一本づつ柱が立っておりその上に穴を塞ぐための蓋に当たる隔壁が乗っている。


「良かった、まだ閉じていない……今の内に中へ入ろう!!」


 シェルターまであと少し、その為青年は少女を地面に立たせた。

 ここまで来ればもう安心、二人はそう思った。

 しかし突然の地揺れ、危うく倒れそうになる。


「そんな……」


 少女は戦慄する、何と二人のいるシェルターからすぐの場所にリガイアの人型機動兵器ヘルハウンドが上空から降下してきたのだ。

 ただ幸いだったのはヘルハウンド側からは建物の瓦礫の影でシェルターが見えていない事だ、二人もまだ発見されていないはず。


「行こう、今の内だ」

 

 シェルターに向かって再び足を向けたその時だった。


 ガコン……ウィイイイイイイン……。


「見て○○!! 蓋が……閉まって行くよ!!」


「何だって!?」


 機械の駆動音と共にシェルターの蓋がゆっくり下がっていくではないか。

 恐らくヘルハウンドが間近に接近した事で危機を感じたシェルター内部の人間が発見を恐れてハッチを閉じに掛かったのだ。


「そんな……待ってくれ!!」


 青年の悲痛な叫び。

 あと少しなのに……しかし二人には、特に少女には急いでそこまで移動する体力は残っていなかった。


「君たち!? 避難者か!?」


シェルターの階段から大人の男性が顔を出す。


「助けてください!! 蓋を閉じるのを止めてください!!」


「無理なんだ!! すぐには止められない!! 何とかこちらへ来れないか!?」


 一度閉じ始めたハッチはそう簡単には止められなかった、すぐそこに敵の機体が迫っているのだから尚更だ。


「じゃあ、僕らは一度どこかへ身を隠します!! 頃合いを見計らってもう一度開けてください!!」


「分かった!! 死ぬんじゃないぞ!!」


「はい!!」


 その青年と男性の会話の直後、ハッチは完全に閉じてしまった。


「そんなぁ……」


 少女は地面にへたり込み一筋の涙を流す。


「諦めるな、まだ大丈夫だよ、聞いた事があるけど機動兵器は人間一人二人くらいの温度は検知できないんだって……そう簡単に見つからないよ」


 脱力した少女を抱え起こし、近くにあった大き目の瓦礫に身を隠す二人。

 ヘルハウンドの足がすぐ近くを通っていく。

 振動の中、二人は抱き合って恐怖に耐える。


(早く行って……早く行って……早く行って……)


 少女は必死に手を合わせ心の中で祈った。

 ここを凌げればシェルターに入れる、そうすればとりあえずは安心だ。

 しかし天は彼らを見放した、隠れていた瓦礫がヘルハウンドの起こした振動で崩れてしまったのだ。


「そんな……」


 音に反応してヘルハウンドが足を止める、そして片膝を付き瓦礫を退けようと腕を伸ばしてきた。

 このままでは二人とも見つかってしまう。


「君はここに居ろ、絶対に動くな」


「えっ? どうするの? あっ……」


 少女に答えず青年は瓦礫から飛び出す。


「ほらこっちだ!! このノロマの木偶の坊!!」


 わざと大声を張り上げ青年は走る。

 それに反応し、ヘルハウンドは再び立ち上がり青年を追いかける。

 そう時間を置かず青年も機動兵器も少女から遠ざかっていった。


 数時間後、少女はシェルターから救助に出て来た大人たちに茫然と座り込んだ状態で発見され、その後数年一切の感情表現が出来なくなっていたのだ。


 


『はっ……?』


 ミズキは我に返る。


『またか……これは所謂【夢】というものなんだろうな、これで三度目だ……夢とは睡眠中にそれまで生きて来た経験と知識を整理するために脳が見せる幻覚のような物と聞く……なら何故人間としての経験がない造られし物である僕が夢を見る? これもルミナが言うAIの進化なのか?』


 夢を見るのも三度目ともなるとミズキももうそこまで驚かなくなっていた。

 だがどうにも気になる、昨日のルミナの言動も気になっていた事もありミズキは分析を開始する。


『これまでのパターンを鑑みるに夢を見た前後には僕のデータに誰かしらがアクセスした形跡があった……一度目はガロンのおやっさん、二度目はソーンだ

 となると今回も誰かが僕のデータにアクセスした可能性がある』


 そう考えたミズキは自らのデータへのアクセスログを見直した。


『うーーーん、直接僕にアプローチした形跡は無いな……僕の思い過ごしだろうか? ただ気になるのはこれまで見た夢はどれも別々の人間の記憶な気がしてならないよ……一度目と二度目は男性で、境遇が似ている人物のように見えるけど、今日のは明らかに女の子の記憶だった』


 一度目二度目はいじめられていた少年の記憶、三度目は戦場で逃げ惑う少女の記憶……特に特徴的な三度目の記憶に着目し、ミズキは調べ物をする事にした。


『夢が少女の夢と仮定したとして、今の僕に関わりのある女性はモニカとフェイの二人のみ……二人には悪いけど少し過去の経歴を調べさせてもらおう』


 ミズキはスペシオンのデータベースにアクセス、モニカ・フランディールとフェイ・ミンファの個人情報をピックアップする。


『少女時代の戦争体験』


 キーワードを入力するとヒットした、フェイの方だ。


『何々……十歳の時、住んでいた街ファランをリガイアに襲撃され兄ティエンレンと死別、一人だけ生き残る……その後精神を病み医療施設で3年治療を継続、奇跡的な回復を見せ翌年パイロット養成所に入所……卒業後現在エデン3にて人型機動兵器操縦士として防衛任務に従事……』


 ミズキの見た夢と共通の部分があった。


『もしやあの夢、記憶はフェイのものなのか? なら他の夢は?』


 更に思考を巡らせ、そして思い当たる。


『二度目の夢はいじめれらた少年が少女に庇われていたな……そしてソーンのAIルミナは女性人格だ、これは偶然なのか? だとすると今回の夢は……』


「おうミズキ、調子はどうでぃ」


 おやっさんがミズキのストライカーにやって来た。


『あっ、おはようございますおやっさん』


「へっ、とうとう俺もAIにおやっさん呼ばわりかい」


『済みません、嫌なら辞めますが……』


「いいよ今更、隙に呼んでくんな」


『はあ』


 何だかガロンのミズキへの当たりが少しだけ優しくなった気がする。

 

『もう僕のデータを解析しないんですか?』


「ああ、それか……俺には無理だからな、諦めたよ」


 ソーンがおやっさんのデバイスをこき下ろしていたのを思い出す。


『つかぬ事をお聞きしますが、おやっさんは今日、フェイの機体を整備しましたか?』


「いんや? まだだが、それがどうした?」


『少し気になる事がありまして……そちらに行くことがありましたら立ち会わせてもらえませんか?』


「はっ? おかしな事をいう奴だな、どうしてだい?」


『胸騒ぎがするんですよ、何かが僕らの知らないところで起きている焦燥感とでも言いましょうか、とにかく気になるんです』

 

「箱みたいなナリのお前が胸騒ぎとはちゃんちゃらおかしいがいいぜ、立ち会わせてやるよ」


 ガロンは出したばかりの機材を鞄に仕舞い移動し始める。


『あれ? ストライカーの整備は?』


「後回しだ、ファランクスの方を先に見るぜ、お前さんが変なこと言うから気になるじゃねぇか」


『ありがとうございます、では通信機をオンにしておいてください』


「分かったよ」


 ガロンはファランクスの元へとやって来た。


「来たぜミズキ、で、どうするんだ?」


『コックピットに入ってコンソールを起動して頂けますか?』


「おう」


 ガロンがシートに腰掛けようとしたその時。


『勝手にフェイの席に座らないで頂けますかな? ご老体……』


「何だぁ? こいつ、しゃべりやがったぞ!!」


 若い男性の声がコックピット内に響く。


『予想が当たったか、初めまして、僕はミズキ……君はティエンレン、違うかい?』


『へぇ、俺の事を知っているのかい? 君に気取られない様に気配を殺していたのに……』


 第三の進化AIの登場にミズキは言いようのない恐怖を覚えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る