第3話 ミズキという存在
「痛たっ……」
少年は左頬と右瞼を腫らし右足を引き摺りながら裏路地を歩く。
痛めた個所に手を当てても気休めにしかならなかった。
何故彼がこんな事になっているかと言うと、いじめグループに暴行を受けた挙句、財布を奪い取られたのだ、所謂カツアゲと言うヤツだ。
少年の物心ついてからの記憶は常にいじめの記憶だ。
特に何もしていないのに周りから
少年もはじめから成すがままにされてきたわけではない、クラスメイトや教師にもその旨を訴えていた。
しかし逆に同世代の子供たちだけでは無く担任の教師からも謂れのない叱責を受け、誰も彼を助けようとも守ろうともしない。
両親には言い出せなかった、要らぬ心配を掛けたくなかったからだ。
それ故、彼は誰も頼ろうとせず次第に一人追い詰められていった。
(何で僕は生まれて来てしまったのだろう……早く消えてなくなりたい……)
そんな考えを頭の中に巡らせながら歩く、とにかく休みたい。
もう少しで大きな通りに出る、この先には店外にベンチのあるカフェがある。
少年の顔を見た店員は訝し気しげな顔をしていたが気にしてなどいられない。
適当な飲み物を頼み店員が店内に入ってから置かれたコップの水を一気に飲み干す。
「ぷはっ……はぁ……はぁ……」
一息ついて上着のポケットからスマホを取り出すが液晶に稲妻のようなひびが袈裟懸けのように走っている、先ほどの暴行でそうなったのだ。
ふと自分が金を持っていない事に気付く、一瞬ドキリとして椅子から腰を浮かしたがすぐに座り直す。
(馬鹿らしい……もうどうでもいいや……)
仮に無銭飲食になろうと知った事ではない、既に少年は全てを諦めていたのだ。
飲み物を待っている間、虚ろな視線でぼーっと車道を行きかう車を眺めていた。
(僕なんか居なくなったって誰も困らないし世の中には何の影響も出ないよなぁ)
彼の目の前を通り過ぎる宅配業者のトラック、普通の乗用車、スポーツカー……。
世の中は自分の境遇などお構いなしに動いていると少年は感じた。
ふらつきながら椅子から立ち上がり車道の方へと歩みを進める。
(やっぱり車に飛び込むのは迷惑だよな……)
衝動的に動いた身体にそう言い聞かせ引き返そうと思ったその時だった。
彼からそう遠くない場所にある横断歩道に女子高生らしき二人の少女が差し掛かったのが見える。
笑いながら会話をしている二人、前方を歩いている少女はふざけて後ろ向きで歩いている。
(あれ? あの子、信号が変わっていないのに横断歩道を渡っている……友達と話しながら後ろ向きで進んでいるから信号が赤なのに気づいていないんだ……)
「危ないよ○○!!」
「えっ……?」
友達に声を掛けられてハッと我に返る少女は既に交差点の中間あたりまで進んでしまっていた。
ププーーーーーッ!!
「あっ……ああっ……」
迫るトラックがクラクションを鳴らすが少女は足が竦んで動けない。
(何やってるんだ!?)
気付くと少年は立ち尽くす少女に向かって走っていた。
そして少女に向かって両腕を伸ばし突き飛ばしたのだ。
物凄い勢いで飛んでいった少女は路面に何度も頭を打ち付けながら転がり、向こう側の歩道へと到達、しかし横たわった頭からは夥しい血液が滲みだし彼女を血の池に沈める。
「あっ……!!」
少年にトラックが迫る、どうやっても避けられない……。
『今のは……?』
人型機動兵器アヴァンガード・ストライカーのAIミズキは謎のメモリーに戸惑う。
当然だがミズキには人間としての記憶があるはずがない。
仮に夢を見たのだとしても兵器制御のコンピューターとして造られた所詮は人工物であり、生体部品を使用した新世代AIで人の様に思考し会話できるからといってそんな事が起こり得るのだろうか。
「はぁいミズキ、気分はどう?」
モニカがミズキのモニターを覗き込む。
『やあモニカ……残念ながら最悪です』
モニターには不機嫌そうに眉をひそめたアイコンが表示される。
「へぇ、君はやっぱり他のAIとは違うのね」
『その様ですね、自覚は無いのですが』
「そうか、君は他の機体の
一度話してみたらどう? 仲間なんだし」
『仲間……ですか?』
「そう、仲間……いえ、お友達でもいいのだけれど」
『僕らAIの間に会話は必要ありません、ワイヤレスでデータのやり取りが出来ますので』
「う~~~ん、あたしの言いたいことはそう言う事じゃないんだけどね……まあいいわ」
モニカは困り顔で苦笑いを浮かべる。
「おう、今度は拒絶は無しだぜボウズ」
ガロンのおやっさんが機材を持って現れた。
『はい、モニカとの約束は守ります』
「良い心掛けだ」
約束とはミズキが人間に危害を加えないという証明の為、データの解析に同意する事だ。
ガロンがタブレット型端末からコードを伸ばしミズキのコンソールに接続するとタブレットの画面のシークバーが左から右に少しづつ伸びていく。
ミズキのAIのスキャンが始まったのだ。
同時刻、スペースコロニーエデン3内の一室。
「ガンマ小隊隊長レント・ロレント、参りました」
「待っていたよ、入り給え」
「失礼します」
レントはエデン3指揮官、ファウザー・コンフォートに呼び出しを受けていた。
要件は勿論AIのミズキの件だ。
レントは直立で司令官専用の立派な椅子に腰かける恰幅のよいファウザーと机越しに対峙した。
「君の部下の人型機動兵器の搭載AIが予期せぬアップデートを自ら行ったというのは本当かね?」
葉巻に火を着けふんぞり返るファウザー、ただでさえ出ている腹がより際立って見える。
「はっ、概ね間違いありません」
「概ねとは?」
「はっ、正確には破損したAIを修理した際の再起動時に何らかの要因で突発的に進化してしまったのではとの整備士からの報告を受けております、彼は特別な事は何一つしていないそうです」
「そうか……で、そのAIはどんな様子だ、そうなった原因は突き止めたのか?
我々に危害を加える可能性はあるのか?」
「いえ、それに関しましては現在調査中であります、しかし人間に危害を加える可能性は限りなく低いかと存じます」
「ほう、何故そう言い切れる?」
ファウザーの表情が険しくなる。
「はっ、私の部下モニカ・フランディールのいう事には素直に従っていますのでそう考えます」
「馬鹿な、AIが特定の人間のいう事を聞くだと? それこそ危険極まりないではないか」
「司令がそうお考えになるのは無理からぬことですが、私は部下を信じていますので」
「フン、お前がそこまで言うのならば良かろう、暫く様子を見てやる……しかしそのAIが何かしらの怪しげ行動を起こし我々に不利益をもたらした場合は貴様に責任を取ってもらうがそれでいいな?」
「はっ、それで構いません」
「よく言った、その言葉忘れるなよ? さあもう戻り給え」
「失礼します」
レントは敬礼をし、司令官室から出て行った。
「フン、青二才め……それなりに優秀なのだろうが調子に乗るのも今の内だ」
ファウザーは盛大に鼻から煙を吹き出した。
「何てこった……」
ガロンはタブレットを見て自らの頭を軽く叩く。
「どうしたのおやっさん?」
「ああ、これを見やがれ」
タブレットの画面をモニカに向ける。
「何これ?」
画面にはエラーの表示が出ていた。
「データ容量がカタログスペックの数値を遥かに上回ってやがるんだ、俺のこのデバイスじゃあコピー出来ねぇほどにな……それだけじゃねぇ、解析不能な妙なデータも検出されてる」
「どういう事?」
「そもそも人が手を加えてねえのにこんなこたぁあり得ねぇんだよ……やいてめえ!! また何かやりやがったのか!?」
『濡れ衣です、僕はおやっさんの要請通り全てのデータを開放しています』
「じゃあこの奇妙な現象はどう説明するんでぇ!!」
『そんな事を僕に言われましても……』
「やあ、調子はどうですか?」
「レント隊長」
ミズキとガロンが言い争いをしている所へレントが現れた。
「それが聞いてくださいよ……」
モニカがレントにこれまでの出来事を説明した。
「そう、そんな事があったんですか」
「どうするね隊長、もっと大容量のデバイスを用意してやり直すかい?」
「いやガロン整備士長、恐らく既存のコンピューターで彼の全てを調べるのは無理でしょう……餅は餅屋、AIの開発者の派遣を上に要請してみましょう」
「そうですかい? あんたがそう言うなら任せるよ……」
おやっさんは少し残念そうだ、きっと自分で原因を解明したかったのだろう。
「ではこの件は暫く保留と言う事で……はい、解散」
レントは穏やかな笑顔で手を叩く。
おやっさんはすごすごと帰っていった。
「あの隊長、済みませんこんな事になってしまって……」
「モニカ、何故君が謝るんです?」
「元はと言えばあたしがアヴァンガードの機体を破損させてしまったのが原因です、あの時もう少し慎重に操縦していたら……」
「済んだことは仕方がありません、いつまでもくよくよ考えていては駄目ですよ……それより君は唯一ミズキに心を許されている存在です、彼の事たのみましたよ? 今日は疲れたでしょう、もう休みなさい」
「えっ、あ、はい!! 失礼します!!」
モニカは慌てて敬礼をし整備ハンガーから降りていった。
「さて……君たちはこれからどんな未来を私たちにみせてくれるのかな……」
レントは誰に話すでもなく言葉を残しその場を離れた。
『今のはどういう意味だ……?』
ミズキもレントの言った意味が理解できなかった。
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