第278話「応急処置」
「はい。これで終わりです」
「ごめんな。迷惑をかけた」
「謝らないでください。私は「ごめんなさい」よりも「ありがとう」がいいです」
「ありがとう」
「どういたしまして。……それより話していただけますか?」
桜花は翔の指に器用に消毒をした後、包帯を巻いた。ずっと動かないようにしていた翔は桜花が甲斐甲斐しく処置をしてくれていることにむずむずを感じていた。
そして、それは処置が終わったあとに桜花に頭を撫でられたことで絶頂に達していた。
翔は甘えるようにして桜花の膝へと頭を落とした。ぽすっと空気が音を立てる。
桜花は翔が甘えてきている、と悟ったのか急に膝に頭を乗せてきたことを問い詰めることも嫌味を言うことも無く、ただ優しく翔の髪を撫でた。
「翔くんが怒っているのは珍しいですよね」
「我慢できてるつもりだったんだけどなぁ」
「残念でしたね。私の目は誤魔化せませんでした」
「カルマに言われた一言がどうにも許せないんだ」
「どんな一言ですか?」
「『毎日彼女と一緒に住んでいるのにやってない』って」
翔は桜花に暴露しているのがどうしても恥ずかしくなって、桜花のお腹に顔を埋めた。どうしても今の表情を見て欲しくなかったからだ。
桜花は理解出来ていないのか、かける言葉が見つからなかったのか、翔に気を遣っているのか、兎も角も何も言うわけでもなくただ、翔の頭を優しく撫でてくる。
「僕だって……。やりたいという気持ちぐらいはある」
これも桜花が狙っていたことなのだろうか。否定も肯定もされることなく、ただひたすらに頭を撫でられるので翔はいつしかぽろぽろと自分の思いを吐露し始めた。
「何だか、言外に桜花のことを好いていないと言われているような気がして嫌だった」
「……」
「僕は世界で一番、宇宙で一番桜花のことが好きなのに。そういうことをしないからってだけで全部否定されているような気がして辛かった」
「気にしないでいいですよ。私は翔くんがそう思ってくれていることを知っていますから」
ふと、顔を上げると桜花が慈愛の微笑みで翔を見つめていた。
翔は気恥ずかしくなってもう一度、桜花のお腹に顔を埋める。仕返しとばかりにうりうりと顔を押し付けると桜花はこしょばゆいのか、くすくすと笑いを堪えていた。
「誰に何を言われてもいいではありませんか。大事なのは一番その思いを知って欲しい人にしっかりと伝えられるか、というそれだけですよ」
「僕の場合は……桜花か」
「そ、そうですね。だから私が知っていれば何も問題は無いのです。翔くんの気持ちも知っている上で私がその気持ちを留めている訳ですからね……」
「違う。桜花のせいじゃない。そういうことを茶化すように言う人が行けないんだ」
翔は自分の思いを聞いて欲しかっただけで、その責任を桜花に背負ってもらおうとは思っていない。何ならこの責任は全てカルマに投げつけてやろうと心に決めていた。
だから、翔は桜花の言葉を否定した。そして、腕を桜花の腰にまわした。
「今日の翔くんは甘えん坊さんですね」
「今日の僕は怪我人だからね。仕方ないね」
「そうですね」
桜花は翔のわがままを笑顔で受けいれた。自分のお腹にうりうりと頭を押し付けてくる翔を桜花はよしよしとお姉さん気分で頭を撫でる。
「桜花がお姉ちゃんみたいに見えてきた」
「お姉ちゃんですよ。ほら、もっと甘えても良いのですよ?」
「じゃあ遠慮なく」
翔は桜花の腰に回していた腕を桜花の身体ごと自分の方に近づけた。その後に翔は桜花の尾骶骨辺りをぐりぐりといじめる。
「あっ……!!もうどこを触っているのですかっ」
「……骨?」
「それはそうかもしれませんけど……」
「けど?」
「触られるのは恥ずかしいし……むずむずするので……やめてください」
桜花はいやいやと逃れるように腰を揺らしていたが、やがて、そもそも翔の手を止めてしまえばいいのだ、ということに今更ながらに気づき、桜花は翔の手を掴んだ。
手を掴まれた翔は抵抗虚しく桜花によって両手を拘束されてしまった。
桜花が火照って赤くなった頬を翔に見せながら、
「お姉ちゃんにセクハラしては行けません」
「これはただのスキンシップだから。桜花も僕にしたいことがあればどうぞ?」
「……むぅ」
桜花はしばらく悩んだあと器用に翔を仰向けに寝かせた。
翔も抵抗はしなかったものの、ここまで簡単にひっくり返されて内心では驚いていた。
「本当なら耳かきだと嘘をついて思い切り耳の中をくりくりしてあげるところですが、今日は翔くんが甘えん坊さんなので……」
桜花が上半身を倒して翔の上に覆い被さってくる、と翔は思ったのだが、それは残念ながら外れで桜花はそっと軽く翔の唇に己の唇を重ねた。
「こちらの方が嬉しいでしょう?」
「……さ、さぁね?」
あくまでも平静な態度を取り繕うとするが、言葉の端々から動揺が見え隠れしている。桜花はそんな翔を見て、小悪魔のように妖艶に微笑むと今度は吸い付くように口付けを交わす。
「し、しんどくないのか?」
「私の体制のことですか?」
「うん」
「大丈夫ですよ。これでも私は柔らかい方なので。……それに今の翔くんの表情が愛おしくてそんなことを気にしている場合ではありません」
「ちょっ……!!見ないで……やめっ」
「無理です」
翔は桜花に好きなようにされた。翔が開放された時にはいつかの桜花のように全身に力が入らずくたーっとなってしまった。
桜花がそんな翔をさらに膝の上で髪の毛を触ったり頬をつねったりして遊ぶので翔は玩具のような状態だった。
しかし、内心は「あれはあれで……よかったな」と新たな世界の扉を開きかけていた。
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