第2話 土御門紬の日常の終わり。
「おい、紬」
「んー?」
うどんを口に含みながら、向かいの席の仁司に適当に返事を返す。いつもなら好物の山菜うどんに舌鼓を打つところだが、どうにも僕の思考はまとまらなかった。
「惚れたか?」
「ぶほっ!? ごほっ、ごほ」
噴き出すかと思った。無理やり飲み込んだせいでのどにつっかえむせた。
「ほらよ、水」
「なんだって?」
「だから惚れたのかって話だよ」
「いや別に、そんなことは……」
僕は慌てて否定するも、そんなことはお構いなしに仁司は話を続けていった。
「あの先輩だろ、二年C組の東雲・A・茜先輩だ。どうやらルーマニア人の母親と日本人の父親のハーフらしい」
「なんでそこまで知ってるのさ、ストーカー?」
「ちげえよバカ。あの先輩が有名なんだよ。知ってるか、あの伝説」
「ん?」
「入学二週間で30人に告白されて、全部ふったんだよ」
「それはそれは」
「30人ってのは噂になってるだけで、実際はもっとおおいんじゃねーか、って話だ」
「ほほーう」
絹のような月と同じ色をした腰くらいまで伸びている、反射する光の角度によって色が変化する髪。桜色のの柔らかそうな唇。少しスレンダー気味だが、モデル体型というべき体。赤い、というか紅いというべき瞳はまるで、人間ではないような色気を感じさせた。
少し目をつむっただけで思い起こせるようなあの女性のそういったことに疎い魅力があるのならば、それも納得できる。
「で、告白するのか?」
「しないよっ!?」
「そうか、残念だ。お前なら結構噂になって面白いと思うんだがなぁ。ついに東雲先輩が女子に告白されたって」
「ふざけんな。そもそも、初めて会った人間に告白されてオッケー出すまともな女の子なんていないだろ」
僕にだってそれなりに告白をしてくれる数人はいたけれど、七割性別を間違えた男で、二割が男でもいいとのたまう変態で、残り一割が、女性の変態だった。ろくなのいないな。どうなってんだ僕の比率。
「ま、ふられたら『いくさかぶと』でガムでも奢ってやるよ」
「駄菓子屋の一個十円のガムじゃねぇか」
照りだす太陽。春先でまだ暑くはなっていないものの、運動をすればそれなりに汗をかく午後の体育。
ホームベースから遠く離れた先。ライトのポジションに僕は突っ立っていた。
カキーン、と金属バットの心地よい音。いいあたりだと僕は思ったけれど、ショートゴロだった。転がっていくゴムボール。途中グラウンドの凹凸で不規則にはねたボールを、現役野球部の仁司は危なげもなくキャッチして一塁へ投げた。
結果、スリーアウト、チェンジ。
もたもたしているとゴリラみたいな体育教師からねちねち責められるので、さっさとフェンス側の木陰に隠れることにする。
「ああぁ、あっつい」
「ナイスプレイ、仁司」
「あんなのちょろいって」
そういって汗をぬぐう仁司。さわやか系イケメンというのは、こういうのをいうんだろうなぁ、なんて思った。
「体育なんて滅べばいいのに」
「そういうなよ。若いころに運動しとかないと老いてからがたいへんだぞぉ?」
「じじくさいなぁ。普段から自転車通学してるんだし、大丈夫だよ」
「まぁ、お前の家の前の坂は確かにやばいな」
「あれ、自転車で頑張って上ったの、仁司が初めてだと思うよ」
「お、じゃあ俺は土御門坂初攻略者ってとこか」
「うちの前の坂、そんな名前がついてたのか」
「今俺がつけたんだよ」
にやっと笑う仁司。すごく様になっていて、なんだか腹立たしい。腹立たしいから、先ほどの意趣返しをしてやることにする。
「そういえば、仁司はどうなのさ」
「あ?」
「さっきは僕のことからかってきたけどさ、仁司にも気になるあの子ぐらいいるでしょ?」
「あー、いないな。というか、今は野球に集中したいしな」
僕は知っている。仁司がそれなりにもてていることを。高身長、イケメンフェイス、だれにでも優しい。これだけそろえば、人気が出るのも時間の問題だろう。事実、仁司のことが気になっているらしい女子から色々聞かれたこともある。何をしていても様になるし、格好をつけたって僕は男女ともに微笑ましい目で見られるだけだ。ほんと、イケメンは得だよなぁ。
「あーあ、僕より男らしくてイケメンの人類が滅びればいいのに」
「いきなりどうした」
「いやね、僕だってもう少し男っぽい顔をしていれば、女子にマスコット扱いされずに済むし、中学のころ冗談で着せられたセーラー服で勘違いした男子に告白されるなんてこともなかったんじゃないかと」
「完全に見た目だけは美少女だもんなあ。背も小さいし」
「はぁ。何とかならないもんかね」
「髪の毛、短くしてみたら?」
確かに僕の髪は男にしては長い。肩に少しかかるくらいだ。もちろん短くしてみたこともあるが、失敗だった。
「田舎で虫網振り回してるような少女になった」
「oh……」
「この髪型が、似合うのも問題なんだよ。短いと幼く見えて変だし、変じゃないならまぁ、いっか。ってなっちゃうし」
「難儀なものだな」
「「はぁ……」」
地面を這うアリを観察しながら、ぼけーっと会話を続ける。何の虫かはよくわからないけれど、虫の羽を一匹のアリが巣へと運んでいた。なんだか重たそうにえっちらおっちら運ぶ姿は、いつも乳酸菌飲料を内に持ってくる山田さんみたいだ。
すると、山田さんの上にランニングシューズが降ってきた。
「山田さぁぁぁぁぁん!!」
「いきなりどうしたんだよ」
見上げるとそこにはクラスメイトの姿が。哀れ、乳酸菌飲料販売員山田さん。
「打順、次土御門だぞ」
「ああ、そうなの」
立ち上がってお尻についた砂を払う。どうにも球技は苦手なんだよなぁ。以前バレーボールをやったら、目測を誤って顔面でトスする羽目になったし。
「じゃ、見逃し三振してくる」
「おーい、せめてバットくらい振れよ」
サムズアップしてみせる僕に、仁司とクラスメイトはあきれたようにため息をついた。
もちろん当然のごとく三振して帰ってくる僕。
「なぁ、土御門ってかわいいよなぁ。男なのになぁ」
「お前、アブナイ香りがするから、後ろに立たないでくれないか」
なんてクラスメイトの声が途中で聞こえてきて、ほっとけよ。と僕は思った。
息が切れる。数時間前に仁司に土御門坂と命名された自宅までの急激な坂は、創作物によく出てくるほど急というわけではないけれどそれでも予算の都合という大人の事情でカットされた電動アシストの付いていないただの黒ママチャリと非力な僕ではまったくもって太刀打ちできない。
行きはペダルに足を置いてブレーキから手を放してしまえば楽なのに。普段使いしているロードバイクを、盗難の恐れがあるからママチャリにしろという校則を何とかしてくれないだろうか。そうすれば僕は、家に帰るたびに毎日汗だくにならなくて済む。
道に設置された街頭の下。そこにはあの
光の反射する角度によって、色彩が変わる長髪。
紅い瞳。
桜色をした唇。
きれいな体躯。
東雲・A・茜。
まるで人間ではないかのような美しさの彼女は、背中に生えた蝙蝠のような大きな翼と、牙ともいうべき長い犬歯を口元にのぞかせ、そこに立っていた。
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