第205話「一緒に……お風呂?!」


 桜花が翔に引っ付き始めてから、つまりは雷が初めて鳴り出してから2時間ほどが経過した。その間に翔達は何とか調理から食事までを済ませることができた。


 雷は未だ収まる気配はなく、この状態はもう少し続くように思われた。


 しかし、ここで大変重要な問題がひとつある。

 日本人ならば欠かすことのできない生活の一部。


「お風呂どうしようか」

「どうしよう、とは?」

「え、だってこのまま一緒には入れないでしょ?」


 翔は何を当たり前のことを、と言いたげに続けた。


 そこでふと、思い出す。翔と桜花が一緒に入ったのは旅行先の旅館だ。翔が入っているところに桜花がバスタオル姿で入ってきたのだ。


 翔からしてみれば不可抗力でどうしようもなかった訳だが、誰にも責められている訳では無いのに背徳感が募っていたことを思い出す。

 鮮明に脳裏に焼き付いて離れないあの光景。


「入れないのですか?翔くんと私が入ったとしても充分なスペースはあると思いますけど」

「そういう意味じゃない……」


 翔が心の中で忙しい時に桜花は特にそれを気にした様子もなく、別の問題を懸念していた。


 翔は気付いてくれ、と思いながら同時にもしや、とも思った。


 気付いていてわざとそういう風に見せかけているのだとしたら。

 もっと踏み込むと、もしや、翔と一緒にお風呂に入りたいのか、とそんな益体もないことを考えてしまう。


 そうだとしても、それは雷が怖いからであって、翔が考えているような邪な考えなど、桜花は持っていないだろう。


「ではどういう意味なのですか」

「それは……」


 翔は言葉に詰まる。彼女とはいえ、半ば同棲しているとはいえ、何でもかんでも言えばいいと言う訳では無い。


「言ってください」

「……僕と入ることになるんだよ?」

「はい。そうですよ」

「嫌じゃないのか」

「嫌ならこのような提案をしませんし、先の旅行で翔くんが入っている時に一緒に入ろうなどとしてませんよ」

「……」


 あまりにもはっきりと言われて翔は次の言葉が出てこなくなってしまった。

 そこまで言われると「じゃあ」という気にもなってくる。


「家にバスタオルはありませんが」

「……あったと思うよ」

「洗濯が面倒なので嫌です」

「えぇ……」


 ……。

 少し戸惑った。バスタオルを身につけないということは生まれたままの姿であると、同義。


 本当に抵抗感はないのだろうか、と軽く疑うレベルだ。

 翔は雷のせいでやけに引っ付いてくる桜花の頭をよしよしと撫でながらどうしようかと悩んでいた。


 一緒に入るか、風呂自体を諦めるか、という究極の選択を迫られていた。


「……見られて平気なのか?」

「翔くんはそういう目で見るのですか?」

「いえ、見ません。断じて見ませんよ」

「ならいいではないですか」

「そういう問題か?」

「そういう問題です」


 咄嗟に口から出てしまったが、恐らく無理だろうと即座に思ってしまった。男性は特に意識の外で起こりうる生理現象があるので、簡単にこの嘘はバレてしまうだろう。


「ではお湯はりをします」

「は、はい」

「翔くんも付いてきてください。いつ雷が鳴るか分かりませんから」


 桜花が立ち上がる。早く、とせがむ子供のように翔を引っ張りあげようとする。

 力の問題でそれは無理だったものの、翔は桜花に引っ張られるようにしてお湯はりへと向かう。


 もう入ることに決まってしまったらしい。否定も肯定もできないもどかしさに、己の優柔不断さを呪う。

 どうせなら……。いや、これ以上は言うまい。


 桜花が栓をして熱を逃がさないように浴槽に蓋をして給湯のボタンを押している時に、翔は通知音に呼ばれてスマホを開ける。


 特に必要なことではなかったので、放っておくが、ついでに天気を調べておこうとお天気アプリを開けた。


 げ、と顔を顰めた。


「どうしました?」

「雷警報が出てる。しかも予報では明日の朝までなり続けるらしい」

「見せてください」


 桜花に大人しく見せるとげっそりと血の気を失っていた。

 その瞬間に、間の悪いことに再び雷が鳴り響いた。


 あまりにマンガチックなタイミングで翔は思わず笑ってしまいそうになったが、桜花が確実に拗ねてしまうので何とか堪えた。


「今日は厄日です」

「雷嫌いの人、全員が思ってると思う」


 桜花がむっとしながら翔にスマホを返す。翔はそれを受け取りながら、苦笑した。


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