第220話「文化祭」
明くる朝、翔達のクラスは登校期限よりも随分と早くに全員集まっていた。昨日やり残したセッティングがあったのと、最終的な打ち合わせをするためなのだそうだ。
翔は特にこれといってそういうまとめ役の役職にはついていない。桜花も同様なので、常に受け身で聞いていた。
内容は今までと特に変わった事項はない。
一番は楽しむこと、そして規則の中で行うこと。利益は二の次だ、という念押しもあった。
収益は勿論、学校が回収するが、実は利益の一部は打ち上げの費用としてクラスへと返還される。そのため、毎年、校則ギリギリの利益上げをしているクラスがあるそうだ。
翔達のクラスは桜花と蛍という美少女が揃っているので学校側も懸念しているらしい。どちらも彼氏がいるということを早く周知させてしまえば済むことだろうが、それはそれで妬み嫉みが怖いところだ。
「厨房組は器具の最終チェック。接客組は着替え終わった?」
「終わりました。不備は無いと思いますが、どうでしょうか」
学級委員長が取り仕切る中、着替え終わった桜花がこの場へと訪れる。
結局、桜花はメイド服を選んだ。タキシードも良かったのだが、やはりここはメイド服を着てくれ、という役職につく人達からの懇願で、致し方なくメイド服になった。
「おっ、俺達の看板娘がお出ましだな」
「カルマも一緒に着替えただろ。というか、そんなことを言ってていいのか?蛍が聞いたらご機嫌が斜めになるぞ」
「蛍はこれぐらい気にしないさ。それに、俺はちゃんと蛍のことを前提として言っている」
「左様で」
言われてみると、桜花の隣には蛍が寄り添っており、蛍を見て言ったのだ、と言い切られてしまうとそう受け取れる。
二輪の花。いや、その鮮やかさから言えば華になるのだろうか。
桜花と蛍は姉妹という訳では無いが、三国志の大喬、小喬のような風貌だった。
メイド服だが。
これで着物ならばもっと映えるのか、と悩んでいると、隣でカルマがふと、小さく呟いた。
「俺達の彼女……。かわいい」
「今に始まったことじゃないだろ。今更だな」
「まぁそうなんだけどさ。みんなに注目されているのを見るとやっぱり万人が認める可愛さなんだな、って再認識してさ」
「そうか。カルマはそういう考え方なのか」
「そういう考え方って?」
「いや、こっちの話だ」
翔は感嘆のため息を零した。
カルマは今のように誰かに蛍を見られることを苦に思わないらしい。確かにカルマの言うことも尤もで、多くの人が認めてくれるという意見には翔も同意せざるを得ない。
しかし、翔はどちらかと言うと沢山の人から見られるのはあまり好きではなかった。自分は勿論、桜花をもあまり鑑賞として見て欲しくなかった。
今回の文化祭は仕方がないので翔は何も言わないが、これっきりにしてもらいたいものだ、とは少しだけ思っている。そのせいか、二人きりの時はやや甘えが過ぎたとも反省している。
「最後に何か一声掛けなくていいのか?」
「そういうと、何だかもう二度と会えないような言い方に聞こえるな」
「少なくとも今日一日は満足に話も出来ないと思う」
「えっ、桜花は休憩ないのか?」
「知らん。けど、双葉さんや蛍を目当てに来る人がほとんどだろうから委員長達も頭を悩ませてた」
「ブラック企業よりもブラックなら今すぐに文化祭をやめてやる」
「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」
カルマが諭してくるが、もうその声はほとんど翔の耳には届いていなかった。いくらお祭りで好きで参加しているとはいえ、休憩のひとつもない、というのは如何なものだろうか。
働かせている身としては何も思わないのだろうか。
翔はそう疑わずにはいられなかった。
残念なことに、当たり前だが桜花の代わりを翔ができるわけがない。だからピンチヒッターとして出られない分、そういうことではしっかりと支えてやりたい。
「双葉さん、ちょっと翔が拗ねたから話し相手になってあげて」
「お、おいカルマ……」
翔が留めようとするよりも早く、カルマの呼び掛けに気づいた桜花がカルマとシフトチェンジをする。
「どうしました?」
「桜花……」
先程まで勇んでいたその気持ちはもう既に萎んでしまっていた。
何度見てもやはり美しいと表現する他にない。
ツインテールではなく、サイドポニーテールに髪を括り、前とは違う雰囲気を醸し出している。
「翔くんも私と同じ接客組でしたよね。お互いに頑張りましょうね」
「うん。無理しない程度に頑張ろうな」
「アルバイトはしたことがないので接客は初めてですが……大丈夫です」
「桜花は何でもこなしそうだから大丈夫だろ。僕の方が何か失態をしでかさないか心配だよ」
「みんなでフォローすれば大丈夫です」
「失態することは否定してくれないのね」
翔がツッコミを入れると桜花はふふふ、と嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、桜花の休憩はいつ?」
「お昼前後と午後の二時間程はおやすみを頂いていますが」
「よかったら他のところも見に行かないか?今年はいつにも増して出し物が多いらしいし」
「分かりました。お仕事にやる気が湧いてきました」
「お、そうか」
翔の誘いでやる気を出してくれるなら安いものだ。
翔と桜花はそれ切り、瞳を交わしただけで持ち場に着く。
開店は8時。
チャイムが鳴ればそれが開始の合図になる。
そして、長い長い五分が経過した時にチャイムが鳴った。
全員まともな人が来てくれ、と願う翔だった。
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