第212話「文化祭に向けて」
「翔。今日は様子がおかしいけど、何かあったのか?」
「ん?あぁ、カルマか。……いや特に何も」
「おい、目を逸らしながら言っても隠し通せてないぞ」
「……カルマが解決できる問題じゃない」
翔が素っ気なく返す。確かに、翔が抱えている問題はカルマには解決できそうになかった。
しかし、カルマも友達として引き下がれなかったようで更に食いついてきた。
「百戦錬磨、一騎当千の俺に解決できない問題は無い!」
「……それに言いたくないんだよ」
「というと?」
「最後には「惚気話だ」って言われて終わりなのが目に見えてるから」
そう。
翔の悩み事とは桜花との事である。
幸いに、と言うべきか今はトイレにでも行っているらしく、桜花は翔の隣にいなかったが、今日の朝の桜花の動揺具合といえばなかった。
雷が鳴った時からの記憶は曖昧で、何か暖かいものに包まれていることは感じていたが、それが何なのか、自分が何をしたのか、など、大事なことは覚えていないらしい。
しかも、朝起きると翔が桜花に抱きついた状態のままだったらしく。
翔は翔で、昨日の羞恥心が今更ながらに津波のように押し寄せてきて、顔を合わせずらくなって仕方がなかった。
誰も悪くない。強いて言うならば雷が悪い。
「そう言えば、双葉さんも様子が変だったな。後で聞いてみるか」
「ちょっと待て」
桜花は何も知らないのだ。もし訊ねられて、翔に抱きつかれていた、という事実だけを話されたとしたら修復不可能な誤解を招いてしまう。
それは何としても避けなければならない。数少ない友達をここで失う訳にはいかないのだ。
「どうした、翔。真剣な顔付きで。まさか……トイレか?」
「違うわ!!」
カルマが「ごめん、気付かなかった」と片手で謝ってくる。それは全くの誤解なので激しくツッコミを入れた。
「これは友達の友達の話なんだけど」
「翔の話だな、それで?」
「結構前の話になるんだが……」
「直近の話だな。しかもこの土日……か?」
「……」
「おっ、当たったか?」
「占い師か?それとも諸葛亮孔明の生まれ変わり?」
「初歩的な事だ、友よ」
「シャーロック・ホームズ?」
何も言っていないのに的確に当てられて、翔は黙るしか無かった。ここまで当てられるのならば勝手に察してくれ、とも思ったが、それはただの自己満足で自己完結だ。
カルマはしっかりと翔の口から聞きたいのだろう、と好意的に解釈することにした。
「まぁ何だ、少し捻った考えしてれば簡単に思い至る」
「大分ひねくれてないか?」
翔がツッコミを入れるとカルマはこほん、とわざとらしく咳払いをする。
「それで?双葉さんとどうした?」
「……この先も察せない?口に出すの恥ずかしいんだけど」
「おっと、それはできない相談だ。恥ずかしい関連なら尚更に翔から聞きたい。……大体予想はつくけど」
「おい」
「まぁまぁ。ほれ、ちょいと俺に話してみるが良いぞ」
「キャラを保てよ……」
七転八起するカルマのキャラクター性に翔は大きなため息を吐いた。
翔はそれを皮切りにして、昨日の問題を話し始めた。
カルマの他にも人はいたが、わざわざ桜花のいない桜花の席へと集まる変態はいないし、翔の元へと話しかけに来る人はカルマ以外にはいないので大丈夫だろう。
蛍は先程、先生に何やら呼ばれていたので、帰ってき次第、こちらへと来るかもしれないが、それはその時に考えよう。
「昨日さ、雷凄かっただろ。桜花が実は雷苦手でずっと手を握ることにしたんだよ」
「確かに凄かった。蛍と通話してて「きゃー怖い〜」なんて言うから「任せろ!」って啖呵切った途端に回線落ちたんだよなぁ」
「それは……ご愁傷さま」
「その点いいよな、翔達は一緒に暮らしててよ」
「まぁ否定はしない」
一緒に暮らすからこその問題点や配慮の必要な点はあるものの、それも踏まえて全てが楽しいと思えるので、翔は遠回しに自慢した。
カルマにはその自慢の意味も伝わったらしく、軽く小突かれた。
「んで?トイレ行く時も風呂入る時も飯食う時も寝る時も一緒だったなんて言わないよな?」
「……」
「……」
「……」
「……えっ」
カルマは冗談のつもりだったようで翔の表情を見て、「地雷踏み抜いたぁあ!」と顔を強ばらせていた。
翔も嘘だと信じたい。
あの桜花がここまでの積極性を持っていて、しかも行動に移した、というのは翔の妄想でしかありえないはずだった。
「……俺を嵌めようって訳じゃないよな」
「僕がカルマに嘘をついてどうするんだよ」
「だよな」
カルマはもう一度ありえない、と首を捻った。
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