第222話「大盛況だという話」
「委員長!階段まで行列が伸びてる!!」
「あまりにも予想を上回り過ぎてるな……。どうしたらいいんだろう」
「ちょっとリーダー?!しっかりして!!」
翔達のクラスの出し物であるメイドカフェは大盛況だった。しかし、その大盛況とは裏腹に対応に追われるクラスメイトは阿鼻叫喚の最中にあった。
時間にも心にも余裕がなくなり、落ち着いて周りを見渡せるものはいつの間にか誰もいなくなってしまっていた。
本来ならば委員長がその役目を負うべきなのだが、翔達の委員長はこういう予想外の突発的な事象に対しての対応がとてつもなく苦手であったために、上手く指示が出せなくなっていた。
翔達もここまで人が集まるとは思っていなかったために委員長一人に責任を押し付けることは出来ない。しかし、そうはいっても自分達は接客をしているのだから、現場指揮として、お役御免になっている委員長には早く指示を出してもらいたいのも事実だった。
「一旦店を閉じようか。そうすればこの行列は解散して店の空中分解は回避出来る。いやでも、そんなことをしたらもう一度開店したときが問題だ。なら整理券を配る?ダメだ、そんな時間はもうどこにもない」
上司の焦りは部下にまで届く。その言葉が意味を忠実に表すのは今の翔達を見れば充分だろう。
こんな時にと現場監督である早坂さんにもついてもらっていたのだが、彼女は先程から接客組の一名のメイド服の手直しのためにこの場にはいない。
「あぁもうどうすれば……」
委員長が一人で悩む。
翔はそれを傍目で見ていながら、カルマへと視線を移す。何となく翔の視線がカルマの感覚に伝わったのか、視線が交差する。
翔が頷いた時とカルマが声を上げた時はほとんど同時だった。
「委員長、シャキッとしろ。そんな様子じゃ他の人にまで焦りが伝わってしまう」
「ごめん、でも」
「俺達に残された選択肢は一旦店を閉めて、人が分散した頃にそっと開店し直すか、ここで営業中止してしまうか」
「あぁ。けどどちらもクレームが来ることは避けられないよ」
「いや、もうひとつある」
「もうひとつ?」
カルマも委員長も客には聞こえないように小声で話しているので、接客中の翔にはほとんど何も聞こえなかったのだが、それでもカルマが何を言おうとしているのかはわかっていた。
「筆頭メイドを、休憩にさせる」
委員長がはっと息を呑んだのが分かった。
ここでいう筆頭メイドとはもちろん、桜花や蛍のことだ。
つまりは集中している原因である二人を休憩にしてしまうことで一時的にではあるが、行列を食い止めようという算段だ。
更に都合がいいことに、桜花達の休憩時間は公表されていない。
当たり前のことではあるが休憩中に多くの人々が話しかけに来たり写真を撮りに来たり、ストーカー行為をしたりするのを防ぐためだ。
だから、誰にもクレームの入れようがない。
その完璧だと思えるカルマと翔の意見に対して、委員長はすぐには決断せず、少し悩んだ。
彼は情報適応能力は低いがその他の能力は素晴らしいと太鼓判を押せるほどには優秀な人間だ。判断力もその内の一つで、どこかに問題がないかを吟味していたのだろう。
「二人同時は危険じゃないか。休憩中の二人のこともそうだけど、この店の集客がゼロ、というのは避けたいんだ」
「まぁ、双葉さんが抜けたら翔が抜けるし、蛍が抜けたら俺が抜けるから四人一気には確かに大変か」
「片方ずつでも相当減るとは思うけどね」
「そうだな。やっといつもの委員長らしくなってきたな」
「そうかな。ありがとう」
翔はあんな風に人を励ますことの出来るカルマを羨ましいと思った。
翔の交友関係はほぼ皆無と言っていいほどに狭く、誰彼構うことなく話しかけていくメンタルもない。
そのために中々にコミュニケーションをとってより良いものを作っていくことや、辛く落ち込んでいる人に対してどう接していいのかすら分からない。
「お手柄ですね、翔くん」
「お!お疲れ様。僕は何もしてないよ」
「またまたご謙遜を。蒼羽くんの心に火をつけただけでも充分な成果ですよ」
「ありがとう。……桜花、大丈夫か?」
翔は心配になって訊ねた。
桜花から話しかけてくれるとは思ってもいなかったので驚いたが、それ以上に桜花の疲れきった顔を見てとても心配になった。
きっと桜花は疲れを隠そうとしているし、翔以外の誰が見てもいつもと変わらない桜花なのだろうが、翔にとっては疲れているように見える。
いつ何時でも一緒にいるからか些細なことですらもいつもと違えば気づく、または気づかないにしても不審には思うようになっている。
「大丈夫ですよ。初めてで少し緊張が出てしまっただけです」
「そろそろ休憩があると思うよ」
「いえ、それは蛍さんにとってもらいましょう。私は後で構いません」
「それは桜花を待ってくれている人がいるからか」
意地悪な質問であることは翔が一番よく理解していた。
しかし、訊ねずにはいられなかった。
「いえ、私が楽しいからですよ。私にファンは必要ありませんし欲しいとも思いません。翔くんが好きでいてくれるならそれでいいと思っています」
「急な不意打ちは……照れる」
「以前のお返しです」
「……前何かしたっけ?」
翔は過去の記憶を探るものの、まったくそれに該当するものは出てこなかった。
記憶消去とは恐ろしい。
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