第273話「イルミネーション」


 翔が着替えて待っていると桜花はその十分ほど、後に出てきた。

 首まで防寒してくれる白いセーターに、オーバーコートを着ていた。知的で大人びた女性という印象があり、それと同時に着込んでいる桜花もまた可愛いな、という傍から聞けば惚気だろ、とツッコミが飛んでくるような感想も同時に思い抱いた。


 しかし、それでいて、ミニスカートほどでは無いが、ロングとも言い難い微妙な丈のスカートを履いていて、その脚は黒くなっている。

 所謂、黒タイツと言うやつなのだろうか。

 翔はまったくもって、ファッションに興味がなく、横文字を並べられても訳が分からない。


 どのコーディネートがよくて、どのコーディネートがダメなのか。

 今の流行はどれで、何がもう時代遅れなのか。


 それを調べる気もないし、知りたいとも思っていない。


 そんな、翔の服装はやはり至ってシンプルで、ジーパンにパーカーという翔にしてみればいつも通りの姿であった。流石にパーカーだけでは寒そうなので、ダウンジャケットを持っていた。


「ごめんなさい。お待たせしました」

「待ってないよ。それより良く似合ってて綺麗だね」

「ありがとうございます。暗くなっているとはいえ、外出するのですから、頑張りました」


 はにかむ桜花に翔は幸せな意味で胸が苦しくなる。

 セーターというものは素晴らしい服だな、と翔の変態的な自我が評価を下した。はっきりいえば、強調されるのだ。


 セーターというものは身体に密着して服と身体の間にある空気をなくして、自身の熱で身体を温めると言うような目的で作られたものである。


 外に出るとオーバーコートを着るだろうが、今は家の中。セーターだけの姿は腰回りや胸が特に強調されていて翔はとても目のやり場に困った。その困ったというのはどこを注視してみるかという訳では無い。


「翔くん、先程から目が泳いでいますよ」

「そ、そうかな」

「そうです。もしかして見とれてました……?」


 桜花の思わずの言葉に翔は一瞬、反応できなかった。

 桜花の言葉はまったくの図星だったのだ。

 翔はその問いに答えることなく、桜花の手をそっととった。


「と、とりあえず行こうか」

「……翔くんに躱されたような気がしますけど」


 桜花はそういいながらも翔の手を取った。

 翔は桜花の手を優しく握り、共に歩き始めた。

 夜の散歩というのはなかなかに初めてで正直にいえば興奮していた。いつもなら、桜花をこのような夜道に歩かせるような真似はしたくはないのだが、今回だけは特別だ。


「そういえば桜花が熱を出した時にはここまで走ったな」

「そうなのですか。ご迷惑をおかけしました」

「いいって。体調不良の時は健康な人に任せろ」

「翔くんだけにしか任せません」

「そ、そうか。なら僕はいつでも任せられるようにずっと近くにいるよ」

「約束ですよ」

「あぁ」


 桜花が熱を出した時には駆け込んだコンビニエンスストアを横切り、さらに歩いていく。


 翔の家の近くにはイルミネーションを見るのに絶好の場所がある。それはハナミズキ通りと呼ばれる美しいハナミズキの並木が立ち並ぶ通りなのだが、そのハナミズキの木にLEDライトを取り付けて、華やかに彩られるのだ。


「ハナミズキ通り、ですか」

「うん。ショッピングモールに行けばこれよりも凄いイルミネーションはあっただろうけど、近くならここが一番だよ」

「綺麗ですね……。どこまでも続いてそうです」

「どこまであるのか見に行こうか」


 翔は桜花の手を引いて先へと進んだ。

 ハナミズキに装飾された電球の数々は多彩な色を放っており、とても美しく夜の風景を照らしていた。

 たまに通ってくる自動車の光もまた現代の感じがあり、いいアクセントとして翔の目に飛び込んできた。


「桜花の手、あったかいな」

「翔くんと手を繋いでいるので緊張しているのです」

「そうなの?今までも結構繋いできたと思うけど」

「それとこれとは話が別ですよ。……まだ慣れません、翔くんの温かみを感じると胸が跳ねてどきどきして、耐えきれなくなりそうです」


 桜花の表情を窺うことは出来なかったが、とても手が赤くなっていたので、きっと頬も赤くなっているのだろう。

 翔はそっと手の形をそっと変えていく。より深き形へと。

 桜花も緊張している、と言いながらも翔の要求に応えていく。


「繋いでいる方だけ手袋してないのはやっぱり変かな?」

「そんなことはないと思いますよ。カップルなら普通です」


 そんなものなのか、と翔は納得した。

 桜花が初めての彼女なのでカップルの定義、及びどのようなものか、というのはイマイチよく分かっていない。


 しかし、その定義をしっかりとわかっている人は少ないだろうし、翔にとっては桜花以外の人が胸の奥に抱いている定義や理念などはどうだっていい。


 翔と桜花。その二人が良ければそれでいいと思っている。


「好きだよ、桜花」

「何ですか唐突に。……でも、はい。私も好きです」


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