第203話「ピカピカゴロゴロ」


 文化祭の出し物についての話し合いか、数日が過ぎた。結局、話し合いの結論としては方向性が決まったのみで落ち着いた。


 喫茶店を経営し、制服以外の服装で接客をする。男性用、女性用問わず、自由である。


 それが決まった直後、数名の男子が女子の元へと駆け寄り、何やら頼みこむように話していたが、頼まれた女子に思い切り頬を叩かれていた。

 何を言ったのかは気になるところだが、踏み込むのは危険だろう。叩かれた時点で、何か良くないことなのだろう、と予想が着いたのでそれだけ分かれば充分である。


 ふと、窓から外を見上げると暗黒の不穏な感じがしていた。幸いにして、休日だったので家でゆっくり過ごせば関わりがないのだが、これがもしも平日だったら、と考えるとぞっとする。


 翔はぶるぶると身震いをしたあと、中断していたゲームを再開する。久しぶりにやりたくなってしまった。ゲームは時たまにするから面白い、と思っている翔はこのふとやりたい、と思った感性を大事にしている。


「何をしているのですか?」

「ぷよぷよで一気に消そうとしてるとこ」

「……連鎖をしていくゲームでは?」

「そうだけど……。わざと正規ルートから外れた遊びもやってみたい」

「なる……ほど?」


 翔が真剣にぷよぷよを組み立てているのを見て、桜花は「はぁ……」とよく分かっていないようだった。


 翔のぷよは縦に三つずつ、赤、青、黄色と並んでいる。そして、その上に緑が横並びで遮断して、その緑の上に下と同じ色のぷよを並べている。


 つまりは緑のぷよを消した瞬間に、積み重ねたぷよが一気に消えてしまうということだ。連鎖を狙うべきぷよぷよには少し外れている構想に桜花はついていけてなかった。

 別について行く必要は無いのだが。


「これで全部消えるのが最高に気持ちがいい」

「全消しですね」

「余りのやつも適当に弄ってたら消えたな。ラッキー」


 たまたま全消しになり、翔も桜花も「おぉ!」と喜びが顔に出る。

 桜花は翔の隣にぴったりと寄り添い、テレビ画面を見つめていた。


 あまりに自然な行為に翔は遅れて知覚し、驚いた。しかし、それも刹那のこと。

 人に見られている、ということで多少のしずらさはあるが、楽しければいいので問題ない。


「……雨が降ってきました」

「ん、そうか」


 桜花がそういうので、テレビの音量を下げる。すると、その通りでザーッと外から雨音が聞こえてくる。

 改めて桜花の耳の良さを思い知らされた。


「あ、洗濯物」

「もう取り込み済みですよ。降りそうだとは思っていたので」

「ありがとう、助かった。もし取り込んでなかったらもう一回洗濯機にかけないといけなかったからな」

「電気代と水道代が勿体無いですからね」

「ごもっとも」


 江戸時代の松平定信ほど、翔達は倹約家ではないが、それなりには家計の事情は気にしていた。

 翔達が使ってはいるものの、その代金を払ってくれているのは翔の両親である、修斗と梓だ。


 自分が払っているのならば兎も角も、払ってもらっている立場なのでそれなりには使い過ぎないようにしていきたい。桜花は翔よりもその想いが強いらしく、厳しく倹約している。


「桜花もやってみるか?」

「初心者ですから笑わないでくださいね」

「笑わないよ。僕だってプロが見れば全然なんだし」


 翔がコントローラーを渡そうとしたその時。


 外がぴかっと光り、続けて腹にずんと雷鳴が重く響いてきた。


「ひゃっ!?」


 桜花は雷に驚き、ぱっと翔にしがみついた。突然しがみつかれた翔は何のことならさっぱりでただ「雷鳴ったな」ぐらいしか考えられなかった。


 しかし翔は雷恐怖症の人間ではない。雷は自然現象であると理解しているし、何より車や家にいれば感電することも無い。

 外に出ていればもう少し慌てていたかもしれないが、この桜花の慌てようを見ているとすぐに冷静さを取り戻しそうではあった。


 呼吸困難になりそうなほど、ぎっちり抱き締められている、いやもうこの場合は締め上げられていると言った方がいいだろうか、桜花を翔はぽんぽんと軽く落ち着かせるように叩いてやる。


「大丈夫、ここには落ちてこないから」

「分かってますよ。でも怖いものは仕方が無いのです」

「でも知らなかったな。桜花が雷を怖がるなんて」

「私にも怖いものの一つや二つほどありますよ。ひゃっ」


 桜花が言い返そうとした瞬間に間が悪いことに再び雷が鳴る。やはりもう反応してしまうのは本能なのか、言葉を紡げる余裕もなく、桜花は翔の存在を確かめるように激しく引っ付いていた。


「あ、ゲームの電源が落ちた」

「それはもういいです。今はそれどころではありません」

「そんなに慌てなくても……」

「絶対に離れないでくださいね。約束です。雷が収まるまでは隣に居てください」

「わ、分かった分かった。どこにも行かないしずっと傍にいるから一旦落ち着こう、な?」


 桜花が小さい子供のように甘えてくることなど今までになかったので、翔はつい頬が緩みそうになるのを抑えて桜花を宥める。

 ゲーム機はもう今ではすっかり衰えてしまった「w」と「i」のアルファベットだけを使うものなので、まぁ、雨や雷で落ちてしまうのも納得だった。


 ゲームをしていたのは気が向いたからなので、事実としては暇をしていたわけなのだが、引っ付いてくる桜花をちらりと見ながらこれは暇などと言ってられないかもしれない、と予感した。


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