第45話
不安定に揺れる文字の羅列が僕を苦しめる。幾ら壮大な物語を書いても、人はそれを駄作と罵った。認知すらされない空想で作られた文字に、嫌気が差していた。
『ありきたりだ』
『平凡でまるで才能が無い』
聞き飽きた……!そんな戯言。僕は彼女の為に何が何でも俗世で認められる物語士になる必要があった。死に際に言い放った彼女の想いを無駄になんて出来るものか。
そんなある時、僕が物語を書いてる時だった。描かれた紙が蝶が飛び立つ時の不安定な揺れに似たある反応を見つけた。それを僕は【knit】と名付けた。
最初は凄かった。皆、僕を認めた。掛けられる言葉は全て称賛の声。
僕は――あぁ、灯。僕は今、最高に君を輝かせてあげられた。浮かばれない想いをやっと、最高のグランドエンディングへと一緒に向かう事が出来る。君と言う存在が、僕をここまで
「……駄作だな」
広々とした空間、張り詰めた空気にその一言が僕を突き刺した。抉られるような痛みに、僕は激怒した。目の前にいる彼はピィ・ラグトラク。僕の師匠と言える存在だ。
彼は凄かった。物語士の最高峰であるエピソードという評議委員会の最高責任者になり、この世界全てにある物語を一字一句間違える事なく、読み解けるという存在。物語士を凌駕し、詩術師の名を知らしめたのだから。
そんな彼は今、僕の小説を読み、評価を下した。駄作だと……!
どうしてそんな事が言えるのか。何故、彼が苦悶の表情を浮かべるのか、それは僕の方だ。今すぐにでも刺し殺したい欲求を抑えながらも、拳に力が入る。
「お前、物語の登場人物って何だと思う?」
そんなの彼女の美しさを引き立てる為のただの人形でしかない。役割を与えられたロールという存在で括り付けた操り人形だ。言ってしまえば、ゴミだ。シュリも、エイヴも、僕と言うという存在ですら、彼女にとって到底虚ろなものだ。
灯は美しかった。誰よりも人々を愛し、愛され、非凡な才能である僕にすら才能が無くても物語は書けるよ。と、言ってくれた。
「お前が書いてきた物語は、どれも素晴らしいものだ。何故ならば、お前が紙を依り代に創り出した。言うなれば、お前の魂とも取れるものだ」
「なのに、この作品はどうだ?悲劇の押し売りか?登場人物、全員が死に絶えて、誰も物語を紡がない。確かに、これも一つの作品と言えるだろう」
コツコツと僕の周りを歩いては、憎たらしい品評が始まった。
「だが、物語は
「そう、物語は一つの編み物なんだ。誰かに寄り添ってあげる為に、渡してあげる大切な贈り物と言える存在を、お前は引き千切った。誰一人紡がない物語。大衆に魅せられたものじゃない。こんなのはお門違いだ。狂ってる」
それを駄作と言う
言い放たれた言葉に、僕の糸はぶちりと音を立てた。怒りを超えて、精神がむしろ落ち着いたこの状況で僕は、にたりと笑ってこういった
【人間は要らない】
【つまらない存在だ。編む事の出来る物語なんてのは反吐が出る】
「……そんなに物語が良いのなら、師匠。物語の中に入ってしまえば良い」
僕は【knit】に命令した。彼の魂を封じ、そして、迎え訪れない永遠の物語の中へと、閉じ込めた。名前は……どうせ、登場人物になんて価値は無い。そのまま、役割を描き続ければ良い。オンボロな人形として、一生を掛けて、knitに尽くせばいい。
あぁ……!そうすれば、いつか師匠も理解してくれる。彼女の造り出す物語はどれも劇的で咽び泣く程の終幕を――
シュウマクヲ
エイエンヲ
ムカエル
「ひひ、あははあひゃっひひっ」
あぁ、なんて甘美な虚ろさ、真っ黒に塗られた文字で皆、それぞれの目的の為に本の中、
シュリもエイヴもメルラドも、全員僕の傀儡さ。誰一人、僕を――僕を認めないなんてのは許さない。最高だ……!僕がこの物語を作り上げたただ唯一の物語士だ!
「そうだ……!」
僕は独りでに、【knit】に指示をする。
「師匠を殺せば、僕は師匠に成れるんだ! ひひっ、そういう設定で行こう! ボロボロになるまで、彼に指示を出してやる。何度も苦痛を与え、壊して、物語を紡がせてやる……! そんなに紡いだ物語が良いなら、さぞかし師匠も喜んでくれる事だろう!」
永遠の物語を、紡がれ続ける物語を。
僕は作ったんだ!
『何故、あたしにそんな命令を下すのですか?』
あ? 誰だ。この僕に耳障りな言葉を語りかけてくるのは。
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