第297話「思い出話」
「翔くんがこの一年間で一番思い出に残っていることは何ですか?」
「……う〜ん。沢山ありすぎてなかなか決められないなぁ」
「濃密な一年でしたからね。私も決められません」
そう言ってくすっと笑う桜花に翔は少し苦笑いを返した。桜花が翔を気遣ってゆっくり選んでくれて構わないぞ、と遠回しにいってくれている。
その好意はありがたい。
だが、翔は訊かれた瞬間に実はもうひとつ、頭の中に浮かんでいた。
(お風呂……なんて言えるわけがない)
翔は他の思い出を探す。
「桜花と初めて出会ったのは玄関だったな」
「厳密には初めて、では無く久しぶりなのですが……。翔くんの呆けた顔は覚えていますよ」
「そんな顔してたかなぁ」
あの頃はインターホン越しに別嬪さんが居る!と思ったものだ。しかも一緒に住むことになる、などと誰が予想しただろうか。神の悪戯にも限度あるぞ、と半ば呆れつつ、半ば喜んでいた気がする。
「スマートフォンケースはまだ使っていますよ」
「は、恥ずかしいな。今ならもう少しいいものが作れる……はず」
「翔くんからのプレゼントですから、大事にします」
「……そっか」
桜花はスマートフォンを取り出してひらひらと翔に見せた。そこには確かに翔が作ったスマートフォンケースが使われていた。
翔は嬉しいやら恥ずかしいやらで感情がおかしくなりそうだったのだが、ジンジャエールを飲んで誤魔化した。
未成年なのでまだお酒は飲めないのだ。しかし、雰囲気が大人っぽいので見栄えだけは大人のように見せたいという翔の願望で、ジンジャエールを飲んでいる。
「須藤くんとの一悶着もありましたね」
「あったなー、そんなことも。桜花が危険な目にあう前でよかったよ」
「何も相談してくれなかった翔くんはダメだと思いますけどねっ」
「ごめんなさい。……これからはちゃんと相談するから」
「そうですよ。助け合いは大事です」
うんうんと頷く桜花に翔は面目ない、と項垂れた。今となっては須藤が桜花に危害を加えることは絶対にないので、翔の自己満足ではあったのだが、あの時の勇気があったからこそ、翔は今、こうして桜花と食事ができているのだと思っている。
だから、
「あの頃ぐらいじゃないのかな?」
「何がですか?」
「……桜花が僕に……恋愛感情を持ち始めたの」
最後の方はごにょごにょとなって聞き取りにくかったのだが、桜花は持ち前の頭の良さでなのか、全ての言葉を聞き取り、瞬間にぼっと顔を赤らめた。
その様子を見て図星かな、と冷静な自分は判断を下すが、感情的な自分は何を口走っているんだ、とてんやわんやの状態であった。
「それは……どうですかね」
「あれ?……違うのか」
「た、確かにあの時の翔くんはとてもかっこよかったですよ?……今もとてもかっこいいですが」
「……照れるなら自爆発言はやめた方が」
「で、でも!私は翔くんがもう覚えていない幼馴染のときから、翔くんのことが好きでしたよ……?」
ちらっと翔の方を見つめる桜花。その頬はもう誰が何と言おうとも赤色だ、と断言出来るほどに真っ赤に染っていて、心做しか瞳が潤んでいるような気もしていた。
翔はこれには堪らずぐっと胸元を抑える。
破壊力と言うよりも可愛さが常軌を逸している。「好き」といわれて喜ばない男はいないが、この「好き」はあまりにも特別で翔にしか伝えられないものだ。
翔は喜びを超えて失神しそうな勢いであった。
しかし、言われたままではおわれない。
「桜花が帰ってこない時に、アルバムを見たんだ」
「アルバム……?」
「父さんと母さんが撮ってくれた物心がついているかいないかほどの頃の写真」
「私も持っていますよ」
「そこに写っている僕はいつも嬉しそうだった」
「……」
「カメラを向けられていることに対してじゃないよ。僕はカメラがあまり好きではなかったからね。……何でだと思う?」
「……分かりません」
「僕はその時に僕と一緒に手を繋いで映っていたある女の子に恋をしていたからだと思うんだ」
「それって……」
「勿論、桜花のことだよ」
ここで翔は一枚の写真を取り出して桜花に渡した。そこには幼少期の幼馴染であった翔と桜花が映っていた。
泥遊びでもしたのだろうか、鼻の頭に泥をつけても嬉しそうにピースをしている翔の横で、手を繋いで、ぎこちなくピースをする桜花の姿があった。
「懐かしいですね……」
「桜花が突然いなくなって寂しかったよ」
「ごめんなさい。何も言わずに去ってしまって」
「いいんだ。でも、その空白の時間も合わせて、今日は桜花の誕生日を祝いたい」
翔が手を上げると、席に案内してくれた人がホールケーキを持ってきてくれる。
ここからサプライズのラッシュだ。
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