第4話 ターニングポイント


 数時間前、スペースコロニーエデン3を襲撃したリガイア軍の人型機動兵器ヘルハウンド6機が戦艦ドッグケージに帰還し格納庫に収納された。


「おう、ご苦労だったな」


 体格の良い初老の隻眼男性が帰還したパイロットたちを出迎えた。

 彼の軍服の胸には夥しい数の勲章がぶら下がっていた。


「はっ、ヴァイデス大佐!! ケイデス曹長以下6名、只今帰還いたしました!!」


 パイロット達が一糸乱れぬ敬礼をする。


「お疲れの所済まないが、早速報告をしてもらおうか?」


「はっ!!」


 ヴァイデスに促されパイロットたちはとある一室に入る。

 ここはブリーフィングルームだ、大きなモニターが壁に設置してあり、腰掛けられるように曲げられたパイプがフロアから生えている。


「このメモリーに今回の作戦の映像が収められています」


 ケイデス曹長が手近のコンソールにメモリーを刺す、すると正面のモニターに映像が映し出される。

 この映像はケイデス曹長の操縦する人型機動兵器ヘルハウンドの視点であった。


「我々ヘルハウンド10機の襲撃に対しエデン3側は当初4機のアヴァンガードタイプで応戦、開戦5分でこちらは一機のヘルドッグを撃墜されましたが敵側の盾役を行動不能直前まで追い込みました」


「誰が逝った?」


 ヴァイデスはモニターを見つめ腕組みしたまま尋ねる。


「ガデスです」


「そうか、惜しい奴を無くしたな」


「はい、同感です」


「だがこれは敵の連携を褒めるべきだろうな、見たところまだまだ戦い慣れはしていない様だが統率が取れている……この小隊の指揮を執っている奴は相当なやり手だ」


「はい、そしてここからなのですが、高機動タイプの機体が増援として現れます、これです」


 ケイデスがリモコンで画像を止める、そこにはモニカの駆るアヴァンガード・ストライカーがはっきりと映し出されていた。


「よく見ていてください……瞬きしたら見逃しますよ」


「……おいおい、どうなってるんだいこれは?」


 急加速からの連続急旋回、流れるような動き……瞬く間に2機のヘルハウンドを切り捨てるアヴァンガード・ストライカー。

 そのまま追撃でもう1機を胴体で一刀両断にしている。

 とても人間が操縦している挙動とは思えない、ヴァイデスも唖然とする。


「どうやらエデン3で当たりのようですね」


「ああ、スペシオンのコロニーのどれかで次世代人型機動兵器の開発が行われているとの情報を掴んだから調査せよ……なんて漠然とした指令を軍上層部から受けた時はどうするか頭を抱えたが、比較的すぐに見つかったな……仮に違ったとしても何かしらの収穫はあるだろうよ」


 ケイデスとヴァイデスが頷き合う。

 因みに何故ヴァイデスが作戦実行時に頭を抱えたかと言うと……。

 スペシオンのスペースコロニーは大小様々なサイズがあり、広範囲に分布している上に総数は百を悠に超えているのだ。

 虱潰しを覚悟していたが、各コロニーに割り振られているナンバーの順に調べようとヴァイデスが言った鶴の一声が功を奏した形だ。


「次の作戦は決まりだ、この機体を鹵獲する……作戦実行日は追って知らせるから諸君らには現在を持って休暇を言い渡す、これは命令だから大手を振って休みを謳歌してくれ給え!!」


「はっ!!」


 ヴァイデスに敬礼後、ケイデスたちパイロットはブリーフィングルームを後にする。


「さて、一体どんな技術なのか、はたまたパイロットの腕なのか……捕まえて正体を暴くとするかい」


 一人部屋に残ったヴァイデスはそう呟き口角をニヤリと上げた。




 エデン3……深夜の格納庫。


 「………」


 抜き足差し足で兵器用ハンガーの階段を上りアヴァンガード・ストライカーに近付く一つの影があった。

 あろうことかその影はコックピットに忍び込み腰に下げたバッグを開け何かを取り出している。


『そこに居るのは誰です?』


「……あっ」


 ミズキがコンソールのライトを点灯させる……何と、その影はソーンであった。


『君は確か……ソーン?』


「………」


 モニターにびっくりした顔のアイコンが灯る。

 バツが悪そうにモニターから目を逸らすソーン。


『何の用です? こんな深夜に……』


「……僕にも君の事を調べさせてよ」


 先ほどのバッグから彼が取り出したものは携帯用の端末であった。


『技術職のガロンさんでも僕のメモリーを調べられなかったのに?』


「おやっさんのデバイスはカビが生えてそうな骨董級……あれと僕のを一緒にしないでもらえるかな? これは僕自身がカスタマイズした特別製さ……」


 ソーンは中々に辛辣であった。

 そして彼はコンピューターの組み立てやプログラムの製作は専門家顔負けなほどの腕前なのだが誰にも口外していなかった。


『調べてどうするんだい?』


「……決まってる、僕のルミナちゃんを君並みのスペックにアップデートする為さ」


『ルミナ……ちゃん……?』


「……僕の機体のAIの名前だよ……悪い?」


 ソーンは目を伏せる。


『いいや、モニカ以外にもそういう人がいるんだと思っただけさ』


「みんなには内緒だよ……痛い奴と思われるから……特にモニカには……」


『安心して、モニカはそんな事しないよ』


「………」


 黙りこくるソーン。

 内向的な性格もありソーンは小隊の仲間にさえ心を開いていなかった。

 恐らく彼は自分の乗機のAIに名前を付け話し掛けたりして孤独を癒していたのだろうとミズキは推測した。


『分かった、一度スキャンを許したんだ、二度目も変わらないからね、いいよ』


「……やった」


 嬉々としてコードを繋ぐソーン。

 キーボードを操作してミズキのスキャンを開始した。


『おおっ……?』


 ミズキが感じたガロンの時とは違うこそばゆい感触……まるで身体のあちこちをくすぐられている様だ。


『そう言えば……』


 ミズキは又しても夢を見る。


「あんたたち!! そんなに弱い者いじめをして楽しいの!?」


 腰に手を当て仁王立ちする少女……いじめっ子と少年の間に割って入る。

 彼女の迫力にいじめっ子たちもタジタジだ。


「……行こうぜ」


 いじめっ子のリーダー格の少年がそう言うと皆ゾロゾロと続いてその場を去った。


「ありがとう○○ちゃん」


「あんたね、お礼を言っている場合ではないでしょう? 何で言い返さないの!? やり返さないの!?」


 今度は少女は少年に食って掛かる。


「だって、相手は大勢だし、怖いし……」


「例えそうだとしても間違っていることは間違っているのよ、ガツンと言わなくちゃ!!」


「でも……」


「仕方ないわね、あたしが一緒に居てあげる……そうすればあいつらはあんたをいじめに来れないわ」


「いいの?」


「もちろん!!」


 少女は力強く返事をし微笑んだ。

 もしかしたらこの子が少年の初恋の相手だったかもしれない。

 しかし運命のいたずらか、彼女は家の都合で遠くへと引っ越してしまった。

 結局少年はいじめからの逃れる事は出来なかったのだ。


『また……』


 ふと我に返るミズキ。

 又しても誰かの記憶のような物を垣間見てしまった。


「……あっ、スキャン完了」


 それと同時にソーンのスキャンも終わった様だった。


『ちゃんと解析できたのかい?』


「……ばっちり……言ったでしょう、僕がカスタマイズした特別製だって……」


 ソーンは珍しく屈託のない笑顔で微笑んだ。


 しかしこの出来事がこの世界の存亡を揺るがす出来事の始まりになるとはミズキは想像もしていなかった。

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