faithlessnes

五丁目三番地

第1話

無題


ホームに降りると太陽光に温められた空気が露出した腕を撫でる。さっきまでの冷風のかけらはどこにも見当たらない。人混みに押されながら中央改札を目指して歩き出す。14時という昼には遅く、夕方には早い微妙な時間のおかげか改札を抜けると混雑度数は半分に下がったように感じた。横浜駅西口のいまいち存在価値のわからない短すぎるエスカレーターの上で電車から降りたことをチャットで伝える。これから僕は女子高生とセックスする。


 僕が裏垢女子を知ったのは一週間前のことである。イヤホンをさしてスマートフォンを立てる。会社内で昼食を共にする友人すら作れなかった僕はカップラーメンを片手に慣れた挙動でデスクと身を縮めている。「今回は何、裏垢女子?何それ、あーはいはいお金もらっておじさんと遊んじゃう女子のことね、へー。」動画配信者の声がBGMから主役に成り代わる。いつもは聞き流して膨大すぎる情報の中に埋もれるはずの言葉がやけに記憶に染みついた。それは僕が久しく女性に触れていないせいなのか、26歳にもなって恋人と呼べる存在が居ないせいなのか、要因はひとつではなかった。空になったカップラーメンをゴミ箱に捨ててトイレに向かう。おじさんと遊んじゃう、いくら柔らかい言葉に変換しても結局は援助交際の四文字でしかない。人の目があるところでは検索しづらいものだと分かった。個室内で開きなれた青いアイコンをタップする。「#裏垢女子」一語一句間違わずに打ち込んで、僕は画面に引き込まれていった。


裏垢女子たちは想像していた援助交際を求めるものではなかった。自らの身体を晒し、飢えた男達からのイイネやコメントを得る歪んだ需要と供給を成り立たせるものだった。溢れ出た承認欲求はあるべき形で評価されていた。僕は毎晩、自室で裏垢女子たちを眺め続けた。時には自慰行為に利用させてもらうこともあった。だけれどどこまで行っても彼女たちは画面越しのフィクションであり、僕のリアルには干渉のない関係である。そのせいか対価も払わずに彼女たちの体を利用していることに対して罪悪感まではいかない少しの申し訳なさを感じないわけではなかった。大体そんなようなことを感じるのはティッシュペーパーに精液を絞り出し終わって天井のシミを意味もなく見つめている最中なのだけれど。そんな日々を繰り返していると、あるとき「#円」の見慣れない二文字が見慣れたタイムラインに流れてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る