第2話

 あの日の出来事を境に、私は放心状態で何も出来なくなっていた。

 二人で作った大事な住処の中、思い出の一杯詰まった大事な一部屋で、私はベットの上、毛布にくるまっている。

 たった数か月の大事な思い出が、私にはある。けれど、そんな大事な思い出が走馬灯のように駆け巡る。通が死んだわけではないのに。


 溢れてきた思い出の一部は、私の瞳を熱くして、涙へと変えた。

 それ程までに、通は私にとってかけがえの無い大事な人だったのだ。

 

「アカリ、苦シイ……?」


 毛布を優しく捲り上げ、私を見つめる一つの機械。

 中央には、球体の中心に付けられた液晶画面が見え、クエスチョンマークが二つ並んでいる。どうやら、私を心配してくれているみたいだ。

 小さな足らしき部分には、型式番号:ドローン型人形 XC-200 と、小さなタグがひらひらと動き、丸い球体に青くピカピカと点灯する機械の羽を付けて、飛んでいた。

 

「うるさい!黙ってて、ピィ!」


 怒鳴り散らしてめくられた布団を奪い取るように、自分へと被せた。


 ピィは、私がある時食糧探しのついでに見つけた壊れたロボット。

 見た目の可愛さもあって、つい持ち帰ってしまったのだが、通は何してるんだと、呆れながらも、その機械を直してくれた。

 しかも、直すだけでなく、更に、自立思考型AIの機能を取り付けてくれた。まるで自分達の子供みたいな存在。とても嬉しかった。

 

 なのに、ピィ。私は貴方に、八つ当たりをしてしまった。


「ワカリマシタ……」


 しょんぼりとしたような表情のエモーションが液晶に表示され、ふわふわと何処かへ飛んで行ってしまった。あぁ――何をやっているんだ。私は。

 こんな事しても、あの人は戻ってこないってのに。


 八つ当たりした罪悪感に苛まれ、頭を抱えた。ピィは何にも悪い事してないじゃない。ただ、心配して来てくれただけ。なのに、私は何て酷い事を。

 空しい罪悪感を感じている最中、ピィはまた戻ってきた。


「アノ、アカリ。コレ飲ンデ元気ニナッテ……?」


 私のお気に入りのマグカップを持ちながら、持ってくる。

 どうやら、ピィは私に飲み物を持ってきてくれたようだった。

 多分、通がよく私が寝付けない時に、ココアと言う飲み物を持ってきたのを見ていたんだろう。元気がない時もよく持ってきてくれた事もあって、ピィは見様見真似で、ココアを作ってくれたに違いない。


「何してるのよ、そんな事して欲しいなんて言ってないでしょ。ピィ」


 ベッドから起き上がり、呆れ顔で、私はそう言った。

 また、怒られる。ピィはそう思ったのか、液晶はまたしょんぼりとした顔が映った。


「アカリ、ゴメンナサ――」

「ありがとう」 


 一言、ピィにお礼を言った。瞬間、ピィの画面は嬉しそうなエモーションをした。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 持っていたココアを零すと危ないと思い、ピィから取り、それを一口飲む。

 ほんのり苦みがする味……いや、というか苦い。これ、コーヒーだ。

 確か、近くにインスタントコーヒーという物も置いていたが――

 まさか、間違うとは。AIっていうのは完璧で、そして、間違う事の無いものだと思ってたのに。


 「ふふっ」

 

 私は笑うと、ピィが??と液晶に、表示した。

 ドジっ子なんだな。と、思いつつ、元気をくれたピィを、私は大事にして行きたい。どんな形であれ、通の遺してくれた大事な仲間はここにいる。

 

 (いつも、ありがとう) 


 私は心の中で呟いた。すると――


「ネェ、アカリハツライノ?」


 ピィは突然、聞いてきた。不安そうな顔に出ていてしまっていたか?

 自分の中では、笑いを振りまいてたつもりだったが、何処か苦しそうな顔をしていたのだろうか。

 見透かされた本当の感情に対して、一瞬私は考え、そして言葉にする。


「えぇ、辛いわよ。大事な人が居なくなって、このままじゃあまた独りになってしまうもの」


 私は本当の事を言って、ピィを抱きしめた。

 ワワッと声を出して、突然の事に驚きながらも、羽をしまうピィを他所に、私の心の中には、もう誰も失いたくない気持ちで埋め尽くされていた。

 抱き締めたピィを見つめ、昔の事を思い出す。

 

 沢山の仲間を亡くし、自分自ら命を絶とうとしていた私。

 どうしても、彼らの元に逝きたかったから。

 寂しさを埋める為、辛い気持ちを無くす為に、自殺を図ろうとしたのに結果、私には新しい大事な人が出来てしまった。


 そんな彼を失うのが怖い。居なくなるのが寂しい。

 負の感情が渦巻く最中、ピィはまるで見透かすように私に苦しいの?と、聞いてきたのだろうか。

 私には分からない。


「デモ、アカリハ独リジャナイヨ」


その一言がただただ、気持ちを揺らした。


「――そうね。貴方が、ピィがいるものね」


 ピィは、私はただ心配してくれていただけだった。

 そして、彼を待つのではない。私も一緒に行こう。

 魔障壁のその向こうへと


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼が完全に消えた訳ではない、彼は歯止めの聞かない暴走した魔障壁を壊しに行ったのだ。魔障壁は、魔性によって食われ、居場所を無くした人間達が最後の砦として使っていた力。

 魔性と大気中にある結合してしまう原子となる部分に境目を作り上げる。

 

 そうする事によって、魔性は結合性を失い、維持できず消失する。これによって世界を護る事が出来るとした一種の防護壁みたいなものだった。作成をするに当たっての、リソースも然程食わない事もあった為か、人間達は魔障壁を作り続けた。

 

 そして、10年間の月日をかけて、人類は地球全域を小さな膜を作るように覆う事に成功した。

 これによって、宇宙から飛散されていた魔性は全て地上へと降り注ぐ事は無くなり、地上に残った多量の魔性を駆除するだけで良くなった。


 当然だが、魔性耐性を持つ私達はその壁には触れる事すら壊す事は勿論、出来ない。自分の身体には、体内には多量の魔性が含まれるからだ。仮に触れてしまえば、一気に体内の魔性は消失。

 そして、天空に舞う虹色のカーテンと一体化してしまう事だろう。


 ふわりと虹色のカーテン、通称"オーロラ"と呼ばれた物で。旧人類にとっては、最後の砦――かに見えた。


 失敗だったのだ。今では、オーロラが世界の中心へと向かいながら、食い潰している。原因は、魔障壁そのものは魔性を分離しているのではなく、結合を繰り返し、大気を食っていただけだったと言うのだ。


 地球と言う名の青い惑星にある大気中の原子を、食っていく。何れは人が必要とする酸素も、何もかもが無くなっていく。

 魔障壁は、世界を食いつくす。地核、マントルさえも食い破り、何れは内核へと辿り着く事だろう。


 そう、のだ。確実に、ゆっくりと時間をかけて、何れは、全ての生き物を分解され、そして、全て消えていく。

 

 タイムリミットは殆ど無いだろう。一月超える度に、あのオーロラは地上へと迫ってきているからだ。それを嫌がった彼は、魔障壁を壊すと言って、居なくなった。

 ずっと私と居たいから と、理由も添えて。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「アカリ……?ドウシタノ?」


 思いつめた顔を見られていたのか。私はピィの声にハッとし


「うぅん、何でもないよ」

 

 何でもないような素振りで、答えた。


「ピィ、頼みがあるんだけど良いかな?」

「ナニ?」

「私、長い間ね。ここを空けるからこの場所を守ってほしいの」

「ワカッタ!ピィハココヲマモル!」


 良い子ね。と、頭の部分を撫でると画面は嬉しそうな顔で答えてくれた。


「――頼んだよ、ピィ」


 私は持てるだけの物資と武器をリュックの中へと詰め込んでいく。

 催涙手榴弾、浮遊型熱感知式AI小型機雷。とにかく、色んな物。 

 様々なこの世界で見つけたヘンテコな物は使い方は一通り、通が教えてくれた。殆ど使ったことが無いから、正直不安だけが残るが。


 魔性生物にも多少なりとも効くらしく、足止め程度の物ばかりだが無いよりはきっとマシだろう。肩にリュックを掛け、ズシリと来る重みに戸惑いながらも自分がいつも使っている得物を片手に持ち


「行ってきます」


 ピィに向けて、一言言い残して数ヶ月ぶりに、外へと出た。

 待つだけではダメなんだ。自ら踏み出さない限り、彼は戻ってこない。

 そんな気がした。


chapter2 

【ピィは守り続ける。この世が、果てようとも"プログラム"が停止しようとも】

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