決死の脱出
私は思わず大声をあげた。
「おい、さっき王女様も食べるなって言っただろ! 愛梨寿を返せ」
見張りいちごはじっとしていた。
「そーナンダけど、おいらガマンできなくなっちゃった。おうじょさま、もうイナイ、たべてもバレナイ、いただく」
すると周りからぞろぞろといちごお化けが寄って来た。
「そうだそうだ、おうじょサマもういない、たべようたべよう」
まずいぞ、これ。どうすりゃいいんだ。
「ほら、今よ! あれを見せるときよ」
あれって? そうか、あれか!
「おい、このいちごお化け野郎、これで見納めだ! しっかりと目ぇ見開いて見ておけ!」
私は再びオタ芸の「ロマンス」を披露した。
全力で腕の振る。もうこの腕が壊れてもいい、そう思えるほど、大きく、速く、誰にも負けない気持ちで振り続けた。
「おおー、コレハ、なんだぁ……」
愛梨寿をつかむ手が離れた。そのまま地面に叩きつけられる愛梨寿。その体を急いで抱きかかえた。
「大丈夫か?」
「ええ、毒を持って毒を制す、ね」
だからロマンスは毒じゃないんだって、とそんなのはどうでもいい。とりあえず他のお化けには目が無いからロマンスは効かない。私は愛梨寿を抱きかかえて空調機器目がけて走りだした。
「コラー、まてぇ」
そんな声が後ろから聞こえる。早くあの風を浴びなくては。速さだけなら負けない。たとえ愛梨寿を抱えながらでも、全力で走ればあの大きな図体を引き離すのはそう難しくはなかった。私の腕には愛する愛娘、この娘をもう二度と離さない。
愛梨寿もこちらを羨望の眼差しで見つめる。
「ありがと、お父さん」
私は鼻の下をこすってニヤリとした。
「ところで愛梨寿がさっき喋ってたのは何語だ?」
だき抱えられながらも、愛梨寿は背後を確認する事を忘れていない。
「分からない。でも気付いたら喋ってた。なんか、思考でコミュニケーションするみたいな、そんな感覚だった」
私はある程度お化けから距離を開いたのを確認すると、愛梨寿を降ろした。そして息を吐く。
「そうか、でもお陰で助かったよ。で、王女様はなんて?」
愛梨寿はすっと立ち上がると、凛々しく歩き出した。
「ええと……」
愛梨寿が、珍しくたじろいだ。
「やっぱりそれはごめん、聞かないでおいて。私と王女様の秘密だから」
そう言い残すと、愛梨寿はさっさと行ってしまった。女同士の秘密ってやつだろうか。何かそれ以上立ち入ってはいけないような、そんな雰囲気を察し、私はそれ以上詮索することは出来なかった。
そうこうするうちに、私達は空調機器までたどり着いた。そしてもう一度賢者の石を確認する。
「よし、石は大丈夫ね。あとは風を浴びるだけよ」
「ああ、愛梨寿たん、ほんとにありがとう」
と、ぎゅっと抱きしめようとした私の胸を、愛梨寿が全力で引き離す。
「ってゆうか、たん、とかキモいし。それにちょっとくさい」
うぐっ、娘の言葉はボディブローより痛いとはこのことか。
「そうそう、それと元の世界に戻っても、念のため私の知能のことは隠しておく、普通の子供のふりをするから。そっちの方が都合が良いと思う。だからこのことは時が来るまで私たちの秘密ね。いい? じゃあさっさと帰るよ!」
愛梨寿が空調の強さを大にすると、思いっきり私たちは風を浴びた。
これで帰れる、ようやくこの悪夢ともおさらばだ。
と思ったが、なかなか夢は覚めない。
吹き飛ばされそうなくらいの風を浴びているのに、全く世界が変わる様子がない。
「なあ愛梨寿……全然変わらないよ」
「おかしいわ。私の考えが正しければこれで元の世界に戻れるはずなのに」
ドシン、ドシン、引き離したはずのいちごお化けたちがみるみるうちに近づいて来る。
「たべサセロー」
「いタダきまース」
みるみるうちに距離が縮まってきた。
嘘だろ? ここまで来たのに。気づけば、いちごお化けは目の前まで来ていた。愛梨寿にも焦りの表情が見えて来た。
「いただきマース」
そう言って大きな口が私を飲み込もうとしていた。
やめてくれ! そう叫ぼうとしたが叫べない、そんな恐怖の包まれながら、ドロドロの海をもがき苦しむような、そんな感覚に陥っていた私の頭が突如こつん、となった。
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