『何故人は人を殺してはいけないのか』

『何故人は人を殺してはいけないのか』

おはよう刑事さん、気分はどうかね？頭痛や目眩は無いかな？

ドクター・・・そうか、さっきの食事に薬を・・・。

ああ動かない方がいい、といっても動けないだろうが。心配しなくても体の麻痺はじきに治まる、だからこうしてベッドに君を縛り付けているのだからね。そう言えば私は以前君に聞いたね、『何故人は人を殺してはいけないのか』と。そのとき言った私の答えを憶えているかな？

・・・人間が社会性の生物だからだ。

そうだ、だからこそ人間は『汝、殺すなかれ』と言う法を発明した。他の生物に比べて身体的に脆弱な人間が生存競争を勝ち抜くためには相互に協力し合い高度な社会を構築する他無かった。しかし自分を害するかもしれない相手と協力関係を築くことは難しい。誰だって殺人犯の隣の家には住みたくない、そうだろう？それ故に殺人を犯した者は社会の枠組みの外へと隔離されてしまう。それは同時に社会の枠組みに属することで受けられる恩恵に囚われない者や社会に殺人を肯定された軍人などには殺人が禁忌たり得ない事を意味するのだがね。しかし私の研究内容は今の社会には肯定されていないし社会に属することで受けられる恩恵も得たい。レストランで食事を楽しみたいし、観劇にも行きたい、スーパーマーケットやドラッグストアだって利用する、税金だって納めているし、保険にだって加入している、そして何より私の研究を続けるためには檻の中に隔離されることは避けねばならなかった。だから私は自らの研究を秘匿し続けてきた、知られれば殺人者として隔離されることは確実だったからね。しかしそのために君に嘘を吐き続けねばならなかったことを本当に心苦しく思うよ。君は疑うかもしれないけれど、これは紛れもない本心だ。

・・・あんたは狂っている。

ああその通りだ、技術を進歩させ人間の科学と文化を次の段階へと推し進める者はいつだって狂人の誹りを受けてきた。それは大衆が共通観念と信じる妄想の枠外にある物を恐怖し迫害するからだ、例えそれが自分たちを苦しめる恐ろしい病の治療法や貧困を打破する方法だったとしても未知の新しいものが怖くて仕方が無いのだよ、人間は。だから共通観念の外側にいる者は狂っていると恐怖されてしまうのだ、私や君の様な存在がね。

俺は狂人じゃない、あんたのように何十人もの人を殺し、フランケンシュタインもどきを作ったりはしない。

私と君は同じだよ刑事さん。固定概念を破壊し新たな道を追い求め、そして何より自らの欲求のためならば他の何を犠牲にすることも厭わない。君は犯人の逮捕、私は研究の完成と分野は異なるが、本質的なところでは我々は酷く似通っている。だからこそ君は私の元へ辿り着くことができた、他の何者も為し得なかった偉業を達成することができたのだ。そのことに心から敬意を払うよ、私もそうなりたいとね。

俺はあんたのようにはなりたくないよ、ドクター。その研究とやらのためなら平気で人を殺せるような、人を動物実験のモルモットと同じにしか見られないような狂った殺人鬼にはね。

君だけには愚かな誤解を抱いたままでいて欲しくないから弁明をさせてもらうけれど、私はマスコミの連中が言うような命をゴミのようにしか思っていないシリアルキラーなどではないのだよ、刑事さん。私はいつだって研究に協力してくれた命には敬意を払ってきた、それが人間であれ、モルモットであれね。コラテラルダメージと言う言葉があるだろう？大勢の命を救うために必要な軍事上の犠牲を示す言葉だが、私の研究においても同じ事が言える。たった数百の命でこれから生まれてくる何百億何百兆と言う命が救われるのだから。だからこそ私は研究に協力してくれた彼らに敬意を払っているのだよ。

だから俺も殺すのか、そのコラテラルダメージとして。

私の真の理解者となってくれるかもしれなかった君を死なせなくてはならないのはとても心苦しいよ刑事さん。しかし私はまだ研究を続けなくてはならない、そのためには私が研究を行っていることを知る者は生かしておくことはできないのだ。だがもし私が命をゴミのようにしか思っていないならさっきの食事に致死性の毒を混ぜ、そのまま死体をそこの焼却炉に放り込むだけで良かった。しかしこうして君を拘束し研究の被検体になってもらおうとしているのは君に敬意を払っているからに他ならない、君は被検体となることで私の研究の一部となるのだよ、そして私の研究の成果と共に永遠に語り継がれる存在になる。素晴らしいとは思わないかい？刑事さん。君は時の権力者達が求めて止まなかった不死の存在になれるのだよ、私と、私の研究と共にね。

ああ、確かに素晴らしい話だったよドクター、俺の薬が切れるほど長かったところが特にね！

・・・・・・・・・まさか、皮膚の下にナイフを埋め込んで隠していたとはね・・・それに、拘束まで・・・・・驚いたよ刑事さん、やはり君は尊敬に値する・・・。

あんたの払ってくれた俺への敬意に感謝するよドクター、そのおかげでこうしてあんたを逮捕することができる。

逮捕か・・・君を、理解しようともしなかった連中に、判断を委ねるのかい・・・？

俺の欲求を犯人の逮捕と言ったのはあんただ、ドクター。そのためなら何を犠牲にすることも厭わないともね。

ああ、そうだ・・・だからこそ、君は、ここまで。

おやすみドクター、気分はどうだ？頭痛や目眩もあるだろうな。ああ動かない方がいい、といっても動けないだろうが、心配しなくても体の痛みはじきに治まる、ウチの救命医は腕がいいからな。そう言えばあんたは以前俺に聞いたな、『何故人は人を殺してはいけないのか』と。そのとき言った俺の答えを憶えているか？

・・・・・・もちろん。

『俺に檻にブチ込まれるからだ』

言っただろ、ドクター。